スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

柳沢吉保と甲府城(山梨県立博物館)

 山梨県笛吹市にある山梨県立博物館では、現在
企画展「柳沢吉保と甲府城」を開催中です。(今月28日まで)

 参考サイト 山梨県立博物館
 
  山梨県立博物館
    柳沢吉保と甲府城

 【展示趣旨】
  将軍徳川綱吉の絶大な信頼を得て、江戸幕府の大老格にまで出世し、元禄の世を動かした柳沢吉保。甲斐源氏の末裔として生まれた吉保は、やがて先祖の地である甲斐国を拝領して「甲斐国主」と称するとともに、甲府城とその城下町を整備し、「是ぞ甲府の花盛り」という評判が立つほどの繁栄をもたらしました。
  本展では、柳沢家ゆかりの山梨や奈良 大和郡山に遺された、新発見・初公開を含む数々の名品を通して、吉保の足跡や甲府城の変遷、さらに柳沢家に受け継がれた文化や伝統、信仰の様子を紹介します。


 山梨県立博物館は過去に数回足を運んだことがありますが、甲斐国ということもあって、その大半が武田信玄関係がテーマでした。
 ですから、ネタ的に出尽くした感がなきにしもあらず(失礼)と思っていたところ、予想に反して?大型企画が来ました(笑)。
 
 柳沢吉保といえば五代将軍・徳川綱吉に気に入られたことで軽輩の身から側用人を経て、大老格まで大出世した人物として有名です。
 そして、時代劇等では元禄赤穂事件(いわゆる忠臣蔵)では、必ず事件の黒幕として登場します。事件の裏で糸を引く人物という扱われ方ですね。
 私自身、吉保に関しては「謎の人物」というか、ミステリアスな存在という印象が強かったわけですが。。。

 今回の展示では、吉保の実像について多くの史料を検討することで迫ろうとする内容となっています。
 先述した赤穂事件についても、史料上からは吉保がどれだけ関知していたのかよくわからないということです。

 彼が仕えた将軍・綱吉はかなり気難しい人であることが知られていますが、その綱吉に気に入られたぐらいですから、吉保はかなりソツのない、細やかな人物だったことがわかります。
 たとえば、吉保が嫡男の吉里に与えた訓戒状というのが残っていますが、天下の悪法ともいわれる「生類哀れみの令」の影響のせいか、「犬が吠える」という言い方はせず、「犬が鳴く」と言いなさい、というように、一言一句実に細かく教え諭しているのです。

 その他、タイトルが示す通り、甲府城関連の史料もありました。当初、甲府城は徳川一門が領していましたが、宝永元年(1704年)、将軍綱吉より甲斐・駿河15万石余を与えられます。
 この後、20年にわたり、吉保・吉里父子が治めることになり、甲府城もこの時改修・整備されますが、吉保は幕閣としての仕事が忙しく、ついに甲府城には入城せずに終わってしまったそうです。

 せっかく甲府城を与えられたのに、一度も入封することなく生涯を終えた吉保ですが、実は吉保自身、先祖が甲斐武田氏の一門であり、かつては武田家の旧臣であったことから、先祖縁の地に領地を与えられたことを生涯身の誉れと感じていたのでした。
 そんな彼ですから、武田信玄や勝頼に関する書状や、武田家ゆかりの刀をわざわざ他所に頼んで譲り受けたりして、リスペクトしていたようです。
 また、以前にも書きましたが、自分の墓を甲斐国内に築かせたのもそういう心の現われだと思われます。(吉保は死後、「永慶寺」という彼専用の菩提寺に葬られたが、柳沢家が大和郡山へ転封される際、「恵林寺」へ改葬された)
 
 関連記事 柳沢吉保の墓

 なお、吉保の死後、息子の吉里の時代に柳沢家は大和郡山(奈良県)に転封されますので、今回の展示では大和郡山から借りてきた史料が目立ちました。
 他にも色々貴重な品々が出展されていましたが、これ以上記すとつまらなくなるので、会期終了まで間近ではありますが、ご関心を持たれた方はぜひご覧になってみてください。
 全体的な感想としては、一見してわかりやすい展示であり、ていねいな調査がなされていて感心しました。

