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興光寺(官修墓地)

 つづき

 壬生城の西側300m、「蘭学通り」沿いに深度山興光寺(浄土宗)があります。(壬生町通町7-13)
 興光寺1

 もともと壬生城下には浄土宗の寺がなかったそうですが、三代将軍・徳川家光が死去し、遺骸を日光東照宮大猷院廟へ葬送するというので、徳川家の宗旨が浄土宗であることからわざわざ隣村の福和田から移転してきて、ここで家光の仮通夜が行われたといいます。
 ということで、山門の上部には葵紋が見られます。
 興光寺2


 寺の本堂の右手に広がる墓地内に、戊辰戦争で戦死した新政府軍の兵士を葬った官修墓地があります。
 慶應4年(1868年)4月、大鳥圭介率いる旧幕軍は壬生城を経て宇都宮入りを計画しましたが、藩論が勤王に傾いた壬生藩はこれを拒絶したため、やむなく壬生を避けて間道から合戦場宿へ迂回し、鹿沼から宇都宮城の占領に成功します。
 ちょうどその頃、新政府軍は壬生へ入っており、4月21日、姿川から壬生城北方の安塚宿の間で両者の激しい戦闘が行われました。当初旧幕軍が優勢だったものの、壬生城で苦戦の急報を得た河田左久馬は味方を大いに励まして陣頭指揮を執り、予備隊の砲撃も手伝って戦況は一変。旧幕軍は後退し、近隣の民家に火を放ち、西川田へと退却していきました。
 これを「安塚の戦い」といい、旧幕軍6,70名、新政府軍17名の死者を出しました。

 さて官修墓地ですが、墓石の一部が根こそぎ倒れていたりして少々荒れ果てていました。。。(´д`)
 壬生藩士1名、吹上藩士2名、因州藩士1名、土佐藩士7名、松本藩士2名、山国隊3名が祀られています。享年を見ると、10代、20代の若者が多く犠牲になっています。
 興光寺5

 墓石に「土佐」「土州」などの文字が見えます。国吉栄之進、武市権兵衛、半田擢吉の墓。このうち国吉は戦闘中重傷を負い、もはやこれまでと自刃したため、首級は興光寺へ送られ、胴体は安塚南端の地へ埋葬されました。
 興光寺3

 因州鳥取藩に帰属していた草莽の士・山国隊3名の墓。右側の新井兼吉は戦闘中行方不明となり、後に戦死と認定されましたが、昭和45年(1970年)になって山国護国神社によって墓が建てられました。
 昨年、鳥取市歴史博物館で「因州兵の戊辰戦争」という展示を見たので、何かの縁を感じました。
 興光寺4


 松本藩・尾花忠兵衛の墓は根こそぎ地面に倒れていました。昨年の大震災の影響でしょうか?
 興光寺7

 誰の墓がよくわかりませんでしたが、「慶應四」「四月」などの文字が刻まれていました。
 興光寺6


 戊辰戦争からかれこれ150年以上の月日が経過しているので墓石の磨耗などはやむをえないとは思いますが、それにしても墓石が地面に倒れてそのままであったり少々荒れており痛々しさを感じました。史跡指定を受けていないんでしょうか?
 できましたら、もう少し整備していただけます様お願い申し上げます。
 その他、同寺には「太田胃酸」の創業者の墓があるようでしたが、案内板などもなく、場所がわかりませんでした。

 壬生町にはこの他にも色々と史跡があるようでしたが、車で来ないと無理な場所にあるようでしたので、以上で今回の壬生町の史跡巡りは終了です。


  関連記事 因州兵の戊辰戦争(鳥取市歴史博物館)

 

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まとめteみた【もののふ紀行】

 つづき 壬生城の西側300m、「蘭学通り」沿いに深度山興光寺(浄土宗)があります。(壬生町通町7-13)  もともと壬生城下には浄土宗の寺がなかったそうですが、三代将軍・徳川家光が死去し、遺骸を日光東照宮大猷院廟へ葬送するというので、徳川家の宗旨が浄土?...

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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
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大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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