スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

松平容保の墓 (会津藩主松平家墓所)

 NHK大河ドラマ「八重の桜」で、主要人物のひとり、会津藩主、松平容保(1836~1893年)の墓の紹介です。
 ドラマでは俳優の綾野剛さんが好演し、容保のイメージそっくりということで世間の評判も良かったそうです。

    松平容保肖像



 今年6月、会津へ行った際に初めて会津藩主松平家墓所を訪れました。

 墓所は市街中心地から外れた、東山温泉のほう、自然の豊かなところにありました。約15,000㎡という広大な敷地で、大名墓所としてはかなり規模が大きいです。
 会津松平家墓所1


 墓所の案内図。ご覧のように、歴代藩主の墓が建てられていますが、容保の墓は左上の○印をつけてあるところ、墓所の奥まったところにあります。
  二代藩主、正経以外の歴代藩主の墓は神式にて建てられています。
 会津松平家墓所2



    (他の藩主の墓は省略)



 容保の墓付近へ来ました。墓所手前には容保の経歴を記した大きな碑石が置かれています。
 松平容保の墓1


 その奥に容保のお墓があります。容保は晩年日光東照宮の宮司などを務めましたが、明治26年(1893年)12月5日に59歳でその波乱に満ちた生涯を閉じました。
 亡骸は東京・新宿の「正受院」という寺に葬られますが、大正6年(1917年)にこちらの墓所に改葬されました。
 松平容保の墓2


 容保の墓は歴代藩主の墓に倣い、神式ですので、
 「正三位松平容保之墓」という表石の後方に墳丘があり、そのてっぺんに「鎮石」が置かれています。こちらの下に亡骸が葬られております。
 松平容保の墓3


 容保の墓の左隣には、容保の家族、子孫の方が眠る「松平家之墓」があります。
 ここには、容保の義姉である照姫(女優・稲森いずみさんが演じた)も葬られています。照姫もまた、東京の「正受院」から容保と共に改葬されました。
 照姫と容保姉弟は血のつながりこそありませんでしたが、晩年も和歌のやり取りをするなど、終生仲の良い間柄であったと伝わっています。
 松平家之墓


 この日は早朝ということもあり訪れる人もなく、あたりは深閑として、野鳥のさえずりだけが聞こえてきました。
 「朝敵」の汚名を着せられながらも、最後まで信義を貫き、徳川家に忠誠を尽くした松平容保。
 墓前で心より冥福を祈りました。



 いつもご覧いただき、有難うございます。
 人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログへ 
関連記事

テーマ : 大河ドラマ 八重の桜
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

おはようございます

一番上まで上がるのは、けっこう辛かったでしょう。
石畳、階段が歩き辛い(畝っていて)し、ですが途中途中で色々な御墓が有るので登っていても、辛さが吹っ飛びますけど(笑)。

小生も、もう一度行きたい場所です。

そういえば入口左に「松平家代々の馬の墓」が有ったでしょ?
見た時、馬にも愛情を示しているのが微笑ましかったです。

Re: タイトルなし

 酔いどれJohnny様

 おはようございます。コメントどうも有難うございます。

> おはようございます
>
> 一番上まで上がるのは、けっこう辛かったでしょう。
> 石畳、階段が歩き辛い(畝っていて)し、ですが途中途中で色々な御墓が有るので登っていても、辛さが吹っ飛びますけど(笑)。
>
> 小生も、もう一度行きたい場所です。
>
> そういえば入口左に「松平家代々の馬の墓」が有ったでしょ?
> 見た時、馬にも愛情を示しているのが微笑ましかったです。



 そうですね。けっこう歩きました(汗) また小雨が降っていたので、足元が泥だらけに(泣)
 しかし、森林に囲まれ、野鳥のさえずりを聞きながら、マイナスイオンを感じながらの墓参でした。
 各地の大名墓所へ行きましたけれど、こちらはとても広い敷地なのに驚きました。

 馬の墓なのですが、写真データを探しましたが、どうも撮り忘れていたようです(汗) 馬も日頃から大事にされていたのでしょうね。

 

家康も知っていた古代年号

最近珍しい書籍を教えてもらいましたので、紹介したいと思います。
安土桃山末期、江戸初めの1608年に、ロドリゲスというポルトガル人が日本での布教のため、日本語から日本文化まで幅広く収集し著した、「日本大文典」という印刷書籍です。
広辞苑ほどもあるような大部です、家康の顧問もしていました。
興味深いことにこの本の終わりに、当時ヨーロッパ外国人により聞き取られた、日本の歴史が記載され、古代年号から大和年号に継続と思われるものが記載されていることです。この頃の古代からの日本の歴史についての考を知ることができる タイムカプセル のでしょうか。もう既に見ていますか。
ついでに
倉西裕子著
『「記紀」はいかにして成立したか』
日本紀と日本書紀は別物という考証です。
ご存知でしたら削除してください。宜しくお願いします。

Re: 家康も知っていた古代年号


> 最近珍しい書籍を教えてもらいましたので、紹介したいと思います。
> 安土桃山末期、江戸初めの1608年に、ロドリゲスというポルトガル人が日本での布教のため、日本語から日本文化まで幅広く収集し著した、「日本大文典」という印刷書籍です。
> 広辞苑ほどもあるような大部です、家康の顧問もしていました。
> 興味深いことにこの本の終わりに、当時ヨーロッパ外国人により聞き取られた、日本の歴史が記載され、古代年号から大和年号に継続と思われるものが記載されていることです。この頃の古代からの日本の歴史についての考を知ることができる タイムカプセル のでしょうか。もう既に見ていますか。
> ついでに
> 倉西裕子著
> 『「記紀」はいかにして成立したか』
> 日本紀と日本書紀は別物という考証です。
> ご存知でしたら削除してください。宜しくお願いします。


いしやま様

 はじめまして。
 ジョアン・ロドリゲスについては存じてましたが、「日本教会史」はキリスト教関係の本で読んだ記憶がありますが、「日本大文典」という本については知りませんでした。
 また、私は古代史にほとんど興味がないので、倉西さんの著書については存じません。わざわざ、ご教示有難うございました。


ブログランキング
「もののふの心」および歴史的遺産を後世に伝えましょう♪
うさぎ
  ↓ ↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
ご注意 ごくたまに、「城」「史跡」「お墓」等の話題が、ドラマ関連やその他のカテゴリとして登録されている場合があります。
月別アーカイブ
最新コメント
FC2カウンター
おきてがみ
お気軽にどうぞ(お返事が遅くなる場合があります)
プロフィール

A☆六文銭

Author:A☆六文銭
ブログテーマ
日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

★当ブログ内の文章、写真等はすべて無断転載禁止です。宜しくお願いします。
★当方と連絡を取りたい方は、下部メールフォームからお願いします。(ご感想はなるべくコメント欄のほうにお願いします)
※Twitter、Facebookはやってません。

最新記事
おすすめ書籍
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。