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支倉常長とサン・ファン・バウティスタ号

 2008年に行った宮城県の旅もこれで締めくくりとしたいと思います。

 多賀城を見た後、晴れていれば名勝・松島を見ようと思っていましたが、雨が降り止む気配もなく、付近を通りかかったところ中国人観光客の団体が目に入り、とても騒々しかったので車窓から眺めるだけにして通り過ぎてしまいました。また次の機会に・・・と思ってしまったのです。
 今思えば、あの時ちゃんと見ておけば良かった・・・ととても後悔しています。私たちはこの後、石巻市へ向って海岸沿いを北上していたのですが、その時通った辺りも3月11日の大地震による津波の襲来があったところで、多くの犠牲者が出たことを知りました。

 石巻には、「仮面ライダー」や「サイボーグ009」で有名な故・石ノ森章太郎さんの記念館「石ノ森萬画館」があって、毎年同館目当ての多くの観光客で賑わっていたそうです。
 JR石巻駅から「萬画館」へ至る道筋は「いしのまきマンガロード」と呼ばれ、石ノ森さんの作品のキャラクターの人形が19箇所に置かれていました。
いしのまきマンガロード

 おなじみ、仮面ライダーですね。
仮面ライダー(いしのまきマンガロード)

 ところが、3月11日の震災でこの商店街の周辺も津波による被害を受けたそうです。朝日新聞の記事を見たところ、私が見たこの仮面ライダーの人形はかろうじて残っていたそうです。(記事はコチラ

 私も「仮面ライダー」や「009」の世代ですので、「萬画館」に是非寄っていきたかったのですが、同行者に「時間がないから」と却下されてしまいました。
 同館もまた津波の被害で、一階部分が浸水してしまったそうですが、石ノ森さんの貴重な原画などは上階にあったためかろうじて難を逃れたとか。不幸中の幸いでした。
 記事にもあるとおり、同館では再開へ向けて始動しているということで、一日も早い復旧を願いたいものです。

 「マンガロード」を通りぬけ、向った先は船のある博物館でした。
 「宮城県慶長使節船ミュージアム」

 仙台藩主・伊達政宗が藩内でのキリスト教布教を容認するのと引き換えに、ノビスパニア(メキシコ)との直接貿易を求めて、イスパニア(スペイン)国王およびローマ教皇のもとに使節を派遣しました。慶長18年(1613年)のことです。正使には宣教師ルイス・ソテロ、副使として家臣・支倉常長(?~1622年)が選ばれ、仙台藩内で築造された洋式帆船・サン・ファン・バウティスタ号に乗って、月の浦(石巻市)からイスパニアへ向けて渡航しました。

 同ミュージアムの展示室の様子。
慶長使節船ミュージアム1

 左から支倉常長、伊達政宗、ソテロ、船長です。ロボット展示。使節派遣に至るまでの一シーンを表現しています。
慶長使節船ミュージアム3

 異国の支倉常長。これもロボットでした。
支倉常長(慶長使節船ミュージアム)

 このほか、立体映像で使節船の旅を体感できる「シュミレーションシアター」がありました。(撮影不可だったので写真はありません)俳優の本郷功次郎さんが出演していたように記憶しています。

 一行は最初メキシコに寄港し、そこでほとんどの乗組員が船を降りてしまい、支倉常長ら使節団はスペイン艦隊に便乗してスペインへ向いました。この時、常長は日本人としてはじめて大西洋を渡ったのです。
 1615年1月に常長はスペイン国王・フェリペ3世に謁見し、主君から託された手紙を渡し、宣教師の派遣とメキシコとの交易の許可を願い出ますが、国王から良い返事は得られず、支倉らは8ヶ月もマドリードに留めおかれてしまいました。
 国王側との交渉が難航したため、やむなく常長はローマ教皇にスペインとの交渉の仲介を依頼することにし、1615年10月にローマに至り、ローマ教皇・パウロ5世に謁見しました。この時、ローマ教皇に渡した伊達政宗からの手紙は金箔銀箔を散らした和紙に日本語とラテン語で書かれた華麗なものでしたが、現在もヴァチカン図書館に保管されているということです。
 
 ローマ教皇から宣教師派遣の許可を得た支倉らは、再びスペインとの交渉に臨むためマドリードに戻りますが、スペイン側は交易を許可するどころか、追い立てられるようにセビリアへ移動するよう命じられました。
 結局、支倉の努力もむなしく、交渉は失敗に終わったため、やむなく支倉はマニラ経由で帰国することになりました。こうして7年の歳月はすべて徒労に終わったのです。

 支倉が渡欧している間に、日本国内では幕府が禁教令を出しキリシタンの弾圧を始めたため、当初は布教に寛容な姿勢であった伊達政宗も藩内でキリシタン禁令を発し、取締りを強化することになってしまいました。すなわち、支倉が日本にいない間に状況が激変していたのです。
 帰国後の支倉常長については詳細が判然としていません。帰国して2年後に失意のうちに亡くなったというのが定説なようですが、閑居して80代までひっそりと生きたという異説もあるようです。400年前の国際人であった支倉の生涯は遠く歴史の彼方へと消えていってしまいました。
 なお、支倉が持ち帰った品々は国宝に指定され、前に紹介した仙台市博物館に所蔵されています。

 ところで、「慶長使節船ミュージアム」では支倉ら一行が乗船したサン・ファン・バウティスタ号を復元しています。
サン・ファン・バウティスタ号
 
 船内も見学でき、下の写真のように人形を使って渡航の様子を表現しています。
慶長使節船ミュージアム2

 3月11日の大地震による津波で、船を取り巻くようにあったドッグ棟の展示室は残念ながら壊滅してしまったそうですが、船の方は奇跡的に一部破損で済んだそうです。
 震災後、同ミュージアムも避難所になっており、現在閉館中だということです。

 このたびの震災で石巻市内では多数の犠牲者が出たということで、いまだに行方がわからない方が2700人以上いるといのことです。被災された住民の方たちのご心労はいかばかりかとお察し申し上げます。
 亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、一日も早い復旧を願うばかりです。いつの日にか必ず、あの時見た静かな海沿いの町が蘇ることを信じて、この項を終わることにします。

 
 参考サイト 宮城県慶長使節船ミュージアム
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