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津久井城開城祭(墓参りイベント)

 先週の日曜日(6月22日)、早朝旦那に叩きおこされました。

 「今日神奈川の方で“墓参り”イベントやるみたいだよ」

 「・・・」
 この日は天気予報でも大雨だそうで、一日家で休養しようと思っていたんですが。
 あまり気のりしなかったのですが、慌てて身支度をして、出かけました。

 どしゃぶりの中、車を飛ばして現地へ到着。(言いそびれましたが、今年からやっと自家用車が来ました)

 神奈川県相模原市にある「神奈川県立津久井湖城山公園」
 その名が示す通り、ここには中世「津久井城」という城がありました。
 かなり広大な公園です。
 詳細については、以下のページにアクセスしてみてください↓
 参考サイト⇒津久井湖城山公園ホームページ
 津久井城9


  園内にある平屋建の研修棟でイベントが開催されました。
 「津久井城開城祭」今年で3回目を数えるそうです。
 聞いたところによると、昨年は園内の広場で大きなイベントをやったそうなのですが、今年は規模を縮小して開催とのこと。
 参加者は20人程度でした。
  津久井城1

 最初に公園の職員の方のガイダンスを聞く。
 「津久井城」は小田原北条氏の家臣であった内藤氏の城で、豊臣秀吉による小田原攻めの際に、徳川軍の本多忠勝・平岩親吉らに攻められ、あえなく落城したといいます。
 話してくれたのは若い男性職員でしたが、発掘された馬について話をしていたので、たぶん大学時代に考古学を専攻していたと思われます。
 津久井城2


 次に、「津久井衆甲冑隊」の方々による寸劇が行われた。
 この家老役の方は一行の中でもご年配だったが、風格があった。
 P6220339.jpg


 お殿様登場。
 津久井城4

 残念ながら数分で劇は終了。
 昨年のイベントでは1時間くらい野外で戦国絵巻を演じたそうです。
 男性の方たちは堂々としていたが、女性の方たちは少々照れがあったみたいです。たぶん、お殿様や家老の役の方は演劇経験のある方だと思われます。

 その後、相模原市教育委員会の学芸員さんから、津久井城の発掘調査について40分くらい話を聞きました。


 講演会終了後、いよいよ墓参りイベントです。
 出陣の法螺貝が吹き鳴らされる。
 津久井城5

 甲冑隊の方たちを先頭に、雨の中参加者は粛々と城下にある津久井城主・内藤氏の菩提寺へ向かう。
 津久井城6

 歩くこと、10分弱で「功雲寺」(曹洞宗)に到着。
 一同、津久井城主「内藤景定」の墓前に集まります。
 津久井城7

 寺伝や地元の伝承では、この中央の墓が「内藤景定の墓」と伝えられてきましたが、近年の研究だと、確実な史料に内藤景定という人物の名前は出てこないそうで・・・。
 最近では、「内藤大和入道―朝行―康行―綱秀―直行」の5代があったというのが定説になっているそうです。
 内藤氏の出自についてははっきりしないが、もともとは扇谷上杉氏の家臣だったらしいです。
 内藤景定墓
 内藤景定墓2

 お殿様役の方を筆頭に、墓前でお線香を手向けました。
 津久井城8
 津久井城11



 こうして、「津久井城開城祭」は無事終了しました。
 日頃、単独で墓参りをしていますので、このような「墓参りイベント」はとても新鮮でした。昨年の大掛かりなイベントに比べると地味なのでしょうが、個人的には墓参が出来たので満足です。
 甲冑隊の方たちも小規模でしたが、「もののふ」の気概が感じられて良かったです。
 公園職員の方たちも、わざわざ仏花と線香を用意するなど、墓参への細やかな配慮が感じられました。皆様、お疲れさまでした。

 津久井城址は曲輪の跡がよく残っているそうなので、晴れていたら散策したのですが、この日は朝から雨がひどかったので今回は撤収することにしました。
 また後日、リベンジしたいと思います。
 津久井城10

 
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テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

富岡工女も通った洋食屋さん(富岡で広がる絵手紙の輪)

 富岡製糸場を見学した後、近隣地区の史跡巡りなどをしていたところ、いつの間にか夕方になってしまいまして。
 近くの道の駅で食事でもと思ったら、18時で終わっていた。。。
 この辺りは昔からの観光地でもないので、店じまいが早いですね。

