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熊本城(日本100名城)

 日本三大名城の一つである熊本城
 熊本へ来たら、まず真っ先に行ってみたい観光スポットです。
 先月下旬と先日の二度にわたって再度熊本城を訪れました。あまりの壮大さに感嘆すると同時に、いつまでいても飽きない城、それが熊本城です。
 それではさっそく登城してみることにしましょう。(一部過去に撮影した写真あり)

 市街から眺めた熊本城。以前初めて熊本へ来たとき、この風景を見てワクワクしたのが思い出されます。
熊本城7


 城への入り口、行幸橋口に立つ加藤清正公像
 清正は戦国きっての猛将として有名ですが、同時に名うての築城名人でもありました。
 「賤ヶ岳の戦い」で“七本槍”の一人として名を挙げた清正は、その後幾多の戦を経験しますが、豊臣秀吉による朝鮮出兵・・・「慶長の役」で経験した蔚山城での激しい攻防戦を教訓として、完全防備、無敵の居城を築き上げました。熊本城には戦国武将としての彼の気概が感じられます。
  加藤清正公像


 城の南方、坪井川沿いにある242m!にも及ぶ長塀。重要文化財。
熊本城6(長塀)


 西出丸の薬研堀と戌亥櫓および土塀(復元)かつては堀の底がV字形になっていました。(現在は形状が異なっています)
熊本城12(戌亥櫓・土塀)

 
 二の丸広場にて年に一回開催される「武田流騎射流鏑馬」(2009年秋撮影)お城をバックに、古式ゆかしく執り行われる流鏑馬神事。
 もののふの心を今に伝えます。
熊本城5



 西大手門(復元) 加藤家が改易された後、肥後に入封した細川忠利が初めて入城する際に駕篭から降り、清正の遺徳を偲んで門前で深々と一礼したという話が伝わっています。
熊本城14(西大手門)


 西出丸から空堀を隔てて眺める三層五階の宇土櫓。城内一の高さを誇る石垣を含めた眺めは壮観です!
 清正が慶長3年(1598年)以前に建てた旧天守ではないか、という説があります。かつての宇土城の天守を移築したという伝承もありましたが、平成元年(1989年)の解体修理時の調査により否定されています。西南戦争での焼失を免れた貴重な遺構です。重要文化財
熊本城8(宇土櫓)

 


 頬当御門(復元) 二の丸への入り口に立つ。屋根の無い簡便な形式の門。
 ツアーなどで来ると、ここから入城する人が多いのではないかと思います。受付に100名城のスタンプも設置されています。
熊本城11(頬当御門)


 大天守、小天守。残念ながら、西南戦争の時に籠城していた新政府軍に放火されて焼失してしまいました。現在のものは昭和35年に外観復元された鉄筋コンクリート製。
 先週の土曜日(25日)、天守前では名古屋から“武将隊”の人々が応援にかけつけ、パフォーマンスが行われており、観光客で人だかりが出来ていました。
熊本城13(大天守、小天守)


 天守前広場にある銀杏の木。清正は城内にたくさんの銀杏の木を植えましたが、有事の際にギンナンの実を食料とするためだったともいわれています。熊本城の別名「銀杏城」の由来。
 「この樹が天守の軒に届く頃、きっと戦乱がおきるだろう」
 と清正は予言したといいますが、はたして明治10年(1877年)に起きた西南戦争で熊本城は戦場と化し、奇しくも清正の予言通りとなったという次第。
 谷干城率いる熊本鎮台は城に立てこもり、西郷軍を相手に五十日余りの籠城を耐え抜きました。不世出の英雄、西郷隆盛をしても、加藤清正には敵わなかったわけです。
    熊本城9(銀杏)

  

 「武者返し」決して敵を寄せ付けない鉄壁の反り返り。
   熊本城(武者返し)

  
 先述しましたが、「慶長の役」における蔚山城の籠城戦において辛酸を舐めた清正は籠城に備えるべく、水源の確保のため城内に井戸をたくさん備えました。
  熊本城10(井戸)

 
 父の仇を討とうと、清正の暗殺をたくらんだ横手の五郎という怪力の若者が、首にかけて運んだといわれる「首掛石」 重さが1.8tもあるんだとか!
  熊本城(首掛石)



 本丸南西隅にある「二様の石垣」
 右側が清正の時代のもの(「清正流石垣」)で、左側は細川氏時代に増築されたもの。
 清正は石垣積みを得意としていました。正確には有能な石垣職人を配下に抱えていたということです。「天下普請」で築かれた名古屋城の天守台の石垣も清正が担当しています。

