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名城ふたたび ようこそ姫路城(兵庫県立歴史博物館)

兵庫県立歴史博物館


 開館30周年特別展「名城ふたたび ようこそ姫路城」(12月1日まで)

 【展示趣旨】
 姫路城大天守の平成修理が進行する中、もうすぐ白鷺にたとえられる美観が人々の前に甦ろうとしています。

 この特別展では、当館の開館30周年記念事業として、姫路城が今日見る姿へ至る過程の検証や、日本を代表する名城としての城郭史上の意義、さらに、姫路城を文化財として守り続けてきた人々の想いや高度の技術力など、姫路城の魅力を多方面から再発見する場といたします。姫路城をメインテーマにしたエピソードの数々をお楽しみください。



 現在、大がかりな修復工事中の姫路城。(←今回も時間切れで中に入れなかった 泣)
 姫路城2013


 世界遺産となった姫路城の歩みをふりかえった展示です。とくに、戦前からの大規模な修理となった「昭和の大修理」に焦点をあてています。多くの人々の尽力により、貴重な「現存天守」の城として、今日まで守られてきた過程がわかります。
 姫路城は日本の誇りです。今週末で会期終了ですので、ぜひご覧になってみてください。
 また帰宅してから追記するかもしれませんが、第二次世界大戦中、姫路空襲の際に、姫路城の天守に焼夷弾が落ちていた!という事実を今回の展示で初めて知りました。しかし、不発だったため焼失をまぬがれたそうです。
 このことは今回初めて知りましたので、特記しておきますね。



                           ※図録あり


 参考サイト 兵庫県立歴史博物館HP

 

 
 明日からまた西国へ遠征しますので、すみませんが3~4日間くらい休ませていただきます。

 
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動乱!播磨の中世(兵庫県立考古博物館)

 兵庫県加古郡にある、兵庫県立考古博物館では現在、特別展「動乱!播磨の中世」を開催中です。(12月1日まで)

 動乱!播磨の中世2

 【展示趣旨】
 兵庫県の中世史を語るうえで欠くことのできないものに播磨国守護赤松氏があります。
 赤松氏は円心則村(1277~1350)の時、後醍醐天皇の命に応じて鎌倉幕府倒幕に尽力し、後には足利尊氏に従って室町幕府の成立に果たした多大の功績により嘉吉の乱後の一時期を除いて戦国時代に至るまで播磨国守護として君臨します。
 一方、戦国時代末期の播磨に赤松氏の陪臣の子として生まれた黒田官兵衛孝高(よしたか)は、羽柴秀吉の軍師として縦横に知略を巡らし、やがては天下人秀吉さえも恐れさせた播磨が生んだ英雄です。
今回の展覧会では、赤松氏ゆかりの遺跡から出土した発掘資料や伝世資料を通して、円心に始まる南北朝時代の赤松氏の台頭から戦国時代末期の黒田官兵衛の登場と赤松氏の滅亡までをたどります。


 
 中世の城に関する展示と聞き行ってきたのですが、兵庫県内は中世の遺跡、とりわけ城跡が非常に多いそうなんですね。
 ただ、展示品は発掘資料(かわらけとか磁器など)が中心で、あまり点数も多くなかったので、正直なところ「うーん」というか、ピンとこなかったです。こちらに土地勘がないというのもあろうかと思います。
 来年の大河ドラマの主人公「黒田官兵衛」にも触れられてますが、ほんのちょっとだけでした。残念ながら黒田関係のネタは仕入れることができませんでした(苦笑)。


 ところで、この日、展示に関連したイベント「三木合戦図絵解」というのをやっていたので見てきました。

 動乱!播磨の中世1


 天正6年(1578年)に織田信長から播磨国の平定を命じられた羽柴秀吉は、信長から離反した別所長治が立て籠もる三木城を兵糧攻め(いわゆる「三木の干殺し」)にし、2年近くにわたる興亡の末、天正8年(1580年)に落城させました。
 
この戦いの様子を大きな3つの画面に描いた「三木合戦絵図」というものが後世制作され、別所家の菩提寺である法界寺では毎年4月に長治の法要が営まれ、追善供養のために合戦絵図に描かれた各場面を語る「絵解き」が行われています。

