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【特別公開】岩倉具視の幕末維新(京都市歴史資料館)

 「新島旧邸」から北へ数十メートルのところに、京都市歴史資料館という施設があり、「岩倉具視の幕末維新」という特別展を開催中だったので、寄ってみました。(10月16日で終了済)

 岩倉具視の幕末維新


 【展示趣旨】
 本市文化市民局文化財保護課との共催により,幕末から明治時代初期の政治家である岩倉具視の関係資料を特別公開いたします。平成25年,財団法人岩倉公旧蹟保存会の解散に伴い,所蔵の重要文化財及び京都市指定文化財など全ての資料が本市に寄贈されました。岩倉具視やその一族に関する貴重な文献を始め,東京赤坂で襲撃された時に斬られ血痕の付いた装束など,多くの遺品が文化財に指定されています。

 本展覧会では,文書・絵画・写真・装束・生活道具などの諸資料から,近代国家形成期においてその頂点に立って活動した政治家岩倉具視に焦点を当て,彼の歩んだ道のりや時代の流れについて考えてみたいと思います。

 また,ミニ展示として,NHK大河ドラマ「八重の桜」のヒロイン,新島八重が明治23年に京都商工会議所会長の浜岡光哲に宛てた書簡も初公開します。


   岩倉具視


 岩倉具視(1825~1883年)というと、幕末期、貧乏公家から政界の中心人物として踊り出、明治維新に多大な貢献をした人物ではありますが、「維新の三傑」などに比べると、正直なところネガティブな印象が強い人物だと思います。彼の肖像写真が残っていますが、公家にしては非常に意志の強い顔をしていますね。
 
 岩倉具視に関連する資料はこれまで、財団法人岩倉公旧蹟保存会が保存してきたのですが、多額の費用がかかり、これ以上維持できないとして、今年の春先に京都市への寄贈を決めたそうです。岩倉家ご子孫、並びに関係者の方々のご英断だと思います。

 私もこれまで幕末維新期の展示会を色々見てきましたが、岩倉具視に関する展示というのは初めて見ました。貴重な史料、61件(約100点)が今回出展の運びとなりました。
 私が見たのは後期展示でしたが、岩倉具視日記ですとか、岩倉が失脚中に書いたという意見書『叢裡鳴虫』(重要文化財)、大久保利通や木戸孝允等の書状など、貴重な史料が多く展示されていました。
 こうした文献資料のほか、目立ったのは彼の遺品が割合多く残されていたことです。

 たとえば、明治7年1月14日、赤坂の仮皇居から帰路についた岩倉を暴漢が襲い、負傷した事件(赤坂喰違事件)で岩倉がその時来ていた血痕付の装束や携行品がありました。
 その中に、なんと携帯用の盃があったんですね。
 岩倉具視は大の酒好きで、どこか出かける際も必ず携帯用の盃を懐に入れていたというのです。岩倉の死因は「食道癌」だったのですが、きっとお酒が原因でしょうね。こうしたところに、リアリティを感じます。

 このように、岩倉は身の回りの品々を処分せずに、大事に保管しておく性格の人だったそうですね。
 しかし、岩倉の死後、彼の遺志とは裏腹に彼の伝記を編纂した人がこれら遺品の多くを勝手に古道具屋などに転売してしまったのだとか。そのため、ご子孫は苦労して買い戻したのだそうです。

 前述しましたが、岩倉具視について、どこか陰のある、「孝明天皇暗殺説」等ネガティブな印象を持つ人が多いのですが、やはりその理由としては彼に関する体系的な研究があまり進んでいないということが挙げられます。
 素顔の岩倉は、子どもたちには教育熱心で、また有望な人物を支援する等面倒見の良い一面もあったようです。
 私も正直なところ、これまであまり興味のもてない人物ではあったのですが、今後研究が進み、岩倉の実像が明らかになるのが待たれます。

 なお、大河ドラマ「八重の桜」では俳優の小堺一機さんが演じてましたが、ちょっとあれはミスキャストだったのではないでしょうか。



     
岩倉具視 (幕末維新の個性)岩倉具視 (幕末維新の個性)
(2006/01)
佐々木 克

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「新島旧邸」の近くに有ったのですね。
先入観が先行してしまい、小生も「ちょっとな人」なんですよ。

また京都再訪の折は、立ち寄ってみたいと思います。 

Re: タイトルなし

 酔いどれJohnny様

 おはようございます。コメントどうも有難うございます。
 
> 「新島旧邸」の近くに有ったのですね。
> 先入観が先行してしまい、小生も「ちょっとな人」なんですよ。
>
> また京都再訪の折は、立ち寄ってみたいと思います。 


 はい。新島邸から歩いて数十秒のところです。
 あんまり好きじゃないタイプの人物だったのですが。。。少々誤解していた部分もありましたかねえ。

 実は都内にある岩倉の墓は非公開になっており、立入できません。そのことについても後述したいと思います。

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