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維新の洋画家・川村清雄(江戸東京博物館)

 東京・両国にある江戸東京博物館にて、現在特別展
「維新の洋画家・川村清雄」展が開催されています。(12月2日まで)

維新の洋画家・川村清雄展

 【展示趣旨】
 近代日本美術の知られざる先駆者・川村清雄(かわむら きよお)〔嘉永5年(1852)~昭和9年(1934)〕 ―近年とみに評価が高まっている幻の洋画家です。旗本の家に生まれ、明治維新からまもない時期に渡欧し本格的に油絵を学んだ最初期の画家でしたが、当時の洋画壇から離れて独自の画業を貫いたため、長らく忘れられた存在でした。しかし彼が生涯をかけて追究した日本人独自の油絵世界は、今急速に見直されてきています。

  本展は、清雄の最大の庇護者であった勝海舟(かつ かいしゅう)に捧げられた《形見の直垂(ひたたれ)(虫干)》(東京国立博物館蔵)をはじめとする絵画の代表作や初公開作品を含む約100点の絵画が一堂に会する最大規模の回顧展です。とくに注目されるのは、フランスへ渡った晩年の傑作《建国(けんこく)》(オルセー美術館蔵)が初めて日本に里帰りすることです。昭和4年(1929)にパリ・リュクサンブール美術館に納められたこの作品は、《振天府(しんてんふ)》(聖徳記念絵画館蔵)とならび清雄の画業の集大成となった作品ですが、日仏ともにこれまで展覧会場で公開されることがありませんでした。本展はこの秘蔵の傑作を目にすることができるまたとない機会です。さらに、清雄が絵画の理想としたヴェネツィア派最後の巨匠ティエポロの名画《聖ガエタヌスに現れる聖家族》(ヴェネツィア・アッカデミア美術館蔵)が、ヴェネツィアから来日します。

  また本展では、清雄が守り伝えてきた幕臣川村家資料を中心とした歴史資料約100点を集結し、幕末から明治・大正・昭和へと続く激動の近代を生きた清雄の人生を、彼を支えた徳川家達(いえさと)や勝海舟など人物交流のエピソードを織り交ぜて立体的に描き出します。美術愛好家のみならず、歴史ファンにも見逃せない展覧会です。




 私は数年前から江戸博の「友の会」というのに入っており、毎度展覧会の前には案内をいただくのですが、主人の両親が入院していたりして、すっかりこの特別展について忘れており、先日あわてて行ってきました。
 
 明治、大正、昭和と活動した洋画家・川村清雄は、幕臣の家に生まれました。もともと、川村家というのは隠密任務を担当していた「御庭番」の家柄であり、清雄の祖父・修就は特に実務能力を買われて御庭番より出世を重ね、初代新潟奉行や長崎奉行等を歴任しました。

 江戸幕府が崩壊し、明治の時代になり、幕臣の子弟であった清雄は徳川家が派遣した留学生の一員となり、アメリカへ渡ります。派遣前、大久保一翁から「お前は絵をやってこい」と励まされたことが励みになったそうです。
 なお、アメリカでは偶然女子留学生だった津田梅子と同じ家にホームステイしていたそうで、梅子から「麻疹」を伝染されたという逸話が紹介されていました。

 その後、パリやヴェネチアで洋画の修行に励み、帰国。しかし、黒田清輝などが幅をきかす画壇とは一線を画していたため、独自の絵描きとしての道を選びます。
 勝海舟からは格別目をかけられており、一時書生のような感じで勝邸に居候していた時があったそうです。海舟は清雄が画業を続けていく上でスポンサー的な存在でもあったようで、絵描きとして自立していく上で大きな支えでした。
 現在、東京国立博物館に所蔵されている清雄が描いた「形見の直垂という絵は、一般的には長らく家庭の虫干しを描いた風俗絵と考えられてきましたが、実は勝海舟を追悼する絵だったことが近年明らかになりました。

 清雄は絵に関しては妥協を許さない性格だったため、常に遅筆だったようです。旧主の徳川宗家当主・家達とは留学時代から親しかったということもあり、清雄は14代将軍・徳川家茂や15代将軍・慶喜、天璋院(篤姫)らの肖像画の依頼を受けますが、しばしば絵筆が止まってしまったため、5人描いたところで先方からキャンセルされてしまったといいます。しかし、家茂、慶喜、天璋院の肖像画は歴史の本や展示会などでよく紹介されているので、私もそうですがご覧になったことのある方も多いと思います。
 
 画家としては孤高の存在であり、プライベートでは妻を迎えても3回離婚したそうで、かなり難しい性格の人だったと思われます。しかし、そんな清雄の絵を愛する熱心なファンもおり、現在に伝えられている絵も少なくないようです。
 私は芸術的な部分は正直詳しくないのでよくわからないのですが、丹念に描きこまれた絵の数々に思わず見入ってしまいました。清雄の絵にはその性格から来るものか、独特の陰翳を感じました。

 また今回の目玉として、フランス・オルセー美術館から初めて日本へ里帰りした「建国」という作品があり、注目です。(※告知ポスターに使用されている赤い鶏冠の鶏の絵)この絵もそうですが、晩年の清雄は日本の神話に題材をとったものを多く描いていたようです。

 清雄という人は60過ぎてから4番目?の夫人との間にやっと息子さんが生まれました。このひとり息子さん(清衛氏)がなかなか親孝行な人で、晩年の父親をバックアップしていました。また、今から10年ほど前に他界される前に、父・清雄の資料を江戸東京博物館に、幕臣・川村家の資料を新潟市歴史博物館へ寄贈したのです。今日こうしてわれわれが清雄の生涯に触れられるのも、この息子さんのおかげが大きいと思います。
 
 会期は今週末の12月2日までとなっています。この展示の特徴は、単なる美術展にとどまらず、歴史的な事項を含んでおり、この辺がオリジナリティを感じます。また、清雄は江原素六(名門・麻布学園の創立者)とも縁戚関係で、展示の中では素六のほかたくさんの幕臣の名前が出てくるので、この辺に関心がある方にもおすすめです。

 明治以降、旧幕臣の子弟は官吏を目指した人が多かった中で、あえて画家という道を選んだ清雄の精神の中に、内に秘めた「もののふの心」を感じ取ることが出来、見終った後は静かな感動を覚えました。
 今回、うちの主人も同行したんですが、、当初彼はあまり期待しないで行ったのですがいざ展示室へ入ると見入ってしまい、とうとう途中で時間がなくなってしまいました。
 ここ最近、江戸博の展示は個人的にガッカリするものばかりだったので、久しぶりに面白く拝見させていただきました。


 なお、展示は来年、幕臣ゆかりの静岡の方に巡回するそうなので、見そびれた方はそちらでご覧ください。

       ※図録あり(すごい分厚くて、重いやつです。。。)



  
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  江戸東京博物館
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まとめ【維新の洋画家・川村清】

 東京・両国にある江戸東京博物館にて、現在特別展「維新の洋画家・川村清雄」展が開催されています。(

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