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よみがえる「小早川隆景」像

 今回の広島県三原の旅の一番の目的は、実は小早川隆景の肖像画が特別公開されるというのではるばる遠方からやってきました。

 泰雲山宗光寺 (曹洞宗)
 この寺はかつて「匡真寺」(臨済宗)といって、隆景が父・毛利元就、母・妙玖夫人の供養のために新高山城内に建立した寺でした。後に新高山から三原城下の現在地へ引っ越しました。
 
関連記事 新高山城(二)
       新高山城(三)

 関ヶ原合戦後、新たに安芸・備後を領することになった福島正則によって曹洞宗に宗旨替えさせられ、現在に至ります。
 なお、山門は新高山城の大手門を移築したものと伝わります。(国指定重要文化財)
 宗光寺1
 宗光寺2

 
 実はこの寺には小早川隆景の紙本著色の肖像画が眠っており、約10年前に寺で発見されました。2009年に三原市教育委員会が調査したところ、傷みが激しく上半分はほぼ失われ、かろうじて隆景の顔と胴体の部分の絵だけが残っている状態でした。
 昨年4月より1年かけて京都の業者のもとで修復作業が行われ、今回の特別公開という運びになりました。
 拝観には事前申し込みが必要でしたが、約170人ほどの応募者があったということです。
 
  宗光寺4

  特別公開にあたり、修復作業にあたった京都・墨仙堂さんによる修復作業の経緯説明と、広島大学大学院の本多博之氏による解説が行われました。
  宗光寺3

 
 肖像画そのものは文化財のため撮影不可だったので、現物をご紹介できないのが残念です。しかし、専門業者さんの手により、現状を損なわない形で隆景の肖像画が蘇り、最新技術の見事さにはつくづく感心させられました。
 現物写真が中国新聞のサイトに出ていましたので、詳しくはそちらをご覧ください。(リンク切れご容赦)

 小早川隆景画像を特別公開へ(2012年3月10日付中国新聞)
  
 特別公開での説明にもありましたが、宗光寺の隆景像は、隆景の墓がある米山寺(※過去記事 「小早川隆景の墓」参照)が所蔵する「絹本著色 小早川隆景画像」(国指定重要文化財)とかなり酷似しているということで、同じ下絵を元に作成されたか、あるいは一方を模写したものではないか、と考えられるといいます。

 いずれも隆景の晩年を描いた寿像で、聡明で落ち着きのある風貌が見てとれました。それと、目元が父・毛利元就によく似ているように私には思われました。
 周知の通り、小早川家は隆景の跡を継いだ養子の秀秋の代で断絶してしまい、宗光寺にあった隆景像も日の目を見ることなく、400年もの間忘れさられており、現代に隆景像が鮮やかに蘇ったことは隆景ファンとしてはとても嬉しく有難いことでした。

 今回貴重な文化財を間近で拝見させていただくことが出来、遠路やって来た甲斐がありました。

                福島正之の墓/浅野忠長の墓/宗光寺七重塔 へつづく


 参考サイト 宗光寺蔵 小早川隆景画像を市重要文化財に指定しました(三原市教育委員会)


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イメージが・・・

小早川隆景・・・理知的な人だったというイメージはありますが、いまひとつ全体のキャラがつかめていません。
黒田如水や安国寺恵瓊と波長が合ったらしいですから、それから推測しています。
現実的な黒田よりもうちょっと懐が深く、生まれながらの殿様だから安国寺より上品かな。
知的レベルは同じくらいでしょうか。

それと「三原駅」よく通過しますが、城の真ん中を山陽線が貫いているのですね。
山陽線は明石とか福山とか城めぐりに便利な駅が多いですが、「日露戦争」が影響していたのを今回実感しましたね。

Re: イメージが・・・

 柴様

 こんばんは。コメントどうも有難うございます。

> 小早川隆景・・・理知的な人だったというイメージはありますが、いまひとつ全体のキャラがつかめていません。
> 黒田如水や安国寺恵瓊と波長が合ったらしいですから、それから推測しています。
> 現実的な黒田よりもうちょっと懐が深く、生まれながらの殿様だから安国寺より上品かな。
> 知的レベルは同じくらいでしょうか。

 そうですね。。。やはり家が絶えてしまったということもあり、隆景の人となりについて詳細を書いたものが少ないからでしょうね。近代以降も伝記などもないようですし。
 黒田如水とは親しかったようですが、その一方で「彼は油断ならない人物だから、うかうか土地を貸してはならない」などと警戒もしています。


> それと「三原駅」よく通過しますが、城の真ん中を山陽線が貫いているのですね。
> 山陽線は明石とか福山とか城めぐりに便利な駅が多いですが、「日露戦争」が影響していたのを今回実感しましたね。

 天守台を壊して鉄道敷設は現代の価値観から見れば残念ですね。しかし、当時は物資輸送のために山陽本線の鉄道敷設が急がれたのでしょうね。「富国強兵」の時代を感じます。
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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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