 仕方がないので、富岡の町へ戻ります。グルメ情報をネット検索して、ちょっとよさげなお店があったので行ってみることに。

 和洋レストラン「新洋亭」 大正14年創業の老舗
 その昔、富岡製糸場の工女さんたちもこの店に通ったのだとか。
 新洋亭1


 ネットの情報だと、こちらのお店は「かつ丼」がおすすめだというので、注文してみました。
 かつ丼というので、普通の卵とじのかつ丼を予想していたら、違ってました。ソースかつ丼でした。(実は私、ソースかつ丼は苦手なんですね~)
 甘辛ソースの丸いとんかつが3個ごはんの上にのってます。ちょっとボリュームがありすぎましたが、それなりに美味しくいただけました。お新香、ひじき煮、味噌汁付。
  新洋亭2


 旦那は季節限定の、冷やし中華とミニかつ丼のセットを頼んでました。冷やし中華は具だくさんで、おいしかったそうです。私もこちらにすればよかったかな。
  新洋亭3

 愛想のいい店の奥さんが話しかけてきました。なんでも、奥さんは絵手紙の会?を主宰されているそうで。。。富岡から絵手紙の輪を広げていこうという活動をされているという話でした。上信鉄道の車内や、富岡市内の商店などで絵手紙の展示をされているそうです。

 店内の壁には、ご本人や仲間の方が描いたという絵手紙がたくさん貼ってありました。
 新洋亭4
 新洋亭5

 やはり、富岡製糸場の世界遺産登録を喜ぶ内容の絵手紙が多かったです。みなさん、思い思いに、のびのびと描いておられます。

 
 食事が終わる頃、温かいお茶を出してくださったり、対応も良かったです。お土産にと、絵手紙を2枚いただきました。(有難うございます)
 アットホームな雰囲気で、また寄ってみたくなるお店でした。

 
 【お店情報】
 新洋亭  富岡市富岡1412  電話0274-62-0270  定休日等の詳細はお問い合わせください




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テーマ : こんな店に行ってきました
ジャンル : グルメ

【祝・世界遺産正式登録】富岡みやげ&富岡工女の墓

 本日、中東カタールの首都、ドーハで開催中のユネスコ・世界遺産委員会は、群馬県富岡市にある「富岡製糸場と絹産業遺産群」世界遺産として正式登録すると決定しました。日本を除く20か国のうち、実に18か国の委員国が世界遺産登録への賛意を表明したということです。おめでとうございます。

 富岡4

  つづき

 富岡製糸場を見学後、近所をぷらぷらしてみることにしました。
 製糸場の正面のメインストリート沿いに、「和風絹しゅうまい」の看板を掲げている店があったので、入ってみることに。
 信州屋(もともとは旅館を営んでいたとか)
 信州屋


 イートインでいただけるというので、2人前頼んでみました。
 信州屋・絹しゅうまい

 シルク入りだというしゅうまいは上品な味で美味しかったですが、一緒に出てきたお茶がほんの申し訳程度の量(数ml)だけで、あまりサービスが良くなかったのが残念。


      ***************************

 
 その後、近所の土産物屋でお土産などを買った後、近隣で車を走らせていたところ、とある寺の門前に下のような看板を見つけました。「旧官営 富岡製糸場工女 墓 (後略)」と書いてあります。これは立ち寄らないわけにいきません。
   龍光寺3

  龍光寺(富岡市富岡1093)
 龍光寺(富岡市)

  「絹ひとすじに生きた青春! 異郷に散った若い生命(いのち)を讃えましょう」
   龍光寺2


  明治7年から同34年までに亡くなられた工女さんたちの墓。
 富岡工女の墓1
 富岡工女の墓2
 富岡工女の墓3

 各地よりうら若き乙女たちが、それぞれ夢と希望を抱いて工女になるべく富岡へやってきたはずですが、志半ばにして病に倒れた女性たちも少なくなかったようです。
 世界遺産登録を目前に、墓前で名もなき工女たちの冥福を祈りました。
 どうか、お時間のある方はぜひ墓参していただき、若くしてこの世を去った女性たちに思いを馳せていただきたいものです。



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テーマ : 史跡
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いよいよ、世界文化遺産正式登録へ!富岡製糸場(後)

 すみません。10日くらい前に主人の家族に不幸があったり、仕事が押してしまい、更新ができませんでした。


 繰糸場 (重要文化財)
 富岡a

 「繰糸場」は、繭から生糸を取る作業が行われていた場所です。操業当時はフランス式の繰糸器300釜が設置されていたとのこと。※現在は昭和40年代に設置された自動繰糸機が保存
 富岡b
 繰糸場は内部を一部見学できます。建物は「トラス構造」という建築工法で建てられました。3年前の東日本大震災でもびくともしなかったとか。上方には採光のためガラス窓が多く設置されていますが、そのうち地震で割れたのはたった2枚だけだったそうです。

