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又蔵の火

 鶴岡公園(鶴ヶ岡城)の南西にある曹洞宗の古刹・総穏寺。(鶴岡市陽光町5-2)
 文化8年(1811年)、この寺の境内で、とある仇討事件がおこりました。
総穏寺2

 放蕩者で一族の鼻つまみ者として座敷牢に入れられていた土屋万次郎という男が、血のつながらない甥の丑蔵に斬られ命を落とします。
 その後、万次郎の弟の虎松(又蔵)が兄・万次郎の仇を討つべく、この寺の境内で丑蔵と壮絶な斬り合いを演じました。
 結果、両者力尽き、刺し違って(相打ち)終わりました。
 寺の境内には、虎松と丑蔵の銅像が建てられています。
  総穏寺3

 この実話をもとに、藤沢周平が短編小説で書いています。

  
又蔵の火 (文春文庫)又蔵の火 (文春文庫)
(2006/04)
藤沢 周平

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 帰宅してから読んでみたのですが、少々理解しがたいというか、読みづらい話ではありました。
 土屋万次郎と男はかなりの遊び人で座敷牢に入れられるくらいの放蕩者であり、第三者からみれば「一族の面汚し」として始末されても仕方がないように思われるのですが、弟の虎松(又蔵)にしてみれば、いくらだらしない兄であっても“肉親の情”とでもいいますか割り切れない思いがあり、むざむざと兄を殺されたという憤怒の情に突き動かされ、兄を討った親族の丑蔵を仇として斬り合いを挑むのです。
 結果、両者相打ちで果てたので、なんとも救いようのない話ではあります。「仇討ち」話の割に、読後感はあまりスッキリしませんでした。

 自分は気づかなかったのですが、境内の脇の墓地に虎松・丑蔵両名の墓があったみたいです。なお、寺には両名の刀も残されているそうです。
 
 小説『又蔵の火』の案内板。藤沢周平が直木賞を受賞する前後に書いた初期の作品です。
  総穏寺1


 以上で鶴岡の旅は終わりです。もう少し要領よく、サクサク書けるとよかったんですが。
 終始雨に見舞われたのが残念でした。もう少し時間的余裕があれば、城下町を散策したかったのですが、また次回再訪の折の課題にしたいと思います。

 今回はこの後、山形、米沢方面へ行くため、往復の便宜上山形新幹線で行ったのですが、鶴岡へは新潟経由の日本海側を通るルートをとった方が若干早く到着できるように思いました。
 
                               つづく


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まとめtyaiました【又蔵の火】

 鶴岡公園(鶴ヶ岡城)の南西にある曹洞宗の古刹・総穏寺。(鶴岡市陽光町5-2) 文化8年(1811年)、この寺の境内で、とある仇討事件がおこりました。 放蕩者で一族の鼻つまみ者として座敷牢に入れられていた土屋万次郎という男が、血のつながらない甥の丑蔵に斬?...

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藤沢周平

今、佐高信さんの「司馬遼太郎と藤沢周平」という二人を比較した評論を読んでいます。
佐高さんは鶴岡のとなり酒田の出身なので、どうしても藤沢びいきで司馬をこきおろしています。
これに私も触発されて、もう少し藤沢の本を読んでみようと思い、この本のあとに何冊か読む本を予定しています。
今までは圧倒的に司馬の方を多く読んでいましたが、人情の機微とか人物への深みとかは藤沢の方があるのかなと今後の楽しみが増えました。

そうそう昨年の鶴岡へは上越新幹線で行き、そのまま北へ秋田~弘前とめぐりましたよ。

御話しの筋は十分理解出来ているのですが・・・何故仇を討ちに行くのか  理解が出来ません。

最初にやりあった両方共に、放蕩者同士のイザコザなのに

そして出来た(?)息子の「弟の虎松(又蔵)」まで死んでしまうなんて・・・なんと救いの無い御話し何でしょう。 一番可哀想なのは虎松ですね。

Re: 藤沢周平

 柴様

 こんにちは。コメントどうも有難うございます。

> 今、佐高信さんの「司馬遼太郎と藤沢周平」という二人を比較した評論を読んでいます。
> 佐高さんは鶴岡のとなり酒田の出身なので、どうしても藤沢びいきで司馬をこきおろしています。
> これに私も触発されて、もう少し藤沢の本を読んでみようと思い、この本のあとに何冊か読む本を予定しています。
> 今までは圧倒的に司馬の方を多く読んでいましたが、人情の機微とか人物への深みとかは藤沢の方があるのかなと今後の楽しみが増えました。
>
> そうそう昨年の鶴岡へは上越新幹線で行き、そのまま北へ秋田~弘前とめぐりましたよ。

 
 佐高さんの本、面白そうですね。ご指摘のように、司馬の小説はよく出来ていると思うのですが、どうしても英雄譚のような話が多いですね。一方、藤沢周平の小説は無名の人々の生き様を扱っていて、親近感がもてます。両者は対照的ですね。
 藤沢の作品は鶴岡を舞台にしたものが多いので、その舞台となった場所を訪ねて歩くのも楽しそうです。
 

 昨年現地へ行かれたとのことですが、やはり新潟経由で正解だと思います。次回は私もそちらの経路で行きたいと思っています。

Re: タイトルなし

酔いどれJohnny様

 こんにちは。コメントどうも有難うございます。

> 御話しの筋は十分理解出来ているのですが・・・何故仇を討ちに行くのか  理解が出来ません。
>
> 最初にやりあった両方共に、放蕩者同士のイザコザなのに
>
> そして出来た(?)息子の「弟の虎松(又蔵)」まで死んでしまうなんて・・・なんと救いの無い御話し何でしょう。 一番可哀想なのは虎松ですね。


 そうですね・・・帰宅してから、この本を読んだのですが、その心情が理解出来なかったというか、共感できなかったですね。
 
 封建時代と現代とでは価値観が違うということもありますが・・・。たとえ放蕩者の兄さんでも、弟は慕っていたのでしょうかねえ。

 全国的にも親族内での「相打ち」という稀な仇討ちなので、こうして逸話として伝えられているのかもしれないですね。
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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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