スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

黒田如水の墓(黒田家墓所)

 博多崇福寺(黒田家墓所) のつづき


黒田如水の墓



 黒田家のお墓の紹介はやはりこの人から。豊臣秀吉の名参謀であった黒田如水(孝高 通称・官兵衛 1546~1604年)の墓です。如水というのは剃髪後の号ですが、ここでは一般的にも有名な如水の名をもって記します。
 
   黒田孝高


 黒田如水については、もはや説明不要かと思われます。お正月の民放の時代劇でもやってましたね。(私はあいにく見ませんでしたが・・・)荒木村重によって長期にわたり土牢に幽閉され、そのせいで足を痛め、救出されたときには片足が跛(びっこ)になってしまうという辛苦を味わいました。
 秀吉の中国攻めの折に秀吉に臣従して以来、秀吉が歴戦を乗り越えてきたのは如水の存在があってこそでした。彼は非常に交渉術にたけた人であったので、戦による犠牲を最小限にするためなるべく戦わずして敵を臣従させたい秀吉の意向に沿った働きが出来たものと思われます。世に言う「高松城の水攻め」は如水の献策によるものだということはあまりにも有名です。そして、小田原攻めでも如水は活躍し、無血開城させることに心血を注ぎました。 
 このように如水は「智謀の人」であり、秀吉も如水の能力を高く評価する一方で警戒しており、「官兵衛がその気になれば、自分に代わって天下を治めるだろう」と語ったとか。その結果如水に与えられたのはたかだか豊前中津の17万石に過ぎなかった話がありますが、策謀の士である如水にもし高禄を与えれば、自分の権力の座が脅かされかねないという秀吉の懸念があったものと思われます。

 秀吉の天下統一の過程で、常にこの人が側にあったわけですが、やがて内政を司どる石田三成の台頭によって、徐々に秀吉と如水の間には距離が出来ていきます。関ヶ原で息子の長政と共に東軍に与したのはこの辺の事情によるものです。

 ところで、黒田如水はあの小早川隆景と仲が良かったといいます。友人同士というよりは、むしろ双方とも権謀術数にたけた「好敵手」といった関係だったかもしれませんが。
 しかし、隆景は死の間際、「筑紫大名(如水のこと)には上方への往復途中に休憩したいからと言って、毛利の領内に休息地を貸し与えてはならない」と遺言したといわれます。如水について、上辺は親交を結んでいた隆景もまた油断も隙もならない男だと見ていたんでしょう。
 関ヶ原のとき、如水は中津にいて天下を伺っていたといいますが、あれもどうなんでしょう。
 戦後、凱旋してきた息子の長政は、徳川(家康)殿は長政の働きに対して手を取って喜んでくれたのだと父・如水に報告しましたが、それを聞いた如水は「それはどちらの手だ」と問い、長政は「右手でござる」と答えた。それに対して如水は「そのとき、お主のもう一方の手は何をしていた」と叱責したという逸話がありますが、あれは多分後世の作り話でしょう。論功行賞により筑前に封じられた子の長政に従って引っ越した最晩年の如水は、悠々自適の隠居生活を送っていたようです。
 如水の真価は、むしろナンバー2であり続けたことにこそあったと言えるのではないでしょうか。

 さて、肝心のお墓の方ですがご覧のようにかなりでかいです。高さが2メートル以上はゆうにありましたから。
 そして、墓石の側面には如水の生涯について朱筆で碑文が記されています。朝鮮の役で小西行長の通訳をしていた対馬の僧侶が書いたということです。
  黒田如水の墓b



 如水は高山右近の勧めで一時キリシタン(洗礼名 ドン・シメオン)になりましたが、秀吉の禁教令により棄教しています。
 なお、京都の大徳寺龍光院にも如水のお墓があるそうです。如水は伏見で死んでいますので、死後直後には一旦大徳寺の塔頭に葬られたのかもしれません。

 合掌 (-人-)


 【追記 2013年8月】
 去る8月5日に、来年のNHK大河ドラマ「軍師・官兵衛」の主演・岡田准一さんが黒田孝高の墓参りをされたようです。その影響なのか、ここ数日、アクセス数が若干上がっております。有難うございます。
 同墓所訪問時、快く拝観させてくださいましたお寺様には感謝申し上げます。


 関連記事 謹賀新年2014(再訪しました)



 ☆大河ドラマ「軍師官兵衛」関連本☆

 
軍師官兵衛 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)軍師官兵衛 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)
(2013/12/20)
NHK出版、 他

商品詳細を見る



 
NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 軍師官兵衛 (NHKシリーズ)NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 軍師官兵衛 (NHKシリーズ)
(2013/12/20)
NHK出版

商品詳細を見る



 
 ★黒田如水を知るための参考書籍★
 
新装版 播磨灘物語(1) (講談社文庫)新装版 播磨灘物語(1) (講談社文庫)
(2004/01/16)
司馬 遼太郎

商品詳細を見る



 
黒田如水―臣下百姓の罰恐るべし (ミネルヴァ日本評伝選)黒田如水―臣下百姓の罰恐るべし (ミネルヴァ日本評伝選)
(2011/12)
小和田 哲男

商品詳細を見る



 
NHKその時歴史が動いた傑作DVDマガジン戦国時代編 Vol.4 秀吉と黒田官兵衛 (講談社 Mook)NHKその時歴史が動いた傑作DVDマガジン戦国時代編 Vol.4 秀吉と黒田官兵衛 (講談社 Mook)
(2011/11/01)
講談社

