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姉川の合戦 (一)

「姉川の合戦」碑

姉川


 小谷城、国友村に続いて姉川の古戦場を見てきました。しかし、姉川付近に着いたとき、すでに午後4時半は過ぎており、レンタカー返却期限も迫っていたのでせかせかと廻ったため、自分的にはあまり良い写真が撮れませんでした。わかりにくい部分もあるかとは思いますが、ご容赦ください。

 永禄11年(1568年)、織田信長は足利義昭を奉じてついに上洛を果たし、越前の朝倉義景に対して度々上洛命令を出したのですが、義景はまったくこれを無視していました。一方、義昭の方は幕府政治の復活を目指して次第に信長と対立を深め、かねてから懇意であった朝倉方へ信長追討の密書を送り、自らの味方につけようと企みます。

 これに業を煮やした信長は永禄13年=元亀元年(1570年)4月、盟友・徳川家康と共に朝倉攻めを開始します。
 織田・徳川連合軍は朝倉氏の支城である手筒山城と金ヶ崎城を陥落させ、朝倉氏の居城・一乗谷へと迫る勢いだった最中、信長の妹婿であった浅井長政が朝倉氏に与同して謀反を翻しました。
 織田軍はまさに「袋のネズミ」状態となり、前後を敵に囲まれてしまった信長は麾下の木下藤吉郎に殿を任せ、若狭を経由してかろうじて京へ脱出しました。(金ヶ崎の退き口)

 わざわざ妹のお市を娶わせるほど信頼していた義弟・長政に裏切られた形の信長は怒り心頭で、長政へ復讐をとげるべく、とうとう同年6月に同盟者である徳川家康の軍を借りて、北近江に侵攻します。
 ここより、世に言う「姉川の合戦」の布陣となります。

 前置きが長くなりましたが、姉川古戦場の史跡を見ていきたいと思います。


☆龍ヶ鼻曲輪群(茶臼山古墳)

龍ヶ鼻曲輪群

 信長は堅固な小谷城を一時で攻め落とすのは無理と判断し、いったん全軍を退かせ、浅井氏の支城である横山城を包囲し、ここ龍ヶ鼻に陣を置きました。援軍の徳川家康もここに到着しました。
 下の写真は現地にあった説明板です。↓サムネイルをクリックすると写真が拡大します。
 
龍ヶ鼻曲輪群説明板



☆陣杭の柳 (サムネイルをクリックすると拡大します↓)

陣杭の柳2陣杭の柳1


 合戦当日未明、信長は姉川北岸への浅井朝倉軍の侵攻を知り、龍ヶ鼻陣所よりこの場所へ本陣を構えたとされています。
 ここに立つ柳は、信長が陣太鼓をかけて指揮したという伝承があるそうです。
 で、その柳なのですが・・・「龍鼻の郷」の石碑の左側に、背丈の低い木があり、どうもそれが件の柳の子孫なんだそうです。
 2、3年前に現地へ行かれた方の写真などを拝見すると、もっと柳の木が大きかったようですので、どうしてこんな小さい木なのか???現場へ行ったとき、すぐにはわからなかったです。
 もしかしたら、強風や台風などで、元々あった柳の木が折れてしまったのかもしれません。
 県道37号線沿いの、「国道東上坂」交差点(国道365号との交点)よりもすぐ手前にあります。

 現地の説明板です。サムネイルをクリックすると拡大します↓

陣抗の柳説明板



☆遠藤直経の墓

遠藤直経の墓

 龍ヶ鼻陣所のすぐ西側、水田に囲まれた農道沿いにありました。ちょっとわかりにくい場所です(垣籠町)
 遠藤は浅井氏の重臣であり、味方の武将首をもって敵軍へ偽装して入り、信長の陣中に迫ったものの、竹中重矩(竹中半兵衛の弟)に見破られ、討ち取られたということです。

 

 ここまでは、小谷城歴史資料館でいただいた「姉川の合戦MAP」を参照し、ある程度すぐ場所がわかったのですが、この先が少々苦労させられました(汗)

               つづく


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