 「絵解き」は代々、同寺の檀家で、かつて別所家の家臣だった者の子孫たちが口伝で語りついできましたが、現在それを継承する生田淳仁さんという方が今回この催しのために特別に語ってくださることになりました。
 
 生田さんは文語調の、淡々とした語り口で三木合戦の模様を語りましたが、それがかえって哀切な響きを感じさせ、集まった人々は皆静かに聞き入り、400年前の戦いの様子が目に浮かんだのではないでしょうか。
 400年もの長きにわたり、滅びゆく「もののふの心」を伝える貴重な伝承話を伺うことができ、幸いでした。
 三木城にはまだ行ったことがないので、何かの折に行ってみたいものです。
 会期中、館内で私が拝見した「絵解」のビデオを放映しているとのことです。

  ※ 当日の「絵解」の模様(同館スタッフブログより)


 なお、同館は学芸員の人が熱心で、私はあいにく参加できませんでしたが、展示解説なども熱心にされているということでした。(聞いていれば、もう少し展示について理解が深まったかも)
 また対応も丁寧で良かったです。今後機会があれば再訪したいと思います。

 

                                      ※図録あり


 参考サイト 兵庫県立考古博物館HP



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【訃報】ゴン太くん死去

     ゴンタ2


 NHK教育テレビ(当時)の人気長寿番組だった「できるかな」に登場した「ゴン太」の中の方が亡くなったそうです。

 参考サイト 「できるかな」の「ゴン太くん」役人形劇俳優の井村淳氏死去(産経新聞)


 井村淳氏(いむら・じゅん=人形劇俳優、演出家)21日、敗血症のため死去、81歳。葬儀・告別式は近親者で行い、後日、送る会を開く予定。喪主は妻、石井マリ子(いしい・まりこ)さん。

 NHK教育テレビの子供向け番組「できるかな」に登場するキャラクター「ゴン太くん」を演じた。



 
 いやいや、そんなベテランの方がさなっていたとは。。。また、「できるかな」が私が生まれる前から放映していたというのにも驚きです。小学生くらいまでいつも楽しく見ていましたし、時々番組内で紹介された工作みたいのもやってみたものです。

 ところで、ゴン太くんのあの「ンゴンゴ」という声は「クイーカ」というブラジルのサンバ等の音楽で使用する楽器で出しているんです。
 だいぶ前にクイーカを手にすることがあり、ゴン太くんの声が出せてちょっと感動したことが思い出されました。
 半胴のドラムみたいなものの中にたけひごが通してあり、それを濡れた布でしごくとあの音が出せるんです。

 ようつべにデモ映像があったので、掲載しておきますね。
 




 長きにわたり、たくさんの子供たちを楽しませてくださって有難うございました。



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覚馬&八重 (by Panasonic)

 先日、山手線に乗っていたら、車内中パナソニックの広告で埋めつくされていた。

 そして・・・おなじみの顔が。
 パナソニック広告

 山本覚馬&八重 兄妹です。パナソニックもうまく考えたものですね(笑)

 「兄つぁま!」
 「八重、なじょした?」

 二人の会話が聞こえてきそうです。

 それにしても、あと少しで「八重の桜」も終了、山本兄妹ともお別れなのがさびしいです。

 残念ながら視聴率は低空飛行でしたが、綾瀬さん、西島さんお二人の演技は好感のもてるものでした。1年間お疲れさまでした。

 
 参考サイト Wonders! 家電トレイン(パナソニックサイト内)
 


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鶴ヶ城(会津若松城)を守った男・・・遠藤敬止の墓

 仙台市内の墓めぐり続きです。


 遠藤敬止(1851~1904年)の墓
 遠藤敬止の墓

 会津藩士。幕府開成所にて英語を学ぶ。
 会津戦争では鶴ヶ城籠城に参加するが、敗戦後は捕われの身となる。
 赦免の後、慶応義塾で経済学、簿記学を学ぶ。
 その後、実業界に入り、渋沢栄一の推薦により仙台の七十七銀行頭取に就任。また、仙台商工会議所初代会頭となる。
 明治23年新政府によって鶴ヶ城が競売に付された時、私財2500円(現在だと数億円)もの大金をなげうって落札、松平家へ献上した。
 (後に城址は松平家より会津若松市へ売却された)

