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福井城の貴重な遺構・・・瑞源寺(後)

 書院の間は、福井城本丸御殿の「大奥御座之間」より移築されました。桁行4間、梁行3間半、切妻造桟瓦葺です。瓦は越前産の「赤瓦」を使用しています。本堂同様老朽化が激しく、昨年から今年の5月まで修復工事が行われました。
 

DSCF4678.jpg

 こちらのお部屋は床の間と違い棚がありました。福井城に存在したころは、藩主の奥方など家族などが集う部屋として使用されていたようです。
DSCF4638.jpg


 御住職様があらかじめ、障子の一枚を外しておられました。何か訳があるのでしょうか?
 DSCF4635.jpg

 (続きを読むをクリックしてください)

 写真では見づらいかもしれませんが、几帳面なことに障子の桟の下部に、一枚一枚通し番号が振られ、「大奥御座之間」と書かれた墨書があったんですね。
DSCF4639.jpg

 さらに、解体中に判明したことは、建物の建材の一部から「西三の丸・鉄砲之間」で使用されていたことを示す墨書が見つかり、「大奥御座之間」で使用される前にも、すでに西三の丸屋敷で使用されていた建材を使っており、すなわち「中古の中古」だったようです。昔は可能な限り、建材を使いまわししていたんですね。いわば、「リサイクル」です。

 御住職様のお話では、
「明治維新後、松平家が神道に改宗してしまい、従来のように松平家からの庇護が受けられなくなり、お寺の運営も苦労が多かった。お寺の建物が傷んできても建て替えるだけの余裕がなかったため、古い建物を大事に使ってこざるをえなかった」
ということでした。このことが逆に幸いして、お城の貴重な遺構が残されたというわけです。
 なお、来年には落慶法要が営まれるということで、御住職様もお喜びのご様子でした。

 この後、御住職様は所用がおありとのことで、大変あわただしい中ご案内していただいたので、丁重にお礼を申し上げて辞去しました。
 本堂、書院の修復工事が完了し、瑞源寺はまた新たな歴史を刻んでいくことでしょう。
 また、こちらのお寺は旧藩主の菩提所という格式がありながら、一般庶民にも親しみやすい開かれた雰囲気で好印象でした。(一般的に、禅宗のお寺は拝観謝絶の所が少なくないのです)檀家や近所の方向けに、座禅会や写経会なども催されているそうです。


 参考サイト 瑞源寺ホームページ 
         瑞源寺修復記 (福井ケーブルテレビ制作 修復過程の映像が見られ、参考になります)



より大きな地図で 瑞源寺 を表示


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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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