 ところで、大河ドラマ「天地人」の第一回目の放映で、ここでロケが行われたのご存じですか?
 「大坂城」の設定だったらしいですが、わざわざ遠い熊本城で、何でロケしたのが意味不明です。
熊本城16(二様の石垣)


 各所にある石垣と石段。まるで石の迷路に迷いこんだような錯覚を感じます(汗)。
 自分が甲冑に身を包み、武具を抱えて攻め込んだなら、相当難儀したことでしょう。
熊本城4



 清正の重臣・飯田覚兵衛ゆかりの「飯田丸五階櫓」(復元)城内にはかつて、五階建の櫓が5基も備えられていました。
熊本城3(飯田丸五階櫓)


 城の鬼門にあたる北東に位置する櫓門「不開門」(あかずのもん) 城内にはかつて18の櫓門がありましたが、現存するのはこの門だけ。
熊本城2(不開門)

 以上ざっと見てきましたが、実はまだまだ多くの櫓等があり、見どころがたくさんあってとても紹介しきれません。お城見学には時間に余裕をもって行かれることをおすすめします。
 あまり難しく考えず、城の威容を体感できればいいのではないでしょうか。
 それから、去年の震災で一時途絶えたものの、中国、台湾、韓国などから来た外国人観光客もとても多いです。「もののふの心」を感じて帰っていただければ幸いです(笑)

気が付くと、いつの間にか日が傾き、あたりは夕闇に包まれていました。。。
 難攻不落の城、熊本城。さすがは天下の名城です!
熊本城1

おかげ様でお天気には恵まれましたが、熊本はとても暑かったです。。。


             よみがえる熊本城本丸御殿 へつづく


 参考サイト 熊本城公式ホームページ


より大きな地図で 熊本城 を表示



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ジャンル : 旅行

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小生も今月行って来ましたが、美しい御城だと思いました。

なかなか見入ってしまいます また行きたいなぁ・・・ 馬肉の「手毬寿司」も(笑)。

Re: タイトルなし

酔いどれJohnny様?(お名前の記載がないので・・・)

 こんばんは。コメントどうも有難うございます。

> 小生も今月行って来ましたが、美しい御城だと思いました。
>
> なかなか見入ってしまいます また行きたいなぁ・・・ 馬肉の「手毬寿司」も(笑)。

 はい。私もすっかりリピーターになってしまいました。

 熊本は馬肉有名ですよね。ですが、自分食べられないのです。。。(泣)主人は馬刺しが大好きです。
 今回はあまり時間がなかったもので、少しですが墓参もしてきました。

こんばんは。
天地人の最初というと、秀吉が兼続に向かって「ワシの家来にならぬか?」と聞いたシーンですね。
なんでわざわざ熊本なのでしょうね?

私もまた行きたい城ですが、関東からは遠くてねぇ…

最後の写真が幻想的でカッコいいですね!

ぽち。

Re: タイトルなし

 四十路様

 こんばんは、コメントどうも有難うございます。


> こんばんは。
> 天地人の最初というと、秀吉が兼続に向かって「ワシの家来にならぬか?」と聞いたシーンですね。
> なんでわざわざ熊本なのでしょうね?
>
> 私もまた行きたい城ですが、関東からは遠くてねぇ…
>
> 最後の写真が幻想的でカッコいいですね!
>
> ぽち。


 「天地人」ですが、大坂城のつもりで熊本城で撮影したそうなんですが、なんで大阪城を使わないんだって話ですよね~(汗)

 熊本は今年2度も来てしまいましたし、すっかりリピーターになりそうです(笑)でも九州は遠いですし、夏場はものすごく暑いですね。
 しかしお城にいると、時間が経つのを忘れて撮影に没頭してそうです。

 ぽち☆もどうも有難うございます。(´・ω・`)
 

今の大阪城は秀吉の時代の石垣は見えません。
徳川がそのまま埋めて石垣等を作り直しています。

結果、清正が普請を行った石垣が残る熊本城が採用されたのでしょう。

Re: タイトルなし

> 今の大阪城は秀吉の時代の石垣は見えません。
> 徳川がそのまま埋めて石垣等を作り直しています。
>
> 結果、清正が普請を行った石垣が残る熊本城が採用されたのでしょう。


 コメント有難うございます。たしかに大阪城は大坂夏の陣で焼かれた後、旧城は埋められてしまいましたね。
 同時代の城ということでロケ利用したのでしょうね。

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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
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東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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