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徳川四天王本多忠勝と子孫たち~岡崎藩主への軌跡~(岡崎市美術博物館)

 ロンドンオリンピック盛況のおかげで、かれこれ10日以上もブログを更新していませんでした。
 ですが、実のところここ最近もあっちこっちへ出かけていたのです。
 夏休みということで、博物館美術館等の展覧会情報を・・・。

 愛知県岡崎市にある岡崎市美術博物館では、現在
「徳川四天王 本多忠勝と子孫たち~岡崎藩主への軌跡~」を開催中です。(8月19日 日曜まで)
    徳川四天王本多忠勝と子孫たち

 【展示趣旨】

 本多忠勝は天文17年(1548)現在の岡崎市内に生まれた生粋の三河武士です。武勇の誉れ高く、徳川四天王の一人として酒井忠次・榊原康正・井伊直政とともに、徳川家康の天下統一に大きく貢献しました。本多家は忠勝が上総大多喜に大名として取立てられて以降、16代にわたり譜代大名として幕府を支え、伊勢桑名、播磨姫路、大和郡山、陸奥福島、播磨姫路、越後村上、三河刈谷、下総古河、石見浜田、三河岡崎と転封を重ねており、これらの地には本多家の足跡を示す様々な資料が伝わっています。中でも江戸時代後期から明治維新まで約100年にわたり、岡崎城主としてこの地を治めており、岡崎とは非常に縁の深い大名家です。今年7月6日には、この本多家の分家筋にあたる本多忠次氏の旧邸宅が、東京都世田谷区から岡崎市東公園内に移築され、復原公開されます。
 今回の展覧会は、この旧本多忠次邸復原を記念して、譜代大名本多家260年の歴史をたどるものです。本展では本多忠勝所用の黒糸威胴丸具足(重要文化財)をはじめ、歴代当主の甲冑などの名宝や同家ゆかりの品々を一堂に展示するとともに、譜代大名本多家の全貌に迫ります。
 さらに旧本多忠次邸の開館にあわせて、邸宅の図面や家具調度のデザイン画、忠次氏の住宅思想を育んだ当時の建築・住宅書など貴重な資料の数々を特別公開します。本展を御覧頂くとともに、昭和初期を代表する近代建築である旧本多忠次邸にも、是非足をお運び下さい。


 
 本多平八郎忠勝(1548~1610年)
 上記にもある通り、徳川家康股肱の臣であり、武勇の誉れ高く「家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八」とも謳われました。
     本多忠勝

 家康の関東移封により、忠勝は上総大多喜10万石の大名となりますが、その後関ヶ原合戦の武功により、伊勢桑名10万石を与えられます。
 こうして、本多忠勝の子孫は譜代大名として幕末まで存続しますが、その間本多家は意外にも10回も転封しているんですね。
 明和6年(1769年)、本多家は石見浜田より先祖ゆかりの地である三河岡崎へ国替えとなり、やっと落ち着き先が見つかったという感じです。以降、約100年にわたりこの地を治めました。

    岡崎城
   岡崎城


 さて展示の方ですが、忠勝所用の「黒糸威胴丸具足」をはじめ、見どころがたくさんありました。
 この「黒糸威胴丸具足」ですが、失われた袖の部分を除き、上の忠勝の肖像に描かれたものの実物が大切に保管されてきたのです。鹿角の脇立の兜と、袈裟がけにした大きな数珠がなかなかインパクトあります。
 それから、忠勝の次男・忠朝が「大阪夏の陣」で討死した際に着用していたというボロボロの具足。これは数年前に千葉の大多喜城で見たことがありますが、胸の一部に鉄砲で打ち抜かれた痕があり、戦の激しさを物語っています。
 
 忠勝亡き後の本多家ですが、忠勝の孫である忠刻が二代将軍・徳川秀忠の長女・千姫を嫁に迎え、主家である徳川家との絆を一層深めていきます。

 しかし、宝永6年(1709年)、七代・忠孝が早世し、本来なら無嗣断絶となるところを先祖の功をもって分家筋から養子を立てることを許されるものの、知行高は5万石に減らされてしまいます。お家のピンチです。本多家では家臣のリストラを断行し、これをしのぎました。
 岡崎に国替えしてからも藩は財政難に陥ったため、二度にわたり大規模な財政改革が断行されました。
 三河以来の譜代の家といえども、そのお家事情は苦難の連続だったことがよくわかりました。

 このほか、本多家のご子孫の方が昭和初期に東京都内に建てた洒脱な洋館(以下リンクをお読みください)に関する資料の展示で締めくくられていました。

 関連記事⇒昭和の洋館 岡崎市「旧本多忠次邸」(前)
        岡崎市「旧本多忠次邸」(後)


 全体を通して、甲冑、武具、文書、絵図などが多数展示され、充実した内容となっており、閉館ぎりぎりまでじっくり拝見させていただきました。
 「本多忠勝」と聞くと戦国武将モノといった第一印象ですが、今回の展示はどちらかというと、江戸時代年間の本多家に焦点が当てられていた感じです。
 私は先月下旬に行ってきたんですが、ちょうど夏休みに入ったばかりとあって、小中学生のお子さんの姿も多くみられました。夏休みの自由研究の課題にもなりうるかもしれません。

 展示は今週末の19日までですので、お近くの方はぜひご覧になってみては如何でしょうか。

         ※図録あり

 
  岡崎市美術博物館(岡崎市高隆寺町字峠1番地 岡崎中央総合公園内 ℡ 0564・28・5000)

 同館へはこれが初めてでしたが、ガラス張りの洒落た建物です。展示場は地下にあります。
 名鉄東岡崎駅からやや遠く、バス便も少ないのがちょっと残念です。(自家用車のある方は車で行かれたほうがいいかも)
  岡崎市美術博物館


   
より大きな地図で 岡崎市美術博物館 を表示 
 
 
 いつもご覧いただき、どうも有難うございます。
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ジャンル : 学問・文化・芸術

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展覧会素敵ですねえ

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