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【清正が愛した女性たち4】父・清正の遺品と信仰を受け継いだ瑤林院(八十姫)・・・再掲Ver.

つづき

 豊臣秀吉の死後、実力者である徳川家康へ急接近していた加藤清正は、関ヶ原合戦の前年、慶長4年(1599年)に家康の養女で、水野忠重の娘「清浄院」を正として迎えます。
 そして、慶長6年(1601年)に二人の間に清正にとっては次女となる娘・「八十(やそ)姫」が誕生します。
 「八十」という名前には「九(苦)のない幸せ」という意味が込められていたといいます。
 清正にとって八十姫は晩年にもうけた娘であり、目に入れても痛くないほどだったと思われます。

 慶長14年(1609年)八十姫が9歳の時、家康の十男頼将(のちの頼宜)との婚約が決まります。清正はことのほかこの縁組を喜び、多額の費用をかけて婚礼の準備を進めています。
 しかし、その9か月後、慶長16(1611年)3月、家康と豊臣秀頼が京都・二条城で会見を行ったのに同席した清正は、その帰路突如体調を崩し、帰国後の6月24日に急死してしまいます。享年50歳。

 愛娘の晴れの日を見届けることなく清正は亡くなったわけですが、元和3年(1617年)正月に八十姫と駿府城主となっていた頼宜の婚礼が無事執り行われました。八十姫は父・清正ゆかりの「片鎌槍」など遺品を多数持参して嫁いだので、これらが紀州徳川家に伝来しました。
 その後、八十姫は夫の転封に従い和歌山に移り、14年間を過ごします。

 しかし寛永9年(1632年)には実家の加藤家が突如改易の憂き目に遭い、八十姫もさぞや心を痛めたことと思われます。
 改易に伴い、異母兄の忠広の娘「亀姫」は信州松代の真田家に預け置かれましたが、八十姫は姪にあたる亀姫の斜面を幕府に願い、後に手元へ引き取り、旗本・阿部家に嫁がせるなど細やかな心遣いを見せています。
また、出羽庄内に配流となった忠広に代わり、八十姫は父清正・母・清浄院の供養を行いました。
 
 翌寛永10年(1633年)には江戸の紀州藩邸に移り、亡くなるまでそこで暮らしました。
 父・清正の信仰を受け継ぎ、八十姫もまた熱心な日蓮宗の信仰を貫きました。

 頼宣と結婚して50年、寛文6年(1666年)1月24日に死去。享年66歳でした。
 遺骸は池上本門寺で荼毘にふされ、遺骨は和歌山の要行寺(のちの報恩寺)に葬られました。


 以前に八十姫の墓参をしていますが、今年また和歌山へ行く用事があったので再訪してきました。

 
   白雲山報恩寺(日蓮宗)
  報恩寺1(和歌山)

 境内を入って、奥の方の石段を登っていくと、紀州徳川家の墓所があります。
  報恩寺2(和歌山)

 この門を入ってすぐ正面に、八十姫のお墓があります。
 残念ながら八十姫はお子さんに恵まれず、夫・頼宜が側室に産ませた光貞(二代藩主)を嫡母として養育し、光貞も八十姫の死後、なさぬ仲の八十姫を追慕して要行寺を「報恩寺」と改め、徳川家の奥向きの菩提寺として整備、ねんごろに供養を行いました。

 法名「瑤林院殿浄秀日芳大姉」
 瑤林院墓1

 

 生前、八十姫が寄進を行うなど縁の深かった東京・池上本門寺の紀州徳川家墓所にも、瑤林院の墓(供養塔)が建てられております。
  瑤林院2

 以前にも書きましたが、私の母親の実家が、八十姫が夫・頼宜の「現世安穏後世善処」を願って本門寺へ奉納した「妙見菩薩像」が今に伝わるお寺の檀家なので、幼いころから彼女の事はよく知っていました。そういえば、八十姫の父・清正も妙見信仰の篤い人でした。
 今年は春に八十姫の異母兄・忠広や、祖母・伊都の墓参りを行うことができたので、きっと冥界にいる彼女に喜んでもらえたのではないか、と思っています。
 なお、“熊本城おもてなし武将隊”のメンバーにも八十姫の役の愛らしい女性がいて、町おこしに一役買っていました。

 以上、清正を取り巻く女性たちの墓参を通して、晩年の清正は徳川家との関係を深めていたこと、また伊都から清正、そして娘の瑤林院(八十姫)へと日蓮宗の信仰が受け継がれていった強い「絆」を感じました。


  ※熊本の旅、いったん小休止します

 

 過去記事 加藤清正の娘・瑤林院の墓 (初回訪問時)
        加藤清正の墓(本妙寺「浄池廟」)
        清浄院(加藤清正継室)供養塔


  報恩寺 和歌山市吹上1-6-38
 
より大きな地図で 報恩寺 を表示 


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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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