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「百万石のお墨付」

 つづき
 仙台城を城攻めしていた最中、強い雨が降ってきてしまい、私の持っていた折り畳み傘が壊れてしまいましたので、雨宿りもかねて、お城の三の丸跡にある仙台市博物館(←博物館のサイトへ飛びます)へ寄ってみることにしました。
仙台市博物館

 この博物館には主に、仙台藩伊達家に関する史料が豊富に収蔵されています。ちょうどこの時(2008年9月)、たまたま「伊達政宗展」という特別展をやっていたので、これ幸いと見ることにしました。
 実は私、伊達政宗はあまり好きな武将ではありません。しかし、昨今の戦国ゲーム等で若い世代にも人気を博している政宗であります。


 広い展示室には、肖像画や書状、絵図といった史料がたくさん展示されていましたが、いかにも「歴女」っぽい娘さんや、出張帰りのサラリーマン風の人たちが足を留めて見入っていたのが、これ。
 伊達政宗所用の「黒漆五枚胴具足」 重要文化財です。
黒漆五枚胴具足

 ちなみに、後ろの日の丸の旗印は、政宗の父・輝宗の時に定められたものなのだそうです。
 
 しかし、私が注目したのは、これ。関ヶ原前夜、徳川家康が政宗を東軍へ引き込もうと、現在の伊達領58万石に加え、苅田・伊達・信夫・二本松・塩松・長井・田村の7郡49万石の所領安堵をちらつかせた、いわゆる「百万石のお墨付」です。
百万石のお墨付

 関ヶ原後の論功行賞で、結局この「約束」は家康によって反故にされてしまったのは有名な話です。政宗は老獪な家康にまんまとしてやられてしまったわけで、その時の政宗の心情やいかに・・・現物の史料はやはり迫力がありますね。

 ところで、政宗という人は毛利元就と並んで、自筆の書状を多く残した人でもあります。この時の展示にも、政宗自ら記した書状がいくつか展示されていました。印象的だったのが、俗説では政宗を嫌って、弟・小次郎の擁立を企んでいたといわれる母・保春院(最上義姫)に宛てて書いた手紙でした。これは、政宗が朝鮮出兵中に母に宛てて送ったもので、手紙の最後には「もし無事に帰国できたならば、ぜひお会いしたい」と記すなど、異国にいる自分の身を案じているであろう母に対する政宗の心情が伝わってくる内容となっています。
保春院宛伊達政宗書状

 この書状が残っていることからも、保春院と政宗との関係が、世間一般で言われるような険悪なものだったかは疑問が残るということです。

 なお、伊達政宗の書状については、佐藤憲一さんという方がこのような本を書いておられます。
伊達政宗の手紙 (洋泉社MC新書)伊達政宗の手紙 (洋泉社MC新書)
(2010/01/07)
佐藤 憲一

商品詳細を見る


 後世に伝わった政宗の書状のいくつかを紹介し、政宗の人間像に迫った内容です。この本は以前、「新潮選書」から出ていて私はそちらを読んだのですが、とても面白かったです。上記の洋泉社版はおそらくその復刊だと思います。
 詳細はこちらの本を参照していただきたいのですが、一言でいうと、政宗という人は表向きは権謀術数の人という印象ですが、それとは裏腹に、身内に対しては非常に細やかな気遣いをした人だということがわかります。
 ちなみに、著者の佐藤さんは、仙台市博物館の館長を務めた方で、長年伊達家文書の調査、研究に携わってこられたので、道理でお詳しいわけですね。


 江戸時代、仙台藩伊達家は「伊達騒動」のような危機に見舞われつつも、結局改易、転封されずに明治維新まで存続しましたので、このように良質な史料がたくさん伝わっているんですね。
 そのほとんどを、伊達家のご子孫が仙台市博物館に寄贈、寄託されたのだそうです。
 今まで全国の博物館、資料館を巡ってきましたけれども、こちらの博物館は5本の指に入るほど充実していましたし、見ていて飽きなかったです。
 ぜひ仙台城と共に、こちらの博物館にも立ち寄ってみることをお勧めします。(現在、震災の影響で休館中だそうです)
 なお、上記の「黒漆五枚胴具足」ですが、平成23年度も二度に渡って公開される予定だそうですから、まだ見ていないという人は要チェックですね。
 今年は開館50周年という節目の年だったそうで、一日も早い再開が待たれます。

 ★上の具足、史料の写真ですが、博物館の係の方に許可を得て、フラッシュ無しという条件で撮影したものです。

 ※追記 2011年10月、同館を再訪しました⇒「政宗の遺宝(仙台市博物館)」



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鶺鴒(せきれい)の花押

確かに家康の花押がありますね。
伊達は62万石ですから49万石増が4万石に減らされたのでしょうか?
政宗はなんともくやしかったでしょうが、家康にはいろいろと世話になっていたから文句も言えなかったのかしらね。
役者の違いと言ったらそれまでですが、家康の気持ちとしては黒田如水や伊達政宗あたりではオレとは格が違うぜ!でしょう。
信長・秀吉の後継者はワシじゃ!という絶対的な自信を感じます。

ところで花押といえば、政宗の鶺鴒(せきれい)の花押は美しいと思います。
Googleで「鶺鴒(せきれい)の花押」を検索すると私のブログがトップにくるのですね。少しうれしい。
http://taiganohibi.blog117.fc2.com/blog-entry-102.html
仙台市博物館にもありましたよね?

Re: 鶺鴒(せきれい)の花押

> 確かに家康の花押がありますね。
> 伊達は62万石ですから49万石増が4万石に減らされたのでしょうか?
> 政宗はなんともくやしかったでしょうが、家康にはいろいろと世話になっていたから文句も言えなかったのかしらね。
> 役者の違いと言ったらそれまでですが、家康の気持ちとしては黒田如水や伊達政宗あたりではオレとは格が違うぜ!でしょう。
> 信長・秀吉の後継者はワシじゃ!という絶対的な自信を感じます。

★柴様 こんばんは。お返事が遅くなりすみません。
 この「百万石のお墨付」のエピソードですが、本当に家康のいやらしさを感じます。こういう所が家康が嫌われる由縁かもしれませんね。


> ところで花押といえば、政宗の鶺鴒(せきれい)の花押は美しいと思います。
> Googleで「鶺鴒(せきれい)の花押」を検索すると私のブログがトップにくるのですね。少しうれしい。
> http://taiganohibi.blog117.fc2.com/blog-entry-102.html
> 仙台市博物館にもありましたよね?

★検索でトップの方にくるのは多くの方々に記事が読まれている証拠だと思います。博物館でも政宗の自筆文書はいくつか展示されてましたね。
 でも、鶺鴒の眼に針穴の開いている物は存在しないそうですよ(笑)
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大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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