  横田英
  上の写真の女性は富岡製糸場で工女として働き、後に富岡製糸場での日々を綴った『富岡日記』を著した和田英(旧姓・横田)です。彼女は松代藩真田家の家臣の娘でした。長野市松代町に生家が残っています。当時、工女となった女性は和田英のように、士族の娘も少なくなかったそうです。

 ブリュナ館(重要文化財)
富岡c
 製糸場の指導者として雇われたフランス人「ポール・ブリュナ」が家族と暮らしていた住居。高床で回廊風のベランダがある洒落た洋館ですね。
 内部見学不可ですが、床下には建設当時造られた煉瓦造りのワインセラーがあるそうです。戦時中は防空壕代わりに使用されていたと、最近放映されたNHK「歴史秘話ヒストリア」でやっていました。


 女工館(重要文化財)
 富岡d
 日本人工女に、器械による糸取の技術を指導するために雇われたフランス人女性教師のための住居。
 フランス人女性教師ですが、日本の気候に体質が合わず、病気になったりして早期帰国してしまったそうです。。。


 検査人館(重要文化財)
 富岡h
 生糸の検査を担当したフランス人男性技術者のための住居。
 2階には、皇族や政府の役人が訪れた際に使用された「貴賓室」が当時の状態であるそうですが、現在は事務所として使用されており、内部見学不可。

 乾燥場
 富岡e
 大量に買い入れた繭を乾燥させていた場所だったそうですが。。。
 今年2月の大雪で、倒壊してしまい、ぺしゃんこに・・・(泣) いずれ復元する予定とのこと。


 煙突
 富岡f


 西繭倉庫(重要文化財)
 富岡g
 東繭倉庫と同規模。

 
 さて、来る6月20日~21日に、現在中東カタールの首都ドーハで開催中のユネスコ世界遺産委員会で富岡製糸場の世界文化遺産への登録が正式に決まる見通しとなっています。
 以上見てきたように、歴史的建造物として高い価値があり、保存状態も良好な富岡製糸場ですが、まだ一般公開されている範囲も狭く、登録後も色々とクリアすべき課題も少なくないでしょう。
 このほか、同時登録予定の、「富岡製糸場と絹産業遺産群」の内「荒船風穴」、「高山社跡」、「田島弥平旧宅」の三か所へもぜひ足を運んでみたいと思います。
 

 【参考図書】
 
富岡製糸場と絹産業遺産群 (ベスト新書)富岡製糸場と絹産業遺産群 (ベスト新書)
(2014/03/08)
今井 幹夫

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富岡日記 (《大人の本棚》)富岡日記 (《大人の本棚》)
(2011/02/18)
和田 英

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テーマ : 歴史
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【祝・世界文化遺産登録内定】富岡製糸場(前)

 すでに大きく報道されたためご存じの方も多いと思いますが、ユネスコの「世界文化遺産」登録が内定した群馬県富岡市にある、「富岡製糸場」へ行ってきました。
 実はかなり前から一度行ってみたいと思っていたんですが、なかなか機会がなく、今回やっと行くことができました。

 富岡製糸場は明治5年(1872年)、明治政府が近代化政策の一環として、最初に設置した官営模範器械製糸場です。
 当時、生糸は我が国の重要輸出品目であり、同製糸場は生糸の質と量の向上のため、殖産工業振興に大きく貢献しました。
 時代の趨勢と共に、生糸産業は斜陽となり、昭和62年に操業を停止しますが、最後のオーナーだった片倉工業の当時の社長さんが、この施設の保存を決め、毎年約1億円をかけて大切に管理してきました。その後、平成17年(2005年)土地と建物が富岡市へ寄贈され、現在に至ります。

 数年前から富岡市はユネスコの世界文化遺産への登録を推進してきましたが、今年4月、ユネスコ諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)が、本県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」について世界文化遺産への「登録」を勧告し、今月15日、カタールの首都ドーハで開かれるユネスコ世界遺産委員会で、登録が正式決定する見通しとなっています。
 関係者の話によると、こんなに早くイコモスの勧告がなされるとは思わなかったそうで、予想外のスピード登録ということで地元では喜びの声にわいています。

