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西教寺(一)  光秀とその妻の物語

 聖衆来迎寺を出て、車で明智光秀一族の墓があるという天台真盛宗総本山・西教寺(大津市坂本5-13)へと向かう。

西教寺山門

 同寺の総門であるが、実は坂本城から移築されたものだという。なかなか堂々たる門である。
 総門をくぐり、登り坂の上方に本堂や明智一族のお墓がある。

明智光秀一族の墓

 墓の案内板によると、本能寺の変の後、山崎の合戦に敗れた光秀は敗走途中、伏見の小栗栖という場所で土民によって殺害され、彼の遺骸は運命を共にした明智一族の者達と共にここへ葬られたと記されている。
 
 主君に刃を向けた「逆臣」光秀は、封建社会にあっては大罪人であった。光秀の近親者は多くが討死、あるいは坂本城と運命を共にしたが、かろうじて生き延びた縁者たちは謀反人・光秀に関する情報を徹底的に消し去ろうとしたのである。
 やがて、江戸時代に入り、徳川幕府によって儒教が奨励され、忠孝の重要性が説かれた時代にあっては、歴史の闇の彼方に光秀の実像は葬りさられていった。
 だから、光秀はその生年すら今となっては判然としないのである。(大阪岸和田市にある本徳寺に有名な光秀のものとされる肖像画があり、描かれた人物は壮年期の武士である。しかし、最近の研究では、本能寺の変時、光秀は60代後半の老年であったとの指摘もある)
 すでに老境に差し掛かっていた彼が、突発的に謀反をおこしたのは何故だったのだろうか…。よほど、切羽詰った状況にあったのだろうか。
 本能寺の変の真相も、今もって喧々諤々の議論があって、結論が出ていないのだ。

 このように、西教寺は光秀の生きた証を現在に伝える重要な場所といえる。

 光秀一族の墓の左側の隅っこには、光秀正室の煕子のお墓がある。

DSCF5533.jpg

 煕子は妻木範煕の女といい、それ以外の詳細は不明である。光秀の「糟糠の妻」であり、光秀は側室も置かずに彼女をこよなく愛したといわれる。光秀との間に数人の子をなしたというが、そのうちの一人が有名な細川ガラシャ(珠)である。
 
 彼女の墓の傍らには、江戸時代前期の俳人・松尾芭蕉が詠んだ
「月さびよ 明智が妻の 咄せむ」

という句が刻まれた石碑があった。
 DSCF5503.jpg

 芭蕉が伊勢参詣の折、俳人の島崎又玄という者の家に泊まった。又玄の家は貧しかったが、又玄の妻女はつつましくも心を込めて芭蕉をもてなした。その妻女の健気な振る舞いに、芭蕉は「明智が妻」を思い起こし、もてなしの礼にと一句詠んだのである。

 夫・光秀がまだ仕官先も定まらず困窮していた頃のこと、煕子は連歌の会の費用が工面できない夫のために、自分の大切な黒髪を切ってそれを売り、金を用立てた。
 妻の思いがけない「内助の功」に光秀はいたく心をゆすぶられ、「50日の間に、そなたを輿に乗せてやろう」と誓い、はたしてその通りとなった、という逸話を芭蕉は知っていたのであろう。
 光秀と煕子の仲むつまじさがうかがえる話である。

DSCF5505.jpg

                           つづく

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tag : 有名人の墓(あ行)

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光秀の墓やら首塚やらと称するものは各地にありますが、やはりココが本物でしょうね。

大審問官様

> 光秀の墓やら首塚やらと称するものは各地にありますが、やはりココが本物でしょうね。

京都だか伏見だかに首塚がありますよね。敗残者のお墓って朽ちていくものが多いですから、こうして大切にされているのにはホッとしますね。
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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
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