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激動を生きぬく―信濃武士市河氏の400年

 長野県千曲市にある長野県立歴史館では、企画展「激動を生きぬく―信濃武士市河氏の400年」を開催中です。(9月4日 日曜まで)
 長野県立歴史館a
 激動を生き抜く

 参考サイト 長野県立歴史館ホームページ

 【展示趣旨】
 市河文書147巻全巻複製完成にあわせ、市河文書に記されている内容から、市河氏が鎌倉~戦国時代という動乱の歴史をいかに生き延びたのかを紹介します。
 北信地方の一豪族に過ぎない市河氏は、鎌倉時代に婚姻関係を利用して中野氏の所領を取り込み、所領拡大をはかります。そして南北朝時代には中先代の乱、足利尊氏と弟直義の内紛(観応の擾乱)にも巻き込まれ、室町時代には信濃国守護小笠原氏に味方し大塔合戦を戦い、戦国時代には武田氏につき、のちには上杉氏の家臣になるなど、市河氏が激動の時代に大勢力とどのような関係を結び、どのような生き残り策をとったのかを探り、必死に生き延びようとした地方武士の姿を再現します。
 また、武田晴信の新出文書などにより、甲越合戦における市河氏の役割と山本勘助との関係についても紹介します。


 今年の6月に、同館にて開催された企画展「武士の家宝~かたりつがれた御家の由緒~」を拝見しました。「武士の家宝」展では信州佐久地方の小豪族・依田氏について取り上げましたが、今度は北信地方の小豪族である市河氏についての展示です。

 市河氏というのはかなり古い時代から続く小豪族の家なのですが、そのルーツは甲斐の身延にあり、その後信州の北信地方に勢力を張るようになったそうです。鎌倉時代は御家人として出仕し、末期になると執権・北条氏を見限って足利尊氏に従うようになります。
 室町時代を経て、戦国時代に入ると甲斐の武田信玄に従い、武田家滅亡後は上杉景勝に臣従します。その後、主家である上杉氏が関ヶ原合戦後に出羽国米沢に移封になるのに従い、長らくいた信州を離れて米沢に移ります。
 江戸時代は上杉家家臣として暮らしますが、明治維新後は屯田兵として北海道へ移住しました。
 米沢を離れるにあたって、市河家では事情があって、自分の家にあった古文書等の一部を手放してしまい、その史料が個人の手を経て、山形の本間美術館が買い取ったとのことです。これを「市河文書」といいます。この「市河文書」は、中世前期の良質な史料が多く含まれていて、長野県立歴史館では長らく、本間美術館の協力のもとで「市河文書」の複製を作っていたのですが、それがこのたび全16巻完成を見たことを記念しての企画展だということです。

 参考サイト 財団法人本間美術館ホームページ

 ですから、展示の大半は出来上がったばかりの「市河文書」の複製が中心です。主に南北朝時代の文書が多く、市河氏が混乱の時代にあって、日々戦いにあけくれていた様子がわかります。特に、新田義貞の花押が入った文書というのは非常に珍しいということでした。(後に市河氏は越前敦賀の金ヶ崎城に新田氏を攻め討ちます)

 今回の展示でもう一つの目玉は、NHK大河ドラマ「風林火山」でもおなじみになった武田信玄の軍師・山本勘助の名前が市河氏の文書の中に出てきたことで、勘助が実在の人物であることが判明したというものです。文書の中では、「山本菅助」と出てきます。
 この文書は、昭和44年(1969年)、NHK大河ドラマ「天と地と」を放映中に、当時北海道釧路市に在住の市河氏のご子孫宅で発見されて広く世に知られるようになりました。
 この文書も、後に子孫の方が手放してしまい、譲られた北海道在住の個人の方が長らく保管していましたが、2009年に山梨県教育委員会が購入しました。この山梨県教育委員会所蔵の史料については「市河家文書」と呼び、本間美術館所蔵の物とは区別しています。
 こうして、400年の歳月を得て、市河氏の関連史料がかつて市河氏の先祖が根を張った信州の地へ「里帰り」したとも言えます。

 余談になりますが 私は前回のエントリーにて、北海道の厚岸へ屯田兵として移住した米沢藩の家臣について書きました(⇒過去記事「北海道開拓と旧士族の明治」を参照)が、実は市河さんも、本庄繁長や柿崎景家の子孫と共に、厚岸へ移住していたのです。市河氏のご子孫が北海道で屯田兵になっていたことは前々から知っていましたが、先日旅した厚岸におられたことは今回初めて知りました。
 手前味噌になりますが、こういった細かい歴史の出来事が、偶然どこかで関連していたりして、日々新たな発見があります。
 北海道旅行を綴る中で、今日突然長野県の展示の話が出てきて、「アレッ?」と思われた向きもあるかもしれませんが、このような経緯があってのことでした。(話があちこちに飛び、わかりづらくなってスミマセン!)

 今回の展示では、中世の歴史を知る上で歴史的価値の高い史料であると同時に、市河氏という一豪族が辿ってきた長い長い家の歴史・・・それも決して平坦な道のりではなく、苦難の時期もあった・・・そういう二つの側面から大変興味深い展示でした。
 市河氏の史料については、山梨県ではなく長野県で購入しても良かったかもしれませんが、昨今自治体の予算も厳しいのでそうしたい希望はあっても難しかったのかもしれません。しかし、可能な限り、このような郷土の歴史を発掘しようと、良質な内容の展示を心がけている同館の姿勢には感心させられました。


長野県立歴史館 長野県千曲市大字屋代260-6 TEL:026-274-2000  
開館時間:午前9時~午後5時(ただし、入館は午後4時30分まで) 
休館日:毎週月曜日(祝日、振替休日にあたるときは火曜日)と祝日の翌日 年末年始
 
より大きな地図で 長野県立歴史館 を表示


 
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こんばんは

はじめまして。
私のブログへのご訪問、そしてコメントまでありがとうございました。
以前からコチラのブログには伺っていましたのに、先にコメントを頂いてしまって申し訳なく思います。

そしていつもA☆六文銭さんの行動力と文章力には感心させられていました。
これからも度々伺いますのでよろしくお願いします。

P.S 私も真田太平記は読みましたよ(二回ほど)
そしてNHKのドラマも全部見ました。

Re: こんばんは

> はじめまして。
> 私のブログへのご訪問、そしてコメントまでありがとうございました。
> 以前からコチラのブログには伺っていましたのに、先にコメントを頂いてしまって申し訳なく思います。
>
> そしていつもA☆六文銭さんの行動力と文章力には感心させられていました。
> これからも度々伺いますのでよろしくお願いします。


 四十路様
 コメント有難うございます。いつもアクセスいただいているようでどうも有難うございます。
 毎度雑駁な内容で恐縮ですが、ご興味のある箇所を、お気軽にご覧いただければ幸いです。


> P.S 私も真田太平記は読みましたよ(二回ほど)
> そしてNHKのドラマも全部見ました。

 そうでしたか! 私の中で、「真田太平記」は重要な位置を占めております。DVDも買ってしまいまいた(笑)
 真田についてもまた何時か取り上げますので、こちらこそ宜しくお願いいたします。
 
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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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