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水野廣徳(反戦軍人・ジャーナリスト)の墓

 水野廣徳(1875~1945年) 海軍元軍人 ジャーナリスト
 水野廣徳


 水野廣徳は秋山好古・真之兄弟の遠縁にあたる人物で、明治8年(1875年)に松山に生まれました。
 幼くして両親と死別し、苦学して江田島の海軍兵学校に入学し、海軍軍人になります。明治38年の日本海海戦では水雷艇長として従軍しています。水野はなかなか筆の立つ人物であったようで、後にこの時の体験をもとに書いたルポタージュ『此一戦』(明治44年 博文館)はベストセラーになりました。
 大正5年より二度にわたり、『此一戦』の印税収入などをもとに第一次世界大戦前後のヨーロッパに私費で視察に赴きます。この時、フランスやドイツの戦場を廻り、特に敗戦国となったドイツの悲惨な状況を目の当たりにし、次第に彼の心の中で戦争への疑問が芽生え、やがて非戦への思いを強くしていきます。
 大正10年(1921年)に『東京日日新聞』に連載していた『軍人心理』の中で、軍人にも参政権を与えよと書いた内容が海軍刑法に触れたたため謹慎処分を受け、それを契機に最終階級・海軍大佐をもって退役し、評論家へと転身します。
 
 この後、水野は評論誌等で精力的に軍縮論や軍部批判を展開していきますが、その思想を当局から危険視され、明治7年(1932年)以降は筆を折らざるをえない状況へ追い込まれます。執筆した論文が発禁処分となったり、憲兵隊より取り調べを受けるなどの言論弾圧を受けます。
 水野は失意の中、同郷の秋山真之、秋山好古の伝記の編纂に参加します。水野が監修したという伝記『秋山真之』(昭和8年 秋山真之会)・『秋山好古』(昭和11年 秋山好古大将伝記刊行会)は、司馬遼太郎が小説「坂の上の雲」を執筆の際に参考文献にしたと思われます。
 やがて日本は戦争に突入しますが、昭和18年水野は病気療養のため郷里である愛媛県の伊予大島へ疎開しています。

 昭和7年に刊行した日米戦のシュミレーション記『打開か破滅か・興亡の此一戦』の中で、水野は東京が空襲を受ける模様を描いていましたが、果たして現実に彼の予言通りとなり、昭和20年3月の東京大空襲で水野の自宅も焼失。同年8月に日本は終戦を迎えます。
 終戦から約二ヶ月後の昭和20年10月、水野は今治市内の病院で腸閉塞によりひっそりとその生涯を終えました。
 なお、終戦間近に一人息子の光徳がフィリピンで召集されていましたが戦死。息子の死を知らぬまま水野はさびしくこの世を去ったという話は涙なくしては語れません。
 軍人でありながら、後に思想転換し、以後一貫して軍縮・非戦を提起していったという稀有な人物だと思います。


 水野の墓は松山市柳井町3丁目の蓮福寺にあります。(2007年7月撮影)
 水野廣徳の墓1

 墓の後ろには水野の年賦が刻まれた碑が建っています。
   水野廣徳の墓2

 
 参考サイト 水野広徳ミュージアム (郷里松山で有志によって顕彰されています)
 
 
 
 
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NoTitle

正岡子規さんの元菩提寺の先に有る御寺ですね。

昨年小生も行きました 手の込んだ造りにビックリしました。

Re: NoTitle

酔いどれJohnny様

 こんばんは。コメントどうも有難うございます。

> 正岡子規さんの元菩提寺の先に有る御寺ですね。
>
> 昨年小生も行きました 手の込んだ造りにビックリしました。

 やはりいらっしゃいましたか。正岡家の元菩提寺と同じ通り沿いにありましたね。松山では顕彰されているようです。

 お寺の建物が近代的?なお堂だったように記憶しております。撮影したのが4年半くらい前ですので、けっこう年月が経ってしまいました。。。
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