スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三木露風と童謡「赤とんぼ」

 つづき

 龍野藩主・脇坂家の屋敷であった「聚遠亭」から、「文学の小径」と呼ばれるなだらかな坂道を下っていくと、昨日も少しご紹介した童謡「赤とんぼ」の作者・三木露風(1889~1964年)の銅像があります。

   三木露風銅像

 三木露風(本名・操)は兵庫県揖西郡龍野町(現・たつの市)に父・三木節次郎、母・かたの長男として生まれました。父方の家は龍野藩の重臣であり、母は鳥取藩池田家の家老の娘でした。
 露風5歳の時に父親の放蕩が原因で母親が生まれてまもない弟だけを連れて実家へ戻ってしまいます。その後、両親は離婚したため、露風は祖父の元で養育されました。
 幼くして生き別れた母親への思いは終生彼の心から消えることはなかったようです。

 街中を歩いていたところ、三木露風が育ったという祖父の家の跡地を見つけました。
    三木露風旧宅

 銅像の少し先に、「赤とんぼ」の歌碑がありました。この前に立つとセンサーが反応して、「赤とんぼ」のメロディーが流れます。
  「赤とんぼ」歌碑1



 幼い頃から詩作に励み、若年の折から詩集を発表するなど、長じて北原白秋と並び「白露時代」と呼ばれ一世を風靡した露風でしたが、童謡「赤とんぼ」は大正10年(1921年)、露風が北海道・函館郊外(現・北斗市)にあるトラピスト修道院に文学講師として赴任していた折に故郷・龍野を想い、詠んだ詩だということです。(作曲は山田耕筰)
 

 それでは、ここで童謡「赤とんぼ」を聴いていただき、しばし郷愁に浸ってみることにいたしましょう。歌は安田祥子・由紀さおり姉妹です。(リンク切れご容赦ください)
   


 露風はその後、故郷龍野に戻ることはなく東京都三鷹市に暮らし、昭和39年(1964年)交通事故に遭い、76年の生涯を終えました。

 歌碑のすぐ側では、鮮やかに色づいた紅葉が見事でした。

   「赤とんぼ」歌碑2

   赤とんぼ歌碑3


 古きよき時代の日本の歌を、これからも大切に伝えていきたいものです。
   「赤とんぼ」歌碑付近



                       つづく


    りらっくま
 いつも覗いてくださって、どうも有難うです♪
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
 人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ 
関連記事

テーマ : 紅葉
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

ブログランキング
「もののふの心」および歴史的遺産を後世に伝えましょう♪
うさぎ
  ↓ ↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
ご注意 ごくたまに、「城」「史跡」「お墓」等の話題が、ドラマ関連やその他のカテゴリとして登録されている場合があります。
月別アーカイブ
最新コメント
FC2カウンター
おきてがみ
お気軽にどうぞ(お返事が遅くなる場合があります)
プロフィール

A☆六文銭

Author:A☆六文銭
ブログテーマ
日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

★当ブログ内の文章、写真等はすべて無断転載禁止です。宜しくお願いします。
★当方と連絡を取りたい方は、下部メールフォームからお願いします。(ご感想はなるべくコメント欄のほうにお願いします)
※Twitter、Facebookはやってません。

最新記事
おすすめ書籍
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。