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信長・秀吉・家康~天下人が織り成すきらびやかな時代

 先週からどうも風邪っ気が抜けなくて軽い頭重感などがあり、ブログ更新がのんびりペースになっています。毎日ご覧いただいている方、申し訳ございません。季節の変わり目ですので、皆様もどうぞご自愛ください。

 名古屋城でのイベントを堪能した後、向かったのは名古屋市博物館です。
名古屋市美術館

 現在、名古屋開府400年記念特別展「変革のとき 桃山」を開催中です。(11月7日まで)
DSCF6789.jpg

 今回、同館と名古屋城天守閣、徳川美術館の三つの施設が、「名古屋開府400年記念・ミュージアムトライアングル初の三館合同企画」を行っており、いずれかの半券を窓口へ持っていけば団体料金にて入場できる特典があります。私も現地でそれを知り、名古屋城天守閣での特別展の半券で200円割引で入場することができました。

 さて、この美術展の内容なんですが、正直大変なボリュームのある企画であり、どこから感想を書いていいのかとまどいます。一言でいうと、安土桃山時代というのは非常に短い期間ではあったものの、織田信長や豊臣秀吉といった天下人によってリードされた、きらびやかな時代だったということです。今回の展示では、並べてある様々な史料によって、その絢爛たる時代というものが浮かび上がってきたというのが印象的でした。
 
 展示の一番最初のブースでは、信長、秀吉、家康の紹介や、彼らに関係するお城の展示品も多くあったんですが、たとえば城の建物に使用された瓦。これ一つとっても、信長の城、秀吉の城、家康の城では違うんですね。信長の安土城跡から発掘された瓦には凹部に金箔がていねいに施されてあり、秀吉の大坂城や聚楽第などでは瓦の凸部に金箔が施されている。これで何がわかるかといえば、とにかく目立つ所に金箔を多用して、一見して豪華に見せたいという派手好みの秀吉の意向が汲み取れるわけです。
 そして伏見城に至ると、段々と使用された瓦も大量生産のせいか粗雑な物になっていくといいます。
 発掘された瓦は他所の博物館などで何度か目にしているんですが、これ一つとっても比較の仕方というか、観客への見せ方を工夫していたように感じます。

 第二部の方へ行くと、南蛮屏風や螺鈿細工の品々が多数並んでいました。その時代、ポルトガル人などキリスト教の宣教師たちが多数日本へやってきて、好奇心旺盛だった信長などはそれを許容したりしているわけです。
 この時代、初めて日本人が異国という存在を強く意識させられたのではないかと思いますが、文化の面でも異国の香りが持ち込まれます。出展されていた螺鈿細工はどれも400年前の物とは思えないほど保存状態が良くで、ライトに照らされ、まばゆい光を放っていました。
 このブースでは、華やかな物に惹かれるのか特に女性の方たちが熱心に見学されているのが印象的でした。

 そして最後のブースでは、織部や志野といった焼物が多数展示されていました。戦国時代後期は武士の間で「茶の湯」が流行していたわけですが、大名など上層階級でも当代を代表する千利休や古田織部といった茶人たちが推奨する焼物を所有するのがひとつのステータスとなっていきます。その流れは庶民階級にも波及して、志野や織部といった美濃焼が大量に流通していきます。
 しかし、大坂夏の陣の直後、古田織部が自刃した後、茶頭が小堀遠州に代わってしまうと、流行も一変し、あれほど流行った織部焼も一瞬のうちに廃棄され、瞬く間に忘れ去られていったのです。まさに栄枯盛衰とはこの事です。
 このブースでは、お茶や工芸などに関心のありそうな方たちが熱心に見入っていました。
 
 こうして見ていくと、安土桃山時代というのはある意味、バブリーな時代であって、短い歳月の間に成熟した文化のエネルギーが弾けて、放出されていたように感じました。やっぱり、大金ばら撒いてくれるスポンサー(信長や秀吉など)がいたからこそ、絢爛豪華たる文化が生まれたということでしょう。
 
  展示品も実に様々な所(個人、施設等)から出品された大掛かりな企画だったので、担当された学芸員さんの地道なご努力がひしひしと伝わってきた展示会だったと思います。歴史という観点のみならず、美術的なアプローチも秀逸でした。
 結局、私は2時間ぐらい展示室にいたんですが、全然時間が足りませんでした。
 自分の拙い文章ではなかなか充実した内容の展示をダイレクトにお伝えするのが難しいので、「百聞は一見にしかず」と申しますし、ぜひご自身の目で確かめていただきたいと思います。
 なお、先日展示替えがあったばかりなので、現在は後期の分の展示がされています。

 参考サイト 「変革のとき 桃山」展公式ホームページ


より大きな地図で 名古屋市博物館 を表示



   * * * * * * * * * * * *

 実は名古屋市博物館の中で、名古屋開府400年記念特別陳列「大坂の陣 -豊臣家の滅亡-」展というポスターを見てしまい、予定外でしたが、この後、急いで同展の会場である「秀吉清正記念館」という所へ出かけました。(続きをクリックしてください)
 名古屋市博物館から電車などを乗り継ぎ、かれこれ移動に40分くらいかかってしまいました。
 同館は地域の図書館の二階にある、小さな資料館でした。

DSCF6810.jpg

 狭い館内でもあり、予想していたより展示内容も地味なものでしたが、奈良県立美術館で所蔵している「伝・淀殿像」の原資料が見られたのでよかったかな、という感じです。そのほか、豊臣秀頼所用の陣中床机が目につきました。小規模ながら真面目な資料館だと思います。
 閉館が午後5時だったので、結局見学できたのは正味25分程度。この周辺に秀吉や加藤清正関連の史跡もあるようだったが、また次の機会に。急いで名古屋駅へ戻り、新幹線で帰京しました。

 参考サイト 「大坂の陣 -豊臣家の滅亡-」展

 これで、やっと名古屋は終わりです。ふう…(-。-;)次、北陸の旅にやっと移れそうです…。


より大きな地図で 秀吉清正記念館 を表示


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テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

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10年くらい前に名古屋城に行ったのですが、ひなまつりが展示されていた事しか記憶に残っていません。
六文銭さんの記事を見て、つくづく私は修行が足りないと反省しています。

本当に六文銭さんは、深い知識をもって見ておられますね。
これから、勉強させていただきます・・

merry様

こんばんは。コメント有難うございます。

名古屋城ですが、私も始めて行ったときはただひたすら広いな・・・というのが正直な感想でした。
あと、天守閣が現存でなくコンクリート復元でがっかりした記憶があります。みんな、最初はそんなもんじゃないかと(汗)
私も他所の方のブログ、ホームページ等で学ぶことも多々ありますよ。ひとつひとつ、歴史の勉強を深めていければいいですよね。好きでやっている事は覚えも早いといいますし。
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