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幕末維新遊侠列伝

 先日、東京・府中市にある府中郷土の森博物館にて「アウトローたちの江戸時代」という展示を見たと書きましたが、その関連行事として、5月下旬に講演会が行われました。
 講師は高橋敏・国立歴史民俗博物館名誉教授です。講演テーマは題して「幕末維新遊侠列伝」。
 高橋敏

 数年前、千葉県佐倉にある国立歴史民俗博物館において「民衆文化とつくられたヒーローたち」という展示があったのですが、それを企画されたのが当時同博物館にご在職だった高橋先生でした。たまたま私はその展示を興味深く拝見しましたが、その折の展示でも江戸時代に士農工商のシステムから落ちこぼれた人たちについて焦点をあてた内容となっていました。
 今回の府中郷土の森の展示でも、先生から数々の助言をいただいたとのことです。

 【講演要旨】
 「遊侠」の歴史は、どのように扱ったらよいのか。なぜ日本史(正史)から落ちこぼれたのか。歴史は少数の支配者、政治・経済・文化のエリートと羊のように従順な虐げられた大多数の民衆でつくられているわけではない。さまざまな顔、癖をもった種々雑多なひとびとが存在した。一部に社会制度、体制、生活組織からはみ出したり、排除されて枠外に生きるひと、また両者を行き来するひともいた。今回の府中博とパルテノン多摩の勇気ある展示は、これらのひとびとに光をあたえ、正史から稗史へ、稗史から正史へと、日本歴史の世界に引き戻そうとする画期的試みである。いわば、地域文化の創造のヌーベルバーグであるといっても過言ではない。
 もうそろそろ、歴史学が核になって関連諸分野、語学と連携して独自の歴史叙述と資料の編纂に着手すべきときがきたのかもしれない。


 
 先生は講演の中で、江戸時代後期から幕末にかけて「活躍」した5人の侠客を取り上げました。
 そのうち、一番話が長かったのが「国定忠治」です。かつて新国劇で演じられ、ご年配の方なら「赤城の山も今宵かぎりか」という忠治の名台詞はご存知かもしれません。しかし、最近の若い人にはあまり知られていないかもしれません。
 
 忠治は本名を長岡忠次郎といい、赤城山の麓、上州佐位郡国定村の豪農の家に生まれました。ですから元々下層階級の出というわけではなかったようで、忠治は幼い頃は寺子屋へ通い、読み書きも出来たということです。しかし、故あって若いうちから家を出て、所謂「無宿」になってしまい、実家の農家は忠治の弟さんが継いだそうです。
 
 生来剛毅な性格から、博徒の中でも信望を集め、やがて上州勢多郡大前田村の大前田英五郎の縄張りを継いで親分となり、かねてから英五郎と敵対していた間宿境町を拠点とする博徒・島村伊三郎を殺し、その縄張りを奪います。その後、一家を形成して上州に広く勢力を張る大親分となり、忠治に従う子分は200~300人ほどもいたといわれます。
 忠治が活躍したエリアはもともと、各藩の飛び地や旗本領などが複雑に入り組んでおり、そのため治安が悪く、こうしたアウトローたちが生み出されやすい土壌があったようです。

 折りしも、天保年間に大飢饉がおこると、忠治は自ら賭場で儲けた私財を貧窮にあえぐ民百姓へ配って救済したということです。この結果、忠治は博徒の大親分でありながら、地元の農民たちからも信望を得ました。
 
 ところが、幕府にしてみればこういうアウトローが勢力を伸ばすことはお上の権威にもかかわることで、忠治一派の摘発に乗り出すのです。やむなく忠治は赤城山を降りて、会津へと落ち延びますが、その間により所を失った子飼いの子分たちは次々と幕府に捕縛され、命を落としていきました。
 ほとぼりが冷めた頃、忠治はひそかに会津から戻ってきますが、あれほどたくさんいた子分たちも姿を消し、忠治自身「中風」に罹りほぼ再起不能となって知り合いの農家へ潜んでいたところを役人たちに急襲され、とうとう捕縛されてしまいます。

 そして直接の罪状は「関所破り」ということで、忠治は衆人注視の中で磔に処せられてしまいます。享年41歳。
 しかし、忠治の死後、地元の人々は天保大飢饉の時の救済を忘れずにおり、彼は「民衆のヒーロー」として伝説化していくというお話でした。

 忠治はたしかに賭場を経営し、人を殺したりもしているので今日の感覚からいけばどうしてもネガティブな印象を持たれがちですが、その一方で義理人情にも厚く、お上の代わりに飢饉にあえぐ民衆を救済したという一面を持ちます。ですから、一概に「悪人」と決め付けられないところがあります。
 
 私は同内容の講演を数年前に聞いているので、今回は「復習」といった感じで拝聴しました。詳しくは11年前に先生がお出しになった岩波新書「国定忠治」に出ているので、ぜひそちらをご一読いただければと思います。
 地域史や民衆史といったアプローチからも示唆に富んでおり、先生の代表作ともいえる一冊です。

 
国定忠治 (岩波新書 新赤版 (685))国定忠治 (岩波新書 新赤版 (685))
(2000/08/18)
高橋 敏

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 このほか、幕末に活躍した侠客のお話などもあったのですが、この短いスペースでは書ききれないので、改めて別のエントリーで書くことにします。
 この日の講演にも府中市民の方をはじめ多くの人が集まり、興味深く耳を傾けていました。先生のお話を聞いて、歴史は歴史ドラマで取り上げられるような有名人だけが作りあげていくものではなく、歴史の大きな波の中で埋もれていった人びとにも目を向けるべきだろうと思いました。

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