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根室の史跡と心に残る風景

 根室での目的は100名城制覇のためでしたが、今後滅多に来られそうにもないので、若干ですが史跡巡りをしてみました。

【旧和田屯田兵村大隊本部被服庫】 (根室市西和田568)
 明治19年(1886年)、和田正苗を大隊長とする旧士族の約1000人が、福井、石川、新潟県等の北陸地方から移住し、北辺の警備および根室地方の開拓に携わりました。
 この被服庫はその前年、アメリカ西部開拓時代に用いられたバルーンフレーム様式で建造されました。土台から軒桁まで通しで柱を入れ、屋根には狭い間隔で垂木を配置し、三角形の小屋組をなしています。この形式では、梁や柱の数を減らし、広い空間を確保できることと、規格化された材料と形式のため、熟練度の低い者でも組み立てが可能であることから、開拓期の建物に採用されたといいます。屯田関係の建物では唯一現存する建物です。
 旧和田屯田兵村大隊本部被服庫

 近所の方が管理人をされていたので、お願いして内部を見学させていただきました。
 色合いの異なる柱は、最近になって耐震等のため補強として入れたとのことです。(ですから昔はありませんでした)かなりご高齢の方でしたが、親切に対応していただけました。有難うございました。
 旧和田屯田兵村大隊本部被服庫 2

 すぐ近所には和田屯田兵村の碑がありました。
 旧和田屯田兵村の碑


 【根室市明治公園第1・第2・第3サイロ】 (根室市牧の内)
 この付近の広大な土地には、かつて開拓使根室牧畜場がありました。この3つのサイロは、昭和7年(1932年)、昭和11年(1936年)に建てられた、イギリス積みのレンガ造りサイロ(搭状の倉庫)です。
 現在は公園になっていますが、北海道らしい風景です。
 根室市明治公園サイロ


 【高田屋嘉兵衛の像】(根室市琴平町1-4 金比羅八幡宮裏)
 高田屋嘉兵衛(1769~1827年)は箱館を根拠地として、択捉、国後、根室などの漁場を開き、廻船業で成功した人物です。後には江戸幕府に命じられ、蝦夷地経営に関与しています。1811年におきた「ゴローニン事件」の際に、解決に向けて尽力したことでも有名です。その生涯は司馬遼太郎の「菜の花の沖」にくわしい。
 そういえば、函館にも同じような銅像がありました。
 高田屋嘉兵衛像



 最後に番外編として、根室市内を走っていたときに眺めた夕陽。どこかの湖の近くだったと思うのですが・・・。実際はもっと美しい光景でしたので、車を停めてもらい、急いで写した一枚。
 根室夕景


 次回で根室行きは最後になります。


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A☆六文銭

Author:A☆六文銭
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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