商品詳細を見る

 




いつもご覧いただき、どうも有難うございます。
人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログへ 
関連記事

テーマ : 国内、史跡・名勝巡り
ジャンル : 旅行

tag : 有名人の墓(か行)

コメントの投稿

非公開コメント

戦国の名脇役

ついに官兵衛さんの墓が出てきましたね。
博多には何度も行っているのに、博多駅のこんな近くに彼の墓があったとは知りませんでした。
A☆六文銭さんのお蔭で見聞を広めることができました。感謝します。
手を抜かずに実地を検証し、キメの細かい描写で説明してあるので、見てる側も疑似体験できますね。

黒田如水といえば、三英傑や信玄・謙信・政宗の次くらいに人気のある戦国武将ですが、
なかなか大河ドラマでも主役にはなりませんよね。
やはり陰謀家というダーティなイメージがあって、清廉なイメージの直江兼続あたりに先を越されました。
イメージ的には「坂の上の雲」の秋山真之に近いと思うのですが、どうでしょうか。

私は「薬屋のぼんぼん」で頭がよかったので、策略をゲーム感覚で楽しんでいたように感じます。
だから、そういった手の内を秀吉や家康に見せて「オレってスゴイでしょ!」と自己満足していたような気がします。
本当の陰謀家は墓場まで自分の計略を秘めて持って行くと思います。(例えば大久保利通とか)
新しいものが好きで、洗礼を受けたのも進取の精神の表れだったのではないでしょうか。

大河では何と言っても「太閤記」の田村高広さんが一番よかったですね。
(と言っても映像では私の脳細胞に残っているだけですが)
足が悪いのでモッコに担がれ、備中高松城の水攻めの采配をしていた姿がなつかしく思い出されます。

Re: 戦国の名脇役

柴様
コメント有難うございます。黒田官兵衛、なかなかのキレ者ですが、一般的には策謀の人という印象が強いのでしょうね。
私が見たところ、彼は「戦バカ」だったんじゃないのかな・・・と。ナンバー2の場にいることに彼自身は満足していたのではないか、と思います。「秋山真之」との類似性というのは当たっているかもしれませんね。
また博多へ行かれる機会があれば、ぜひ立ち寄ってみてください。

私利私欲の

ヒトではなかったと思いますね。
小説、武将列伝なんか読んでると。

ボクは逆に関が原のトキだけは、生涯一度と思い決めて運を問うたと思います。
わざわざ牢人かき集めてアチコチ痛破してまわる意味もないですし…。

そして、功ならぬとわかったあとの暮らし方はステキですよね。
子供と遊び、誰かれなく、気楽に話しをし…。

ヒトに好かれるからこそ策はなるのか…。
そうすると宇喜多直家はどうなる?というハナシもありますが(笑)

Re: 私利私欲の

> ヒトではなかったと思いますね。
> 小説、武将列伝なんか読んでると。
>
> ボクは逆に関が原のトキだけは、生涯一度と思い決めて運を問うたと思います。
> わざわざ牢人かき集めてアチコチ痛破してまわる意味もないですし…。
>
> そして、功ならぬとわかったあとの暮らし方はステキですよね。
> 子供と遊び、誰かれなく、気楽に話しをし…。
>
> ヒトに好かれるからこそ策はなるのか…。
> そうすると宇喜多直家はどうなる?というハナシもありますが(笑)


★トマ様 コメントどうも有難うございます。如水ですが、理屈の通った人だったのかなあと思います。
 相手を説得するだけの理論がある、とでもいいますか。
 今風に言えば、タフネゴシエーター?という感じでしょうか。

 関ヶ原では、天下の形勢を見ていたのでしょうかね。で、息子の与した側に勝算があり、自らは「老兵は死なず、ただ消え去るのみ・・・」と。
 おいおい、これってD・マッカーサーぢゃないですか(笑)

黒田如水

先日柴俊夫さんから黒田如水の話を聞いて、それからとても興味を惹かれています。
戦国時代の脇役のように思っていたのですが、この人を主役にして調べるのも、面白そうですね。
博多のお墓に行くには遠いので、せめて京都の大徳寺龍光院に行こうかと思ったのですが、非公開だそうですね。
残念です。

Re: 黒田如水

merry様
コメントどうも有難うございます。黒田如水ですが、大河ドラマで柴さんが演じられてますよね。ラジオの収録の三週間くらい前にお墓へ行ったので自分的にはキャッチーな話題でした。
京都の大徳寺は拝観不可の塔頭が多いですね。寺の方針なので仕方ありませんが。
ブログランキング
「もののふの心」および歴史的遺産を後世に伝えましょう♪
うさぎ
  ↓ ↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
カテゴリ
ご注意 ごくたまに、「城」「史跡」「お墓」等の話題が、ドラマ関連やその他のカテゴリとして登録されている場合があります。
月別アーカイブ
最新コメント
FC2カウンター
おきてがみ
お気軽にどうぞ(お返事が遅くなる場合があります)
プロフィール

A☆六文銭

Author:A☆六文銭
ブログテーマ
日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

★当ブログ内の文章、写真等はすべて無断転載禁止です。宜しくお願いします。
★当方と連絡を取りたい方は、下部メールフォームからお願いします。(ご感想はなるべくコメント欄のほうにお願いします)
※Twitter、Facebookはやってません。

最新記事
おすすめ書籍
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。