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片倉小十郎景綱

 関ヶ原後の慶長七年(1602年)より、伊達政宗の腹心である片倉小十郎景綱(1557~1615)がこの白石に入ったことはすでに述べました。

 かれこれ二十数年前になりますが、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」を放映したとき、西郷輝彦さんが片倉小十郎役を好演されていたのが思い出されます。

 小十郎ですが、最近では戦国武将ゲームなどで、若い人々の間でも人気があるそうです。

 小十郎のような大名の家臣のことを、陪臣(バイシン)と呼ぶのですが、陪臣の立場でありながら武将として高い評価を受けているのは特筆すべきことかもしれません。

 小十郎は政宗が若年の折から近侍していたわけですが、数々の戦に出陣し、歴戦のツワモノとして主君、政宗を支えました。
 有名なエピソードですが、政宗の失明した眼球を、小十郎が小刀でえぐりとったという話が残っています。

 小十郎に関する史料を読むと、単に智略にたけていただけでなく、懐の深い、なかなかの人物だったようです。

 後に、豊臣秀吉が小十郎の才能を高く買い、スカウトしようとした話しが伝わっています。しかし、小十郎の政宗に対する忠義は揺るぐことはなく、すぐに固辞したということです。

片倉景綱の墓

 上の写真は片倉家の菩提寺「傑山寺」にある小十郎のお墓です。
 1615年(元和元年)、小十郎は59歳の生涯を閉じました。主君である政宗も、苦労を共にした重臣の死を心から悼んだと伝えられています。

 寺に小十郎の墓石はなく、背の高い一本杉が彼の墓標です。
 これは、万が一の時、小十郎の遺骸が敵に暴かれぬようあえて墓石を造らず、一本杉の下に埋葬したということです。
 墓の周囲は静寂に包まれており、私は墓標の元で静かに手を合わせました。

 なお、外観の写真を撮り忘れてきてしまったのですが、白石城に隣接した白石城歴史探訪ミュージアム(←カーソルをあてて、クリックするとリンク先へ飛びます)内で、大型ハイビジョンシアター「鬼小十郎帰るに及ばず」というのを上映していて、晩年の小十郎のエピソードを振り返ることができます。
 小十郎景綱の役は宍戸錠さんが演じられていました。案内役は「独眼竜~」で主演した渡辺謙さんです。
 
 片倉家については、まだまだ続きます。

りらっくま
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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り
ジャンル : 旅行

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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
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歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
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