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大老・酒井忠勝

 先月中旬、東京都新宿区にある「新宿区立歴史博物館」にて、『酒井忠勝と小浜藩矢来屋敷』という企画展を見てきました。

DSCF3786.jpg

 酒井忠勝(1587~1662年)という人は、三河譜代の名門・酒井家(雅楽頭系)に生まれ、徳川家康・秀忠親子に仕え、三代・家光の信任も篤く、老中、後に大老まで務めた人である。

 忠勝は牛込の地に下屋敷を構えていたが、周囲を竹矢来で囲まれていたため、やがて「矢来屋敷」と称されるようになったという。
 近年、屋敷があった土地の一部を発掘したところ、いろいろな出土物(茶碗など)が出てきたという。
 「生まれながらの将軍」である家光は、この牛込の屋敷へなんと100回も「御成」あそばしたという。
 家光はかねがね、自らの左腕が「知恵伊豆」と呼ばれた松平信綱なら、酒井忠勝は右腕だと語っていたんだとか。それぐらい、忠勝は家光から全幅の信頼を寄せられていたといっていい。
 
 酒井家は最初武蔵国川越城主だったが、後に若狭国小浜(福井県小浜市)へ転封となっており、新宿区と小浜市
と友好関係を結んでいるのが縁ということでの展示だそうである。(そういえば、小浜市といえば、アメリカのオバマ氏が大統領に当選したとき、大いに盛り上がっていましたよね 笑)

 あいにく、私は正直なところ、近世初期の頃についてはうといので、(´・ω・`)ふーんという感じになってしまった。残念ながら、こちらの予備知識が薄かったせいもあって、この展示から「酒井忠勝」という人の人物像がうまく浮かびあがってこなかった。
 徳川幕府成立初期の過程について知りたい人にはお勧めかもしれない。

 ただ、明治以降、小浜酒井家の宝物は何かの事情で流出してしまっているようで、展示の史料は酒井家伝来のものも勿論あったが、どちらかというと他所からの借り物が多かった印象である。(名門の家柄でも、明治以降はお家事情が大変だったに違いない)

 ちょうど出かけた日は夏休み中ということで、高校生や大学生くらいの若い見学者の姿がちらほらあった。当世流行りの「歴女」などが好むような有名な人物を取り上げているわけでもないのに、わざわざ見学にくる勉強熱心な若者がいて、感心した。

 なお、展示は今月19日(日)までとなっています。
 
 
 
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ジャンル : 学問・文化・芸術

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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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