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「歴女」たちの怪気炎にタジタジ(TV出演その2) 附小早川秀秋の墓

 つづき
 TV出演への勧誘があった「○○」という番組ですが、ある趣味に精通している一般視聴者たちがその趣味についてトークするという趣向だったので、私としてはここ数年やっていた「お城めぐり」あるいは長くやっている「墓めぐり」のどちらかがテーマだったら話もしやすかったのですが、先方から提示されたテーマには少々困惑気味であったことはたしかです。
聞くところによると、この番組は各回、制作会社3社による持ちまわりで制作しているという話でした。


 さて8月下旬のある日、東京渋谷にあるNHK放送センターへ向いました。せっかくのTV初出演だというのに、あいにく4日前くらいに夏風邪をひいてしまい、体調は最悪。
 午前10時半すぎ、私が控え室入りしたときには、すでに大半の出演者がすでに来ていました。しかも、談笑している!?
 私は知らない人たちと打ち解けるのが苦手なほうなので、困ったことになったと思いました。後で聞いた話だと、出演者の半数ぐらいの人たちは各地で開催されている武将イベントに参加している常連さんみたいで、それでお互い顔見知りだったみたいです。
 一番遠い方で福岡から飛行機でお見えになっていた方がいて、それにもびっくりさせられました。

 控え室では出演にあたり注意事項の説明やお弁当の支給がありました。それから、変な話、トイレに行くにもアシスタントの人たちの案内がつくんですよね。。。おそらく、セキュリティ上、素人出演者たちに勝手な場所に立ち入ってもらっては困るということなのでしょうが。


 12時45分くらいに30名そろってスタジオへ向う。スタジオの様子はこんな感じです。
     熱中スタジアム(戦国ディープ女子道) 2



 座席には椅子が並べられ、予め座る位置も決められてました。
 私は中央の列に座るよう言われたんですが、前がタレントさん、隣が二十歳くらいの女の子!自分より十数歳若いコに囲まれてしまって、思わず年の差を感じてしまいました。。。(´д`;)
     熱中スタジアム(戦国ディープ女子道)


午後1時すぎから前編の収録がスタートしたんですが、事前に内容は決まってました。4人の方が8月上旬に実際に関ヶ原へロケへ行かれ、その模様を見ながらのトークでした。
 関ヶ原では地元の方の協力のもと、戦跡を辿ったり、のろしを上げてみたり色々と実験をやっていましたが、面白い趣向だったと思います。
 しかし、ひとたびトークが始まると居並ぶ歴女たちが怪気炎を上げているんですよ。。。皆さん口が達者で、しかもユーモアのセンスもあり、マシンガントークの連続。これにはすっかりコチラの出る幕なし、でしたね(笑)


    **************************************

 番組中でも登場しましたが、関ヶ原の戦いのキーパーソンとなったのがよく知られているように「金吾中納言」こと
小早川秀秋(1582~1602年)
ですね。
       小早川秀秋像

 
 この人の裏切りによって、西軍は総崩れとなり、あっけなく勝敗が決まってしまったのです。
 秀秋の場合、付家老二人が事前に徳川方に内通していたので、秀秋の裏切りというのは規定路線だったといわれています。
 しかし、私の個人的な意見ですと、いくら軟弱な秀秋でも逡巡する思いはあっただろうと思うんですね。秀秋が東軍西軍どちらに味方するかためらっている間に、家康側からの「問い鉄砲」があった。これにビビって、秀秋は裏切りを決めるんですが。
 西軍側ももう少し小早川へ対してす早いアクションをおこしていれば、ひょっとすると。。。という可能性もなきにしもあらずだったかもしれません。(可能性としては低いですが)

 ただ番組内の検証実験だと、家康の陣地からの鉄砲の音は聞こえなかったという結果だったのにはちょっと意外でした。
 収録時、あえて指摘はしませんでしたが、400年の間に現地は木々が生い茂ってしまって、当時と周りの環境が異なっているという面はあっただろうと思います。

 で、収録中は百戦錬磨の「歴女」たちにすっかりおじけづいてしまった私ですが、居並ぶ彼女たちを前に唯一切れる切り札といったらコレだっ!(`д´)つ
(※番組では取り上げられていません)

 小早川秀秋の墓 (岡山市番町2丁目 瑞雲寺)
    小早川秀秋の墓
 (2009年1月撮影)

 一昨年、岡山にある秀秋の墓へ行ってきたのですが、あいにくこの日は大雨でした。
 彼の墓はこの本堂内にあるということで、拝観させてもらおうと軽い気持ちでインターホンを押したのですが、出てきた女性に中はお見せできない、と断られてしまいました。
 仕方がないので外側からの撮影です。

 関ヶ原後、論功行賞で岡山55万石を与えられるも、気が狂って若死にした秀秋ですが、関ヶ原で裏切ったときは一体どんな心境だったんでしょうかねえ。もちろん今となっては知るよしもありませんが。
 墓を目の前にして、いろいろ思いを巡らしたことでした。
                                       つづく


 アンケートをご用意してみました。まだ未投票の方はぜひ。。。(現在のところ、「東軍派」がやや優勢です!?)
        
                    


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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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NoTitle

そうですか出演なさっていたのですね。
歴史に興味を持つこと良いことですね。
日本中歴女・歴おとこで盛り上がれ~^」^

Re: NoTitle

伊予様
 こんばんは。コメント有難うございます。

> そうですか出演なさっていたのですね。
> 歴史に興味を持つこと良いことですね。
> 日本中歴女・歴おとこで盛り上がれ~^」^

 ええ。。。お恥かしながら。。。でも、若い子たちにすっかり当てられっぱなしでした。
 ここ数年、歴史ブームですが果たしていつまで続くのやら。。。

次はテレビですか

ラジオの次はテレビにご出演ですか。活躍してますね~。
もう放送は終わったのでしょうか?

私もA☆六文銭さんに触発されて、「城めぐり」の楽しみが分かってきような気がします。
過去に行ったところもあるのですが、近いうちに「現存12天守」を今の眼で確認したいと計画しています。
先ずは今週末に先日行き損ねた犬山城と彦根城を訪ねます。

100名城以外のお城についてもぜひお伝え下さい。

Re: 次はテレビですか

> ラジオの次はテレビにご出演ですか。活躍してますね~。
> もう放送は終わったのでしょうか?


柴様 こんにちは。コメント有難うございます。放送は先週までに終わってしまいました。

秋が来て涼しくなり、お城巡りしやすい時季になりました。どうぞお城の旅楽しんできてくださいませ。
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プロフィール

A☆六文銭

Author:A☆六文銭
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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