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毛利家の至宝~大名文化の精粋~(サントリー美術館)

 東京・六本木にあるサントリー美術館では、現在サントリー美術館・東京ミッドタウン5周年記念として
「毛利家の至宝~大名文化の精粋~」展が開催中です。(5月27日まで)
 毛利家の至宝

 【展示趣旨】
 東京・港区にある「東京ミッドタウン」建設地は、旧防衛庁跡地として知られますが、遡れば江戸時代当時、長州藩毛利家の下屋敷があった由緒ある土地でした。今回の展覧会は、山口県防府市にある公益財団法人 毛利報公会(毛利博物館)の特別協力を仰ぎ、毛利家ゆかりの宝物の中から、毛利家の基本史料である文書類や、肖像画、甲冑武具、調度類、華麗な能装束、茶道具を中心に、かつて毛利家に伝来した貴重な作品も併せて、絵画・工芸の名品を一堂に展示します。
とくに会期中は、室町時代の水墨画の巨匠・雪舟等楊が描いた国宝「四季山水図(山水長巻)」の全長を一挙公開し、存分にご鑑賞いただける貴重な機会となります。
 毛利元就(1497-1571)や毛利輝元(1553-1625)に代表される毛利家の歴史を辿りつつ、そのゆかりの美術作品を通して、江戸時代の大名がはぐくんだ文化の精粋をご堪能いただければ幸いです。



 このところ、毛利元就の三男・小早川隆景の史跡を辿ってきましたので、この展覧会の情報を聞き、まさに「渡りに船」といった感じで先週見に行ってきました。
 上記の展示趣旨にある通り、サントリー美術館のある「東京ミッドタウン」の土地は江戸時代、長州藩毛利家の下屋敷があったという所縁から、このたびの展覧会開催に至ったということです。
    東京ミッドタウン

 
 今回の展示では雪舟筆の国宝「四季山水図(山水長巻)」が展示の一番の目玉ということでしたが、私は10年前東京国立博物館で開催された「雪舟」展で一度見たことがあったので、それほど大きな感慨はありませんでした。しかし、東博で見た時はものすごい混雑で、芋を洗うような状態で見たので、今回は比較的ゆっくり観賞できたと思います。毛利博物館では長らく「門外不出」としてきたこの作品、水墨画の深遠な世界を間近で味わえるまたとない機会であることは確かです。

 今回の展示は開催地の「六本木」にちなんで、6つの章立てになっていました。
①戦国武将の雄 毛利元就から輝元まで
②「山水長巻」の世界 雪舟と水墨画
③受け継がれた美意識 毛利家の典籍と絵画
④暮らしにみる大名文化 婚礼調度と雛飾り
⑤能楽と茶の湯の世界 毛利家ゆかりの道具類
⑥毛利家と江戸麻布屋敷 近世から現代へ

 このうち、私が一番注目したのは、やはり①の毛利元就・輝元に関する部分でした(笑)

 展示室を入りまして真っ先に目に入ったのが、毛利元就所用の「色々威腹巻 兜・大袖・喉輪付」(重要文化財)、そしてその後方にある毛利元就の肖像画(重要文化財)でした。
 先日、三原で息子の小早川隆景の肖像画を見てきたばかりでしたので、今回父・元就の肖像画に接し、やはり親子だなあと(笑) 隆景は父・元就の資質を最もよく受け継いだといわれますが、両者の風貌は特に目元がよく似ておりました。

 それから、その並びには長男の隆元が描いたという自画像の下絵がありました。この隆元という人、父の威光が強かったせいか武将としてはイマイチの評価ではあるのですが、実は非常に絵を描くのが上手く、芸術的才能があった人です。(第三章のところで、隆元筆の絵が展示されています)

 それに続いて、有名な「三矢の訓」の逸話の元にもなった「三子教訓状」が展示してありました。
 これは、弘治3年(1557年)11月25日、反毛利氏の一揆を制圧するため、周防国富田に出陣した元就が、三人の息子・毛利隆元、吉川元春、小早川隆景に与えた自筆の書状です。
 実は、隆元、元春、隆景の三人の兄弟仲はあまりしっくりいっていなかったんですね。特に元春、隆景はそれぞれ養子先の事情もあり、どうしても実家のことは後回しといった風があったようです。
 その三者の関係を憂慮した元就が、毛利家存続のためには三家の結束が何よりも大事だということを繰り返し諭しているんですね。
 この書状からわかることは、元就は手紙をうまく使って、子供たちとのコミュニケーションを密に取っていたという事です。そして、それには多分に教育的内容も含まれていました。元就の神経の細やかさが窺い知れます。
 そして、長男隆元の早世後は、隆元の子・輝元へも元就は幾度となく書状を送り、訓戒を与えています。

 それから大分後の事になりますが、輝元はなかなか世継に恵まれず、40すぎてからやっと秀就をもうけます。しかし、秀就というのが輝元以上に凡庸な人物で夜更かししては遊びほうけていたため、執務にも支障が出るほどだったといいます。
そこで、輝元はわが子に宛てて、書状で藩主としての心構えを諭すのです。今回の展示で、晩年の輝元が日常的に使用していたという「眼鏡」が出品されていますが、おそらく秀就に宛てて文を認める際にも用いたことでしょう。
 父から子へ、子から孫へと受け継がれていった毛利家の教育の有り様がうかがえる話です。