 会津若松城




 鶴ヶ城が今あるのは、この方のおかげなのです。
 ですから、彼の功績を讃え、城址には「遠藤敬止翁頌徳碑」があります。
 遠藤敬止頌徳碑


 遠藤敬止の墓の手前には、弟の遠藤嘉龍二の墓があります。
 会津戦争時、嘉龍二は白虎隊寄合1番隊として出陣しますが、喜多方熊倉で負傷。その傷が元で若い命を落としました。
 なお、彼の墓は会津の飯盛山にもあります。
 遠藤嘉龍二の墓


 うちの主人のご先祖は寄合2番隊でしたので、おそらく遠藤家と同等クラスの家格だったと思われます。
 「お城を守っていただき、どうも有難うございます」
 主人と共に、遠藤兄弟の冥福を祈りました。


 
  充国寺(仙台市青葉区新坂町17-1)




  関連記事 飯沼貞吉の墓

 
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【速報】2015年度NHK大河ドラマは、「吉田松陰の妹」!? (゜Д゜;)

 今日の昼間、たまたまニュースサイトを見たところ、再来年(2015年)のNHK大河ドラマのテーマは、
「吉田松陰の妹」で、主演は女優、井上真央さんに内定したとか。


   工エエェェ(´゚д゚`)ェェエエ工 工エ

 先ほど帰宅したうちの主人(←大河ドラマファン)に伝えたところ、絶句してました。。。(><)ナンジャソリャ!?

 新島八重以上に世間的には無名のヒロイン。
 はたして、これで1年間持つのでしょうか?
 「八重の桜」ですら、低視聴率で苦戦しているというのに。。。


 ところで、まだ正式発表はしてないですが、井上真央さんが演じる予定の役は、吉田松陰の妹で、久坂玄瑞の奥さんになった人です。久坂と死別の後、松陰と交友の深かった楫取素彦(初の群馬県令、男爵)に再嫁しました。

 3年前に書いた「久坂玄瑞の首」という記事が今日になってアクセス数が伸びてたので、いぶかしく思っていたのですが。。。(この記事で、少しだけ久坂玄瑞の女性関係に触れています)

 今から申してはアレですが、「八重」の2番煎じになりそうな予感です。。。いったい、どのようなドラマを目指しているのやら。。。無名の女性を無理やり歴史ドラマの主人公へ仕立て上げるのって、どうなんでしょう。
 また、「八重の桜」で会津を取り上げたので、それに配慮してというかバランスをとって、今度は長州、といった感じがしないでもないです。

 大河ドラマよ、いったいどこへ行く!?




 

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伊達竹松丸・志賀潔・今村均の墓(仙台・輪王寺)

 飯沼貞吉の墓 のつづき


 仙台市、金剛宝山・輪王寺には白虎隊士、飯沼貞吉の墓のほか、以下の方々の墓もあります。


 伊達竹松丸(右)、および愛姫母堂の墓

 竹松丸は仙台藩主、伊達政宗と正室・愛姫の間の息子さんで、7歳にて夭折しました。
 また、左側の古い墓石は田村清顕夫人で、愛姫の母親の墓です。
 伊達竹松丸の墓

  関連記事 伊達政宗の墓 瑞鳳殿
  


 志賀潔の墓

 志賀潔(1871~1957年)は医学者、細菌学者。赤痢菌の発見者として有名。
 生家は仙台藩士の家系で、養子先の志賀家は仙台藩医の家系だそうです。
 志賀潔の墓

 

