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武士の家宝

 5月の連休中から、ちょろちょろと各地へお出かけしていたのですが、ブログに書くのが追いつきません。なるべく、歴史好きな方へ向けてタイムリーな記事を・・・と思っているのですが、1日1記事をアップするのもやっとという感じです。反省点としては五稜郭を冗長に書きすぎました。気長に読んでいただける方のみ、よろしくお願いします。

 ところで先日、長野県千曲市にある長野県立歴史館へ行ってきました。この博物館へ来るのは今回が初めてです。
 長野県立歴史館

 現在、企画展「武士の家宝~かたりつがれた御家の由緒~」が開催されています。(7月3日まで)
 武士の家宝

 戦国時代、武田信玄・勝頼二代にわたって仕えた佐久地方の小豪族・依田信蕃(よだのぶしげ 1548~1583年)という武将がいて、この人は駿河の蒲原城代、田中城代、遠江の二俣城代を務めていたといいます。武田家滅亡後、信州は徳川方と後北条方とで武田の遺領を巡る争いがおきますが、このとき信蕃は信州の小豪族の中ではいち早く徳川方へ臣従し、近隣の小豪族に対して調略を行い、かの真田昌幸を徳川方へ引き込むことに成功しています。
 今回の展示では、この時依田信蕃が真田真幸を徳川方へ味方させたことに対する褒美として、徳川家康から拝領したという「金銀象眼短筒」というのが出展されており、銃身に雷神の絵が施されていて、印象に残りました。

 その後、信蕃は岩尾城を攻略中に受けた傷がもとで36という若さで死んでしまいます。
 後を継いだ長男・康国は父の功により家康から松平の姓を許されます。しかし、彼もまた小田原攻めの最中に陣中で殺害されてしまい、跡目は弟の康真が継ぎます。
 康真は家康に認められ、上州藤岡城で3万石を与えられます。天下普請を命じられる等、城持ち大名としての地位を築きつつあった最中、故あって家康の家臣と諍いをおこし、殺害してしまいます。
 家康の怒りを恐れた康真は高野山へ蟄居し、大名の地位を追われてしまいます。しかし、その後康真は名前を「加藤康寛」と改名し、縁あって家康の次男・結城秀康に出仕することになります。
 こうして、康真の子孫は代々、福井藩で家老を務める家柄となりました。

 それから260年後・・・明治維新後、康真の子孫は福井から先祖の土地である信州へ戻ったといいます。もちろん、長櫃に入った先祖伝来のお宝を持って・・・。
 しかし、なぜかこの康真の家に伝わった「家宝」は、その後理由は不明ですがまったく血縁関係のない同姓のあるお宅へと引き渡され、そのお家で大切に保管されてきたというのです。
 一方、本来の康真の子孫の方の所在は現在、不明だとのことです。
 
 こうして400年の歳月を経て、紆余曲折の中で伝えられた依田家の「家宝」ですが、武具、調度品などのほか、徳川家康の判物や豊臣秀吉の朱印状など、貴重な古文書も多く含まれていました。
 依田家の資料が一般公開されるのは今回が初めてで、まだまだ未解明の部分も多いそうですが、お近くの方はちょっとご覧になってみては如何でしょうか。

 それにしても、信州は昔から代々住んでおられる旧家の方が多く、いまだに「戦国時代」の話が語り継がれたりしているようです。長野県在住の知人から聞いた話しですが、「○○さんのお宅とは戦国時代、敵同士だった」とか、けっこう微妙な部分もあるのだとか(苦笑)
 信州の小豪族というと、私などはつい真田家を思い出してしまいますが、歴史館の学芸員さんに訊いたところ、依田氏というのは真田氏とほぼ同等くらいの家格だったそうです。
 私は信州の旅が好きで、度々訪れていますが、いつも出かける度に何かしら新しい発見があります。

 
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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