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黒駒勝蔵の碑 (「甲州街道&アウトローの史跡」その4)

 東京・府中郷土の森美術館主催のバスツアーもこれで最後です。

 黒駒勝蔵の碑(笛吹市御坂町上黒駒町)
黒駒勝蔵の碑

 黒駒勝蔵は天保3年(1832年)、甲州八代郡上黒駒村の名主・小池嘉兵衛の次男として生まれます。彼もまた国定忠治のように、後に侠客にはなりましたが生家はある程度の家柄だったわけです。
 幼少期には村内神座山の檜峯神社神主武藤外記の私塾「振鷺堂」に学び、武藤外記の国学思想に影響を受けたといわれます。

 25歳のとき渡世人となり、隣村の侠客・竹居安五郎の子分となります。文久2年(1862年)、安五郎が獄死すると勝蔵は手下たちをまとめ、上黒駒村に勢力を張る甲州博徒の大親分に「成長」します。
 慶応4年(1867年)、勝蔵は黒駒一家を解散し、「赤報隊」に入隊。官軍側に与し、戊辰戦争に参加。仙台での戦にも従軍していたそうです。
 しかし、明治4年(1871年)正月いきなり捕縛され、同年10月明治新政府の手により斬罪に処されました。ひとたび維新が済んでしまうと、勝蔵のようなアウトローは新政府にとっては都合が悪かったわけで、侠客だった頃の因果を含められて死に追いやられていったのです。
 有名な清水次郎長と対立していたため、芝居などでは「敵役」のレッテルを貼られることが多い勝蔵でしたが、近年の研究で「草莽の志士」としても位置づけられております。アウトロー出身とは言え、新しい時代を願いながら、自らが与した官軍=新政府に裏切られて死んでいったある意味「悲劇の人」といえると思いますし、「明治維新」の負の側面でもあります。


 
【バスツアーの感想】歴史に詳しい学芸員さんが行程を組んだので、甲州街道沿いのマイナーな史跡を歩くことが出来て、いろいろ勉強になりました。府中市はこうした文化活動に力を入れているみたいで感心しました。

 
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ジャンル : 旅行

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羨ましい

実は、小生も「忠治」、「勝蔵」、「次郎長」等は行ってみたい場所でした(爆)

Re: 羨ましい

> 実は、小生も「忠治」、「勝蔵」、「次郎長」等は行ってみたい場所でした(爆)

酔いどれJohnny様

 こんばんは。いつもお世話になっております。コメント有難うございます。
 上では書かなかったのですが、調べてみたところ、黒駒勝蔵は子孫の方の家?にお墓があるらしいです。次郎長は以前、清水市で墓参しております。(まだ記事はアップしていませんが)
 多少なりともご参考になれば幸いでございます。
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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