 その他、豊臣秀吉が臨終の際、五大老に宛てて「秀より(秀頼)事たのみ申候」と書いた有名な遺言状の写しが展示されていました(重要文化財)。
 これは、徳川家をはじめ、前田家、上杉家(宇喜多家は改易されたので仕方ありませんが)にも伝わらなかった貴重なものです。(おそらく、この三家では内容が内容だけに、早い時期に廃棄してしまったものと思われる)
 それから、徳川家康が毛利輝元・秀就親子に宛てて認めた周防・長門二カ国の所領安堵を明記した、「関ヶ原」後の慶長5年10月10付起請文(重要文化財)は、他家には与えられなかった非常にレアなものなので是非注目していただきたいです。(関ヶ原合戦に勝利したものの、この段階では家康はまだ豊臣政権下の筆頭大老であったため、自分の立場を明瞭にする書類を一切発行しなかった微妙な時期でした)
 この起請文は、家康からの「お墨付」ということで毛利家としても大切に扱い、江戸時代中は江戸の屋敷だと火災で失われる懸念があるため、領地の萩城内にて厳重に保管されていたといいます。

 これらの文書は資料集などでは目にしていましたが、原本を見たのはこれが初めてでしたので、何度か往復してしっかり目に焼き付けてきました。

 それと残念ながら、というか当然のことながら、「両川」の吉川元春や小早川隆景に関するものはほとんどなかったのですが、父・元就と元春、隆景の短冊和歌が3軸並んであったので、親子の絆を感じたというか、これだけでも見ることができて幸いでした。

 この日はやや混雑していたということもあり、結局全部見終わるのにたっぷり2時間以上かかってしまいました。後半のほうは能関係や茶道関係など私にはあまり馴染みがなく私の浅薄な知識では語ることは出来ませんが、きらびやかな大名道具の美を是非堪能していただきたいものです。
 会期は5月27日(日)まで。なお、5月9日より後期展示替があります。

 その他見所
 ★古今和歌集巻第八〈高野切) 国宝
 ★史記(呂后本紀第九)   国宝
 ★菊造腰刀   国宝
 ★紅萌葱地山道菊桐文様片身替唐織(毛利輝元が豊臣秀吉から拝領) 重要文化財


 ※同展示の混雑状況ですが、私は2度見学しましたが、なるべく夕方を狙って行かれることをおススメします。(正午すぎから15時頃まで年配の主婦っぽい人が多く、そういう方々は夕方近くになると帰宅の途に着きます)

 
 ※次の記事はまた三原の話に戻ります。

 参考サイト サントリー美術館

 過去記事 南蛮美術の光と影(サントリー美術館)


   開館時間 10:00~18:00(金・土は20:00まで開館)
  
より大きな地図で サントリー美術館 を表示


 
 いつもご覧いただき、どうも有難うございます。
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テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

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初めましてmixiではオウガマンと名乗ってるものです。

自分も宗光寺自分も行きました。
ブログで知り合った歴女の方とお話しでき良かったです。
新高山城は12年くらい前に小学5年の時、登った時は草が生い茂りまともに登れる状態じゃなく、本丸の頂上までも登山道がまともになく崖みたいな所を登りました。

苦労した後のあの本丸からの景色は格別でした。

三原城のあのベンチもおそらく最近設置されたと思います。

ちなみに2年前に三原市役所に言ったんですがやっと設置してくれました(笑)
三原城は2014年までに濠周辺に夜間照明の設置に休憩所を作り、天守台や船入り櫓跡の発掘調査を17年に始め、19年に櫓の復元を目指すらしいです。

2017年は三原城築城450年祭を計画してるらしいです。

徐々に三原市も力を入れてるみたいですが、改善してほしい点はまだまだあります。

すみません長くなりました。

Re: コメント有難うございます

お好み焼きマンKEN様

 はじめまして。コメントどうも有難うございます。
 情報どうも有難うございました。おかげ様でとても貴重な肖像画を拝見することが出来ました。
 新高山城ですが、少し前までは荒れていたんですね。今回は地元の方々のお陰でかなり整備された中を登ることが出来、とても助かりました。


> 初めましてmixiではオウガマンと名乗ってるものです。
>
> 自分も宗光寺自分も行きました。
> ブログで知り合った歴女の方とお話しでき良かったです。
> 新高山城は12年くらい前に小学5年の時、登った時は草が生い茂りまともに登れる状態じゃなく、本丸の頂上までも登山道がまともになく崖みたいな所を登りました。
>
> 苦労した後のあの本丸からの景色は格別でした。

> 三原城のあのベンチもおそらく最近設置されたと思います。
>
> ちなみに2年前に三原市役所に言ったんですがやっと設置してくれました(笑)
> 三原城は2014年までに濠周辺に夜間照明の設置に休憩所を作り、天守台や船入り櫓跡の発掘調査を17年に始め、19年に櫓の復元を目指すらしいです。
>
> 2017年は三原城築城450年祭を計画してるらしいです。
>
> 徐々に三原市も力を入れてるみたいですが、改善してほしい点はまだまだあります。
>
> すみません長くなりました。



 そうでしたか。ベンチ設置は市役所にまでかけあって下さったのですね。ご配慮感謝します。

 今回三原へは初めて参りましたが、変に観光地化されていなくて落ち着いて巡ることが出来ましたが、一方で飲食店などの情報が少なくて困りました。
 また機会があれば是非再訪したいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
 

また、来られる時は言って下さい。

オススメの店をいくつかお教えします!

Re: コメント有難うございます

お好み焼きマンKEN様

> また、来られる時は言って下さい。
>
> オススメの店をいくつかお教えします!

 おはようございます。コメントどうも有難うございます。
 再訪する際はぜひご相談させていただきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。
 
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