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柴田勝家・お市の墓

 天正11年(1583年)4月24日、北ノ庄城は落城し、柴田勝家とその妻・お市が共に自害したことは先述しました。
 勝家、お市夫妻の最期の模様が後世にも伝わっているのは、落城の折、話術に巧みな老女を一人だけ選び、自分たちの最期の様子を物語るよう逃がしたからだということです。(ルイス・フロイスの記録による)

 福井市内にある「光明山 西光寺」(天台真盛宗) 柴田勝家の菩提寺です。元々は一乗谷城主・朝倉貞景が家臣・上田兵衛尉に命じて創建させたといわれ、後に柴田勝家が一乗谷より北ノ庄に移し、自らの菩提寺にしたといいます。
 西光寺

 狭い境内の隅に、柴田勝家、お市、柴田勝景(勝家の甥で丸岡城主)、柴田孫次郎(勝家の子)の合祀墓があります。慶長年間に、豊臣秀吉の祐筆だった山中長俊が創建したものだということです。
柴田勝家の墓

 今から二十数年前くらいに、当寺で資料館を建てる際、この墓を移動したそうなのですが、その時に墓の内部を調べたところ、中から遺骨や遺品の類など何も出てこなかったということです。ですから、お墓というよりも供養塔といった方が正しいかもしれません。
 おそらく、落城の折に勝家らの遺骸は燃え盛る炎の中、すべて灰塵に帰したということでしょうか。
 
 墓の傍らには北ノ庄城の礎石が置いてありました。
北ノ庄城の礎石

 寺の小さな資料館。残念ながら鍵が閉まっていて、中に入れそうもありません。
 偶然、檀家の方らしき人が境内の清掃のお手伝いに来られていたのですが、お尋ねしたところ、あいにくこの日は住職が近所の小学校の運動会へ行ってしまっていて留守だということでした。
 中を拝見できず残念でしたが、ここには柴田勝家とお市の木像などが展示してあります。
 西光寺資料館

 ひっそりと建つ墓前で、しばし悲運の武将に思いを馳せ、寺を後にしました。
 次回の大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」では、とうとう北ノ庄落城を迎えますね。エンディングの「江 紀行」の中でもしかしたら紹介されるかもしれませんので、一応掲載しておきます。

※3月20日追記  地震の影響で一週間遅れで放送されましたが、やはり予想通り「江 紀行」で西光寺が放送されました。(←番組ホームページへ飛びます)

  
より大きな地図で 西光寺 を表示


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       北ノ庄城址(柴田公園)


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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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