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陣屋町・足守をゆく3(木下家菩提寺・大光寺)

 つづき

 前からお読みいただいている方はご存じだと思いますが、旅に出るごとに、時間の許す限り全国各藩大名家の菩提寺巡りをしております。

 足守陣屋の南西、歩いて10分弱くらいのところに足守藩主木下家の菩提寺「大光寺」があります。
 第三代藩主・木下利當(としまさ)が創建した臨済宗のお寺です。
大光寺1

 山門をくぐり、参道を進みます。秋になると境内の紅葉が見事と伺いました・・・。
 奥の方に方丈がありましたが中へ呼びかけても返答なし。
 それもそのはずで、前の住職さんが逝去されてから現在は無住となっており、前住職の身内の方が法事の時だけ余所から来られていると地元の方が言っていました。
  大光寺3

 本堂の南側に木下家代々のお位牌を祀った霊廟があります。
 資料によると、正面に豊臣秀吉と北政所夫妻の霊牌をまつり、その左右に木下家歴代藩主の霊牌が安置されているといいます。
 久しく無住のせいか、草が生え放題で、屋根瓦しか見えません。
 大光寺霊廟


  屋根瓦をよく見ると、やはりここにも豊臣家から賜った「五七の桐」紋がありました。
  大光寺2


 本堂の右手奥の竹藪の中を抜けていくと、木下家の墓所がありました。
 古いもの、新しいものとありましたが、古いものは墓石の文字が摩耗してしまっており判読しづらい。
 資料によると、六代藩主・木下きん定(※「きん」は「八」の下に「白」)、七代藩主利潔(としきよ)、十代藩主利徽(としよし)その他夫人、子供などの墓計三十基、二十二基の石造燈籠があります。
 藩主とその家族の一段下には、「杉原姓」の墓があって、おそらく家老の家のお墓だろうと思いました。
 なお、「白樺派」の歌人であった木下利玄の墓もあったようですが、現地にいるとき気が付きませんでした。
木下家墓所(大光寺)


 当然のことながらやぶ蚊が襲来し、気を付けてはいたのですが手の甲など数か所刺されてしまい、早々に引き揚げました。
 (*_*)


   岡山市北区足守219
  
より大きな地図で 大光寺 を表示


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テーマ : 歴史・文化にふれる旅
ジャンル : 旅行

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A☆六文銭

Author:A☆六文銭
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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