 ところで、同博物館の庭では少しずつ紅葉が始まっていました。これを撮影したのが先週ですから、今頃はもう少し色づきが進んでいるだろうと思われます。
 今年の秋は気温が高めなせいか、各地で紅葉の進み具合が遅いようですね。

  これはヤマボウシ?だったかな。。。
    山梨県立博物館・紅葉2

  こちらはモミジです。
  山梨県立博物館・紅葉1

 
 山梨県立博物館
  
より大きな地図で 山梨県立博物館 を表示


 
 ****************************

 博物館の帰り道、暮れ方になり冷え込んできたので、「甲州ほうとう 小作」石和駅前通り店へ寄りました。
  甲州ほうとう 小作
 
 ここのお店はチェーン店ですから、山梨県内のあちらこちらでよく見かけます。
 私は「豚肉ほうとう」(1300円)を注文しました。
 しばらくして、具沢山でアツアツの「ほうとう」が運ばれてきました。
  豚肉ほうとう
 久しぶりに美味しくいただきましたが、「ほうとう」ってボリュームがありすぎますね。完食しましたが、食後少々お腹が苦しくなりました。。。。(汗)年齢のせい?もあって、段々量が食べられなくなってきました。



 ★よろしければこちらをクリックお願いします いつも有難うございます★
   人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ 
関連記事

テーマ : 紅葉
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

NoTitle

柳沢吉保と言えば、本当に『悪役』として表現されていますね。 小生も正直、当たらずとも遠からずかな? などと思っていました。

Re: NoTitle

 酔いどれJohnny様

 こんばんは。コメントどうも有難うございます。

> 柳沢吉保と言えば、本当に『悪役』として表現されていますね。 小生も正直、当たらずとも遠からずかな? などと思っていました。

 そうですね。大河ドラマ等、いつも必ず「悪役」として登場してきますね。ただ、それ自体あまり根拠がない話だということが今回の展示でよくわかりました。
 綱吉のもとでは八面六臂の活躍だった彼も、晩年は新井白石等に排除されて、隠居させられてしまってます。時代の趨勢ですね。。。
 ちなみに、息子さん以下の子孫の墓は牛込の月桂寺にあるそうです。(^^;)

こんばんは。

吉保は我が埼玉の川越藩主だったこともありますね。

聞いた話ですが、大石内蔵助や赤穂浪士をヒーローとして描こうとすると、どうしても綱吉や吉保が悪者になってしまうんだと…

余談ですが、吉保のお祖父さんの墓がウチの近所にありますよ。

凸ぽち

Re: こんばんは。

四十路様
 こんばんは。コメントどうも有難うございます。

> 吉保は我が埼玉の川越藩主だったこともありますね。
>
> 聞いた話ですが、大石内蔵助や赤穂浪士をヒーローとして描こうとすると、どうしても綱吉や吉保が悪者になってしまうんだと…
>
> 余談ですが、吉保のお祖父さんの墓がウチの近所にありますよ。
>
> 凸ぽち

 川越は老中クラスの大名が入りますね。江戸に近いという理由だと思いますが。
 
 ドラマはどうしても勧善懲悪というか、善玉悪玉で色分けしないとわかりにくいところありますよね~。
 吉保のおじいさんの代で徳川家に臣従したらしいので、きっとその方のお墓ですね。。。(今度行ってみよう)

 ポチもどうも有難うございます。<(__)>

ブログランキング
「もののふの心」および歴史的遺産を後世に伝えましょう♪
うさぎ
  ↓ ↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
ご注意 ごくたまに、「城」「史跡」「お墓」等の話題が、ドラマ関連やその他のカテゴリとして登録されている場合があります。
月別アーカイブ
最新コメント
FC2カウンター
おきてがみ
お気軽にどうぞ(お返事が遅くなる場合があります)
プロフィール

A☆六文銭

Author:A☆六文銭
ブログテーマ
日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

★当ブログ内の文章、写真等はすべて無断転載禁止です。宜しくお願いします。
★当方と連絡を取りたい方は、下部メールフォームからお願いします。(ご感想はなるべくコメント欄のほうにお願いします)
※Twitter、Facebookはやってません。

最新記事
おすすめ書籍
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。