 今村均の墓

 今村均(1886~1968年)は陸軍軍人で、最終階級は陸軍大将。仙台藩士の家に生まれる。
 開戦後の昭和17年(1942年)、第16軍司令官としてオランダ領東インド(現インドネシア)に侵攻し、制圧。寛容な軍政を敷き、後のインドネシア独立へとつながりました。
 同年11月には第8方面司令官としてラバウル(現パプアニューギニア)に着任。自給自足体制と地下要塞を築き、敗戦まで他国の侵攻を受けることはありませんでした。
 戦後、今村は戦犯として裁かれ、禁固10年の判決を受け、巣鴨拘置所へ送られます。しかし、戦犯として訴追、拘束されているかつての部下たちを救うため、マヌス島収容所行を自ら希望し、連合国軍司令官マッカーサーへマヌス島送りを直訴。マッカーサーをして、「真の武士道をみた」といわしめました。
 多くの軍人の中でもとくに高潔な人物として知られ、死後も彼を慕う旧軍関係者らが墓を訪れていたそうです。

 
 今村均の墓



 同寺は檀家が多く、したがって墓も多いため、檀家優先、マナーを守って参詣しましょう。

 
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「白虎隊生き残り」飯沼貞吉の墓

 ここ3年くらい、宮城県仙台市内の史跡巡り・・・とくに墓めぐりを強化しております。

 仙台市青葉区北山というところに「北山五山」といわれる古刹の寺が5軒東西に連なっている場所、すなわち寺町があります。仙台藩主、伊達政宗は北山の丘陵に多くの寺を配置し、有事の際の防御施設としての役割を担っていました。

 そのうちのひとつに、金剛宝山輪王寺(曹洞宗)という寺があります。

 輪王寺

 輪王寺は嘉吉元年(1441年)、伊達家九世政宗(※戦国時代の伊達政宗ではありません)の夫人「蘭庭明玉禅尼」の所願により、十一世持宗が太菴梵守和尚を開山として、伊達郡梁川(現・福島県)に創建されました。
 その後、伊達家の居城の変遷に伴い寺も6回引っ越しをして、慶長年間に仙台の地に置かれました。
 伊達政宗・愛姫夫妻の夭折した息子さんの墓や伊達家の姫君の墓もあり、伊達家とは縁の深いお寺といえるでしょう。

 ところで、こちらの寺に「白虎隊の生き残り」である飯沼貞吉の墓があるというので、昨年参詣いたしました。(天気があまりよくなくて、写真が暗いですがお許しを)

 飯沼貞吉の墓1


 飯沼貞吉は飯盛山で自刃した白虎隊士中2番隊の少年たち20名の中で、唯一生き残りました。
 貞吉は喉に刃を突き立てたものの、死にきれずにいたところを会津藩士の妻に助けられ、長岡藩軍医により手当を受けた彼は一命を取り留めました。
 維新後の貞吉は、「貞雄」と名を改め、明治5年(1872年)に工部省(後に逓信省)に入り、電信技師の道を進み、各地を転々とします。明治43年(1910年)には仙台逓信管理局工務部長に就任、日本の電信電話の発展に貢献しました。
 大正2年(1913年)60歳で退官した後も仙台に住みつづけ、昭和6年(1931年)に亡くなりました。享年77。


 戒名は「白巖院殿孤虎貞雄居士」
 飯沼貞吉の墓2


 生前、貞吉(貞雄)は会津戦争や白虎隊について、ほとんど語ることはなかったといいます。


 ところで、輪王寺の墓域はとても広くて、お墓を見つけるのに苦労しました。
 方々見てまわり、あきらめて「お寺の方にお尋ねしよう・・・」と思ったら、うちの主人が見つけました。本堂裏のかなり奥まったところに飯沼家の墓はありました。
 先述しましたが、うちの主人のご先祖様も「白虎隊」の寄合隊(士中隊よりも家格が下)の生き残りでしたので、何か引き寄せられるものがあったのかもしれません。


  戦に出る直前、母ふみが貞吉に送った和歌
 梓弓むかふ矢先はしげくとも  ひきなかへしそ武士(もののふ)の道


 仲間と共に死ねなかったことをおそらく終生悔いたであろう貞吉ですが・・・
 「あなた様は立派にもののふの道を貫きました」
 貞吉の墓前にて、主人と共に貞吉の冥福を心から祈りました。
 彼のために念のため書いておきますが、実は全白虎隊の約8割の人たちが生き残っております。(うちの主人のご先祖様もそうですが)


