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姉川の合戦 (二)

 織田信長はその生涯に幾度となく近臣の謀反に遭っていますが、浅井長政はその最初の例でした。
 ご承知のとおり、信長は妹・お市を長政に嫁がせて長政と姻戚関係になるのですが、長政自身は六角氏との抗争で朝倉氏に世話になっていたこともあり、長年の義理に背くことができず、姻戚よりも義理の方を選んでしまったのが悲劇の始まりでした。
 信長はこの時代には稀に見る合理主義者でしたが、長政はやはり中世の価値観からは飛び出せなかった典型的な武将であったということです。


☆岡山陣跡

勝山陣所

 徳川家康が陣を置いた場所です。この地の背後の小さな山を「岡山」と呼んでいましたが、後に家康が勝利したことにちなみ「勝山」と呼ばれるようになったとか。
 現在は神社がおかれています。姉川の合戦で徳川軍はよく戦い、朝倉軍を撃退しました。



☆姉川古戦場

姉川古戦場跡


(サムネイルをクリックで拡大します↓)

姉川古戦場跡説明板


 この一帯で浅井VS織田の戦闘が行われました。下の写真は「姉川戦死者の碑」です。

 姉川古戦場供養碑

 この碑のある場所から姉川を臨みます。

 姉川


☆血川(野村) 

血川野村跡

   (クリックで拡大します↓)
    血川説明板


 姉川古戦場の碑からすぐ北のほうにあります。
 かつてここには小川があって、浅井・織田両軍の激闘の末に討死した者たちの血で川が赤く染まったことから「血川」と呼ばれるようになりました。(川幅はこの案内板と同じ幅だったそう)
 長政の陣が置かれたこの集落を野村というのですが、浅井側の記録ですと「姉川合戦」のことを「野村合戦」と呼ぶようです。「姉川合戦」とは徳川方の記録で使われた呼称によります。


☆陣田  

陣田跡

     (クリックで拡大します↓)

     陣田説明板



 血川の案内板があるすぐ北東側の近所にあります。
 かつて、この付近に小高い丘があり、浅井長政の陣があったそうです。丘のほうは昭和60年位に整備のためになくなってしまったということです。
 背後に大依山・小谷山方面を臨みます。

大依山・小谷山方面


 この付近は見渡す限り田畑で、農道みたいな狭い道を走るため一部迷ってしまった箇所がありました。2,3度周囲をグルグルしてしまったのです。
 道を教えてくださったお子さん連れで犬の散歩中の親切な男性の方、有難うございました。
 この時点で午後6時前。まだ日が高いので救われてますが、さっさと先を急がねば・・・。



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Author:A☆六文銭
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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