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秀吉に攻め込まれた場所 (小谷城 五)

 浅井氏が主家である京極氏を住まわせたという曲輪を「京極丸」といいます。

小谷城京極丸

 ここも階段状の、広い曲輪なのですが、ここの西側から木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)率いる織田勢に攻め込まれ、城主・浅井長政のいる「本丸」と、長政の父・久政のいる「小丸」(後述)とを分断されてしまい、これが戦の勝敗を決定づけました。
 最終局面では、浅井勢の家臣の裏切りなどもあり、この西側(麓の屋敷のある清水谷へ通じている)のあたりの守りが手薄になっていたのではないか、と思われます。

小谷城小丸

 京極丸の北側には「小丸」という東西二段の構造をもつ曲輪があり、一段高くなっている東側の建物に浅井久政が立て籠もっており、ここで自刃したと言われています。

小谷城山王丸1

 さらに先に進むと、「山王丸」があり、昔はここに山王社が祀られていました。南側には馬出があります。
 東側の斜面には「大石垣」が残っていて、当時の城の様子をうかがい知ることができます。

小谷城大石垣

 この山王丸は、いわゆる城破りを受けており、大きな石垣が今だにゴロゴロしていて歩きにくいです。
小谷城山王丸石垣

 西側の斜面の生い茂った木と木の間から、遠くにびわ湖がかすんで見えました。
小谷城から見たびわ湖

小谷城山王丸2

 山王丸の一番北側です。実はこの先にも道が続いていたらしく、六坊(寺院の出張所があった)や大嶽(小谷山頂上にある曲輪)に通じていたらしいのですが、道が悪そうだったのでここで引き返すことにしました。

 感想としては、この規模ですととても一日のみでは回りきれないお城ですね。更にこのほかにも、西側の尾根の方には出丸などがあったわけですから。
 破城の様子なども目の当たりにし、改めて400年以上の長き歳月が経過していることを思いしらされました。
 次は浅井長政の最期の地を紹介します。

                            つづく
 
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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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