 富岡製糸場正面入り口  
 富岡1
 
  富岡10


  オープン前30分には到着しましたが、すでに長蛇の列ができていて、驚きました。
 富岡2


 敷地面積 53,738平方メートル(16,255坪)かなり広いです!ただ、現在のところ、見学者が立ち入れるところはまだ限定的です。
 富岡9


 午前9時30分に開門。入場料を支払い、中へ。希望者はガイドツアーの解説を聞くことができます。
 現在、入場者数がうなぎ登りで、ガイドさんの数を増やして対応しているそうです。


 まず正面にある「東繭倉庫」 赤レンガが印象的な2階建て建物です。木の骨組みに、壁に煉瓦を積み入れて造る「木骨煉瓦造」で建てられました。煉瓦という西洋の新しい材料を取り入れながら、屋根は伝統的な日本瓦で葺くなど、日本と西洋の建築技術の融合が見られます。
 1階は事務所、作業場として使用され、2階には乾燥させた繭を貯蔵していました。
 隣町の甘楽町の瓦職人が試行錯誤しながら焼いたというレンガ。2011年3月の大震災ではびくともしなかったとか。
 富岡4

  東繭倉庫入口。アーチ型入口の上方を見てみると。。。
 富岡3


  「明治五年」のプレート。歴史を感じます。
 富岡5


 建物の1階内部は公開されており、展示室と土産スペースがあります。
 富岡7

  繰糸器の復元機 日によっては、当時の作業のデモンストレーションも見ることが出来るらしいです。
 富岡6



 東繭倉庫の右手手前にある石碑。明治6年(1873年)、明治天皇御嫡母・英照皇太后と明治天皇皇后・昭憲皇太后が行啓されましたが、その70年後の昭和18年(1943年)に記念碑が建てられました。
 昭憲皇太后はその折、「いと車とくもめぐりて大御代の 富をたすくる道ひらけつつ 」という御歌を詠まれました。
 富岡8


   写真が多いので、後篇に続きます。。。


 <参考図書>
 
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NHK大河ドラマ 「軍師官兵衛」展(江戸東京博物館)

 お久しぶりです。
 しばらくブログをさぼっていたら、「スポンサーサイト」がトップに来ていたので、少しだけ更新です。

 東京・両国にある江戸東京博物館で、NH大河ドラマ「軍師官兵衛」展を開催中なので、さっそく行ってきました。

 「軍師官兵衛」展

 でも・・・。
 実はこのわたくし、現在放映中の大河ドラマのほうは第5話くらいで早々に脱落しました。

 今、有岡城攻めぐらいのところですかね?少々、ペースが遅すぎやしないでしょうか。

 ところで展示のほうですが、なかなか貴重な史料が来ており、まとまっているという印象です。


 展示の詳細な部分は時間がないので書きませんが、官兵衛の人生は他の同時代の武将と同様、局面においては常にギリギリのところでの「選択」を迫られていたこと、また家臣団がしっかりしていたこと、親父(孝高)から息子(長政)へのリレーがうまくいったことが、近世大名としての確立につながったのだということがよくわかる内容でした。

 あと、ちょっと小ネタを書いておくと、「官兵衛」は当時は「かんべえ」とは言わず、「かんびょうえ」あるいは「かんぴょうえ」と呼んでいたらしいですね。
 また、今回官兵衛と息子の松寿(長政)の恩人である竹中半兵衛ですが、彼についてはほとんど同時代の史料が残っていないんだそうです。

 国宝、重要文化財級のものが主に黒田家関係史料の所蔵先である福岡市博物館から来ていましたが、ただ残念だったのは、官兵衛が織田信長から賜ったという名刀「圧切(へしきり)長谷部」(国宝)は来ていなかったです。多分、この後福岡市博物館へ巡回する同展では出展されるだろうと思われます。
 例年なら福岡へ遠征しようか、というところですが、今年は諸事情で難しいかも。

 
 ↓会場の雰囲気がわかる動画↓ 官兵衛が家臣の栗山利安に下げ渡した、合子の兜のオリジナルが盛岡から来ています。
 
 (※リンク切 ご容赦ください)

 ところでドラマのほうですが、関西ではそこそこの視聴率らしいですが、関東では低いらしいですね。やっぱり、自分なども播磨近辺の土地勘がないので、いまいちピンと来ないんですよね。

 個人的には、昨年の「八重の桜」の方がキャスティング、ストーリー等良かったような気がします。


 展示は7月13日(日)まで。


 
 参考サイト 江戸東京博物館HP
 

 
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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