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細川家墓所・・・殿中刃傷事件と名君の出現

 東京文化財ウィーク2012で見た「旧磯野家住宅」の続きです。

 京浜急行新馬場駅から歩いて5分くらいのところに、熊本藩細川家の墓所があります。
 この地はもともと旧東海寺の境内で、細川家が建立した妙解院という塔頭がありまして、江戸における細川家の菩提寺となっていました(現在は廃寺)。
 現在高層マンションに隣接するこの墓所には、下の写真ように大きな五輪塔が立ち並び、細川家4代以降の歴代藩主と明治以降の当主、およびその奥方が眠っています。
 通常墓所は非公開ですが、細川家のご好意により、毎年秋の文化財ウィークの時だけ一般公開されています。都内に残る大名家墓所としては、往時の姿を良好にとどめています。 
  細川家墓所

 ところで、殿中刃傷事件といえば「刃傷松の廊下」で有名な浅野内匠頭が吉良上野介を斬りつけた事件が有名ですが、江戸時代中を通して、江戸城内での刃傷事件は数件あったのです。
 延享4年(1747年)8月15日、江戸城大広間の厠付近で、細川家5代藩主・宗孝が6千石の旗本・板倉修理勝該(かつかぬ)にいきなり脇差で斬りつけられて重傷を負い、その傷がもとで死に至るという事件がおきました。
 宗孝享年31という若さでした。一方の板倉には当然のことながら切腹が命じられました。
  細川宗孝墓


 この事件ですが、もともと「狂癇の疾」(一種の精神病)があった板倉勝該が主家である遠州相良藩主・板倉勝清を一方的に逆恨みし、これを殺めようとして、誤って細川宗孝を斬りつけてしまった・・・というのですが、その人違いの理由が家紋の見間違えによるものだというのです。

  細川家の九曜紋
 細川家家紋

  板倉家の九曜巴紋
 板倉家家紋


 上の二つの家紋を見てもらうとわかる通り、たしかによく似ています。この刃傷事件が家紋の見間違えによるものだという説は当時からまことしやかに言われてきました。

 ところが、明治になって元旗本の大谷木(おおやぎ)醇堂という人物が書き残した書物には、この事件のまつわるある異説が記されていました。

 醇堂が聞いたという説は、白銀台町にある板倉勝該の屋敷は細川家下屋敷の崖下に位置し、大雨が降った後など細川家から汚水が流れてくるので、板倉家では細川家に何度も苦情を申し出たが細川家の家臣はたかが旗本の言うこととしてまったく取り合ってもらえなかったため、このことが勝該を激高させ、あげくの果て殿中での刃傷沙汰に及んだ・・・というものです。

  港区高輪にある細川家下屋敷跡のシイの木
  たしかに、この付近を歩くと高低差があるので、汚水が上から下に流れてきたというのは納得できます。
  細川家下屋敷跡

 つまり、板倉修理の刃傷事件は、今でいう「ご近所トラブル」の末におきた悲劇だったというわけです。
 この話については、歴史家の氏家幹人氏がその著書『旗本御家人』(洋泉社)の中で詳細を書いておられます。
 私はこの本が出る前、たまたま氏家氏の講演でこの話を聞き、なるほど・・・と思ったものです。

 それにしても、殺された細川宗孝にしてみれば、大藩の殿様ですし、下屋敷での出来事などなかなか知る由もなかったであろうに、本当にお気の毒です。

  
旗本御家人 (歴史新書y)旗本御家人 (歴史新書y)
(2011/10/06)
氏家 幹人

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 ところで、宗孝には跡継ぎの子供がなく、細川家では急遽宗孝の弟・主馬を末期養子として家督を継がせます。この人が6代藩主・細川重賢です。
 重賢は4代藩主宣紀の5男であり、何もなければ一生部屋住みのまま終わるところを、相次ぐ兄たちの死で殿様の座につくという幸運を得ました。

 当時、熊本藩の財政は悪化していましたが、重賢は積極的な人材登用やゆるんだ綱紀の締め直しを行い、藩政改革を進めていきました。重賢は質素倹約を奨励するだけでなく自ら実践し、殖産興業を実施するなどして藩政の再建に力を入れました。(宝暦の改革)

 後に重賢は「肥後の鳳凰」と讃えられ、名君として世に知られるようになりました。
  細川重賢墓



 同墓所にはこの他、近代の人としては細川護熙元首相のご両親や祖父母、曽祖父母、また奥の方には細川家の支藩である高瀬藩細川家の墓所などがありますが、掲載は割愛させていただきます。
 なお、近所の方の話だと、昨年の大震災の直後は灯篭などが多数倒れていて酷い状況だったそうですが、現在はほぼ元に戻されていましたが、一部香炉などが倒れたままになっていました。
 私は熊本でも細川家の墓所を巡っているので、こちらで細川家の墓参はほぼ終了です。



 
より大きな地図で 細川家墓所(旧妙解院) を表示



 今年も後一日になってしまいました。もう1記事くらい書けるか・・・!?
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こんばんは

“家紋を間違えた”事件は私も知っていたのですが
ご近所トラブルが真相だったなんて、知りませんでした

今年も大変お世話になりました。
来年もよろしくお願いします。

ぽち。

良いお年を

 四十路様

 こんばんは。コメント有難うございます。

>
> “家紋を間違えた”事件は私も知っていたのですが
> ご近所トラブルが真相だったなんて、知りませんでした
>
> 今年も大変お世話になりました。
> 来年もよろしくお願いします。
>
> ぽち。


 私も長く、家紋の見間違えによる殺傷沙汰と思っていましたが、こういう異説があるとはびっくりでした。
 このご近所トラブルについては、最近までほとんど知られていなかったと思われます。
 
 こちらこそお世話になりました。また来年も良い旅をなさってください。
 それでは、どうぞ良いお年をお迎えください。
 (ぽちも有難うございます)
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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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