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武田信玄の弟、典厩信繁の墓(典厩寺)

 松代城から北へ約2.8KMの場所に、「八幡原史跡公園」があります。
 ここは、戦国時代、「川中島の戦い」の舞台となった古戦場です。

 八幡原史跡公園

 永禄4年(1561年)の第4次川中島合戦では、武田軍と上杉軍との間に激闘が繰り広げられ、かの有名な「信玄、謙信の一騎討ち」の話もこの時のものです。


 「八幡原史跡公園」より南へ10分弱歩いたところに、松操山典厩寺(曹洞宗 長野市篠ノ井杵淵1000)があります。
 同寺には、第4次川中島合戦で壮烈な討死を遂げた、武田信玄の弟、信繁の墓があります。
 (※この門は、松代の長国寺から移築したものだそうです)
 数年前に一度来ているので、今回は再訪になります。

 典厩寺1



 武田信繁(1525~1561年)の墓

 武田信繁は武田信虎の二男として生まれました。通称、左馬助を称したことから、左馬助の唐名である「典厩」の名で親しまれる。

 父、信虎は長男の晴信(後の信玄)を疎んじ、弟の信繁に家督を譲ろうと考えていたといいます。
 晴信が信虎を放逐後、信繁は武田家の“副将”として、兄を支え、また武田家家中をまとめました。信繁は己の分をわきまえ、兄より一歩引いた立場に身を置いていたのでしょう。
 信繁の事績として特記されるのは、永禄元年に嫡男、信豊に与えた99カ条からなる「家訓」でしょう。この中で、信繁は主家へ忠誠を尽くすよう述べています。この「家訓」は江戸時代、武士の心得を説いたものとして広く読み継がれたといいます。
 永禄4年の川中島の戦いで信繁は壮烈な討死を遂げました。兄、信玄の「楯」となり、命を落としたのです。享年37歳。
 亡骸は千曲川のほとりにあった鶴巣寺に葬られました。(後の元和8年に、松代藩主・真田信之により墓碑が建てられ、寺名は「典厩寺」と改められたという)
 法名「松操院殿鶴山巣月大居士」

 信繁の戦死は「惜しみても尚惜しむべし」と評され、兄、信玄は弟の死に深く慟哭し、また敵将である上杉謙信もその死を悼んだと伝えられています。
 武田信繁の墓1
 武田信繁の墓2

 武田家というのは、信虎―信玄、信玄―義信といった親子の間には相克があるのですが、兄弟の間柄はとても良好だったんですね。
 信玄、信繁、信廉(逍遙軒)は仲良し兄弟だったそうです。
 信繁がもう少し長生きしていたなら、武田家の滅亡は防げたかもしれません。 
 各地で武将の墓参をしてきましたが、とりわけ武田信繁の墓には「もののふの心」を感じます。

 なお、墓碑の左背後に小さな五輪塔がありますが、右側が典厩信繁のもので、左側が真田幸村(信繁)の供養塔だそうです。
 かの真田昌幸は、もともと武田家の家臣だったのですが、二男の源二郎には典厩にあやかって「信繁」という名をつけたと思われます。
 昌幸の長男、信之が元和8年に武田信繁の墓碑を家臣に命じて建てさせたのですが、その時おそらく典厩と同じ名を持ち、「大坂夏の陣」で壮烈な討死を遂げた弟、信繁(幸村)が偲ばれたことでしょう。

 
 おかげ様で、当ブログで武田信虎、信玄、信繁父子の墓をアップすることができました。
過去記事 武田信虎の墓
       武田信玄・信虎の墓(恵林寺)

 

 ところで、典厩寺にはもう一つ見どころがあります。

 閻魔堂

 万延元年(1860年)に松代藩主、真田幸貫(老中、松平定信の実子)の発願により、川中島合戦300年記念、戦没者の追善供養のために建てられたといいます。
 このでかい閻魔様も迫力ありますね!
 典厩寺2



 実は典厩寺は春に「しだれ桜」の名所なんですよね。数年前来たときも、ちょうど桜が見頃でした。
 今回は晩秋ということで、境内にあった真っ赤な紅葉が印象的だったので掲載しておきます。

  典厩寺3
  典厩寺4



 なお、典厩寺の墓は信繁の胴塚であり、彼の首塚は長野県小諸市にあるのですが、2008年に行ってきました。
 写真データが見つかったので、掲載しておきます。信繁の首は家臣が信繁の嫡男、信豊のもとへ運ぶ途中、現在の小諸市のこの付近に葬ったと伝えられています。

    【参考】武田信繁首塚 
   武田信繁首塚





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