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結城秀康と福井城

 福井城には三箇所虎口があって、この南側の箇所が大手門だったようです。
 写真の右手が福井県庁、左手が福井県警本部です。以前来たとき、県庁でトイレをお借りしたような記憶があります(笑)。
DSCF4405.jpg

 橋を渡って城内に入ると、すぐ目に飛び込んできたのがコレ。
結城秀康石像


   (´・ω・`)・・・。
  結城秀康石像2

 

 福井藩祖の結城秀康(1574~1607年)の石像です。もちろん、12年前にはありませんでした。それもそのはず、8年前の平成14年に完成した模様。
 結城秀康には肖像画が伝えられていますが、それにしてもこの石像はちょっと・・・。
 まるで、滋賀県大津市で見た明智光秀石像と同じ印象を受けました(汗)。

 さて、その結城秀康ですが、徳川家康の次男として生まれました(母は永見氏於万ノ方)。
 母の於万は家康の正室・築山殿の侍女だったのですが、ある時家康が手をつけてしまい、妊娠させてしまいました。嫉妬深い築山殿を憚って、家康の家臣であった本多作左衛門が身ごもった於万を引き取り、他家へ避難させ、そこで赤ん坊は生まれました。
 「於義伊」と名付けられたた赤ん坊を、家康はなぜか疎んじ、なかなか親子の対面をしようとしませんでした。異母兄の松平信康のはからいで、やっと於義伊が3歳になったときに家康と対面がかなったと伝えられます。
 
 しかし、まあ家康というのはあまり自分の子供に対して親子の情みたいなのが薄かったみたいですね。
 実の子である松平信康は自刃に追い込んでしまうし、秀康の異母弟にあたる松平忠輝なんかも出生時から家康に遠ざけられていたといいますし…。家康自身、肉親の縁薄いおい育ちなので、仕方ないのかもしれませんが。

 秀康が父親から疎んじられた理由として、秀康双子説というのがあります。当時、多胎児というのは動物の出産に通じるとされ、「畜生腹」と呼ばれて忌み嫌われていたといわれます。これはけっこう説得力のある理由ではないかと思いますね。
 家康の長男・信康が自刃後、通常なら次男であった秀康が後継ぎとなってもよさそうなものですが、家康は秀康を豊臣秀吉のところへ養子という名の「人質」として送ってしまいます。
 「秀康」の諱は秀吉からの偏諱ですね。そして、下総の名家・結城家の娘と結婚し、家督を継ぐことになります。
 
 関が原の合戦後の論功行賞で、秀康はかつて柴田勝家の旧領だった越前北ノ庄67万石に加増・移封されるのです。そして、城及び城下町の整備に取り掛かった秀康ですが、慶長12年(1607年)に病気が元で34歳の若さで亡くなりました。
 結城秀康についてはあまり評伝なども出ていなくて、どんな人物だったんだろう…と思うことがありますが、残された断片的なエピソードからは苦労しているだけあって謙虚な人柄だったようですね。家康の後を継ぎ、二代将軍となった異母弟の秀忠も、この兄には一目置いていたといわれています。
 

 話をお城に戻します。県庁と県警本部の建物がでん、とあって、12年前来たときと城の内部はまったく変わってないです(笑)。写真撮影のため、県庁と県警本部の間の通路を進みます。
 すぐに天守台が見えてきました。
福井城天守台1

 ここにはかつて4層5階の天守閣がありましたが、寛文9年(1669年)に焼失して以来、再建されなかったということです。
   DSCF4414.jpg

 天守台に上ってみます。
 DSCF4423.jpg

 福井の地名の由来となった「福の井」という井戸が今も残っています。
 もともと、この地は北ノ庄といわれていましたが、「北」の字が敗北につながるということで、地名を「福井」と変更したということです。
DSCF4422.jpg

 長くなるので続きます。


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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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