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幕末甲州博徒バラバラ殺人事件

 山梨県笛吹市にある山梨県立博物館で開催中の「黒駒勝蔵 対 清水次郎長~時代を動かしたアウトローたち~」の関連イベント(主催「特定非営利法人つなぐ」)に行ってみました。

 参考サイト 山梨県立博物館

 幕末の甲府に「三井卯吉」という博徒の大親分がいました。
 この卯吉という男ですが、「祐天仙之助」や「国分三蔵」といった甲州の有名博徒を従えており、一時は相当羽振りが良かったようです。
 卯吉はある時、博奕で捕縛され江戸に護送されますが、その時牢役人と関係が出来、赦されて甲府に立ち戻った後は「目明し」として活動するようになっていたようです。
 卯吉は今でいう「おとり捜査」のようなものに協力しており、例えば役人に敵対する博徒について密告し捕縛させたり、賭博場を開放し、ころあいを見計らって役人を招きいれ、その場にいた連中を捕縛させるなどしていたため、やがて彼に陥れられた甲州中の博徒から恨みを買うようになります。
 安政4年(1857年)正月、甲府城下の山田町というところで、卯吉は妻と共に家にいたところ、「小天狗の亀吉」という博徒らに踏み込まれ、殺害されました。どうやら、「小天狗の亀吉」はかつて兄を卯吉に殺されたため、兄の敵として卯吉を狙っていた模様です。
 この事件は江戸中でも評判になったそうで、『藤岡屋日記』には「宇吉夫婦を首ハ首、手ハ手、足ハ足とづだくニ切殺し候」つまりバラバラにして殺された、と記されています。


 甲府城の南東隅で集合し、スタートです。総勢80人前後だったと思います。私はよそ者ですが、参加者のほとんどは地元の方だと思います。
 右手の男性は展示を企画した高橋修・学芸員さんです。高橋さんはこの日のために、長らく実像が不明だった卯吉の生涯について調べ、卯吉を紹介するミニ冊子まで用意されていました。
 三井卯吉ツアー1


 卯吉が殺害された家のあった旧山田町(ようだまち)・・・現在の「甲斐奈通り」付近。
 三井卯吉ツアー7


 「甲斐奈通り」で、郷土史家の林陽一郎さんの解説を聞く。林さんは「山梨県史」の編纂に携わったという方で、甲府の歴史については「生き字引」みたいな方でした。
 当時この辺りは大店が立ち並ぶ場所だったそうです。現在はほとんどが民家になってしまい、当時の面影は何もなかったです。
 三井卯吉ツアー2


 卯吉は柳町幸十郎なる商人宅の裏土蔵を間借りして、賭博場を開いていました。その土蔵があった場所。
 (現在はある料理屋のお店になっていますが、当時とは無関係)
 三井卯吉ツアー3

 


 卯吉が隠れ住んでいたという柳町庄次郎の借家があった現在の柳町3丁目付近。この道がかつての武家地と町人地の境界線になっており、いざ役人に踏み込まれても、逃げやすい場所を隠れ家に選んでいたといいます。
 三井卯吉ツアー4


 民家の家と家の間にある用水路?と思ったら、甲府城の外堀の名残だそうです。指摘されなければつい見過ごしてしまいます。
  三井卯吉ツアー5

 
 最後は、卯吉の隠れ家があった場所の裏手にある明治時代から商売しているという豆屋さんの前で、豆菓子の試食をし、解散となりました。(おいしかったのでお土産に数袋買って帰った)約2時間ほどの行程でした。
 三井卯吉ツアー6



 【感想】甲府城下は博徒の巣窟だったことがよくわかりました(笑)年がら年中、各所で賭場が開かれていたみたいです。
 ただ、甲府は戦災で丸焼けになっているので、戦前の建物が見当たらないなど、古きよき城下町の風情が現在ではほとんど失われてしまっているのが残念です。今回歩いていても、イメージしにくかったですね。
 それと、せっかくですので最後は卯吉の冥福を祈るため、墓参りで〆てほしかったですね・・・。(墓について教示はなかった)
 また、昨今の不景気のせいなのか、以前からですが商店街に人通りも少なく、活気がないのが気になりました。「町おこし」の一環で今回のツアーも企画されたようです。
 今回は「バラバラ殺人」というショッキングな最期を遂げた人物の足跡?を辿りましたが、それとは対照的にのどかな昼下がりの町歩きとなりました。
 なお、展示は18日(月)までですのでご興味のある方はぜひご覧になってみてください。


 関連記事 黒駒勝蔵対清水次郎長~時代を動かしたアウトローたち(山梨県立博物館)



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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

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A☆六文銭様もいらっしゃったのですね。実は私も参加させてもらってたんです。
個人的には清水屋の稲荷寿司が以外に美味かったことが印象的でした(笑)
もちろんツアーもマニアックでよかったけど。
卯吉の墓については発見されていませんが、ある資料によれば「瑞光寺」となっています。
しかし甲府に「瑞光寺」という寺は無いので山田町、柳町から最も近い「瑞泉寺」がそうではないか、と私は思っています。
また卯吉は本来「宇七」が正しかったようで、それが訛った「宇吉」を本人が好んでそう呼ばせていたようです。(坂田日記にも記述あるので、これはかなり本当っぽいです。)

三井卯吉ツアー

 甚左衛門様

 こんばんは。コメントどうも有難うございます。 

> A☆六文銭様もいらっしゃったのですね。実は私も参加させてもらってたんです。
> 個人的には清水屋の稲荷寿司が以外に美味かったことが印象的でした(笑)
> もちろんツアーもマニアックでよかったけど。
> 卯吉の墓については発見されていませんが、ある資料によれば「瑞光寺」となっています。
> しかし甲府に「瑞光寺」という寺は無いので山田町、柳町から最も近い「瑞泉寺」がそうではないか、と私は思っています。
> また卯吉は本来「宇七」が正しかったようで、それが訛った「宇吉」を本人が好んでそう呼ばせていたようです。(坂田日記にも記述あるので、これはかなり本当っぽいです。)



 卯吉についてのご教示どうも有難うございました。このツアーに参加されていらしたとは奇遇ですね!
 実は私、この展示で初めて卯吉について知ったのでした。
 子分?の祐天仙之助や国分三蔵は以前から知っていたのですけども。
 
 お墓ですが、私もたぶん旧山田町の近隣にありそうな気はしていました。(あくまでも勘ですが笑)今度甲府に寄った際にぜひ探してみたいと思います。(見つかるといいのですが)
 卯吉は他にもいろいろ異名があったようですね。謎の多い人物だなあという印象を持ちました。


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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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