 なお、昭和32年(1957年)戊辰戦争90年祭の時に関係者の手によって、飯盛山にも貞吉の供養墓が建てられました。


 大河ドラマ「八重の桜」ですが、もう少し他の会津藩士の人々のその後を描いてほしかったですね。
 現在は同志社と山本家のお家事情だけのストーリーになってしまいましたので。


      伊達竹松丸・志賀潔・今村均の墓 へつづく


関連記事 鶴ヶ城(会津若松城)を守った男 遠藤敬止の墓
       山川浩(大蔵)の墓 (※母方の従兄)



  参考サイト 金剛宝山輪王寺HP (仙台市青葉区北山1丁目14−1)



  飯沼貞吉のご子孫が書かれた本↓
 
白虎隊士飯沼貞吉の回生 第二版白虎隊士飯沼貞吉の回生 第二版
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飯沼 一元

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白虎隊 (文春新書)白虎隊 (文春新書)
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【駅弁】独眼竜政宗辨當(JR仙台駅)

 結局、今年仙台へは計5回行ったのですけれども、帰りの新幹線での楽しみはやはり駅弁です。
 JR仙台駅は大きい駅ですので、駅弁売店にも色々お弁当が並んでいるのですが。。。
 選んだのはコチラです。

 独眼竜政宗辨當(1000円) (調整元 ㈱こばやし)
 掛け紙には、甲冑に身を包んだ伊達政宗の肖像が描かれています。
 独眼竜政宗弁当1


 実は、以前からこの駅弁を狙っていたのですが、帰路に着く頃売店へ行くと、いつも売り切れでした。
 店員さんに聞いたところ、他の弁当よりも入荷数が少ないということで、それ以来仙台へ行く際は前もって予約するようにしています。

 独眼竜政宗弁当2


  おむすび3種(白飯、くるみおこわ、味噌)、焼魚(銀鮭)、鶏照り焼き、笹かまぼこ、梅酢レンコン、煮物(帆立、人参、蒟蒻、牛蒡、絹さや)、牛肉甘辛煮、こごみのごま和え、紅大根、仙台長茄子、栗、銀杏

 上の写真でわかるように、おかず類が豊富ですし、素材には宮城産のものを使用しているそうです。
 ボリュームもありますし、味付けもGOOD! 100点満点中、90点以上はつけてあげたい駅弁です。

 仙台へ行かれた際はぜひご賞味ください。弁当を味わいつつ、「もののふの心」を感じましょう♪

 
 関連記事 【駅弁】支倉常長弁当“進路は東”(JR仙台駅)



 
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中世の古文書~機能と形~(国立歴史民俗博物館)

 千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館では、現在企画展「中世の古文書~機能と形」を開催中です。(12月1日まで)

 中世の古文書~機能と形


 【展示趣旨】
 文書は、歴史を語る史料として欠かせないものです。文字史料であることから、まず書かれた内容が注目されますが、しかし文書が表現している意味はそれだけではありません。様式や、文字の書き方、素材、大きさなど、果たすべき機能や相手との関係を反映したさまざまな意味が盛り込まれ、歴史的に変化し続けており、物資料としても魅力にあふれています。

 また、文書は、その内容が伝達された時にだけ意味があるのではなく、それが保存され伝来する過程でも、存在し所持されることによって二次的な機能を果たしました。

 このような、さまざまな「機能と形」に注目して、今日に伝来した中世文書の総合的な展示を行います。
 これまでにも中世文書の展示はありましたが、多くは、「○○家文書」「○○寺文書」のような、特定の武士の家や寺院に伝わった文書群を単位として扱ったものでした。しかし、それでは中世文書の全体像や、バラエティーに富んだ面白さ、そして歴史的な変化をうまく理解することができません。そこで今回の展示では、豊富な館蔵コレクションを生かし、また他の所蔵者からもご出品いただいて、これまでにない総合的な中世文書の展示とすることができました。

 一般向けのさまざまな切り口や解説も用意して、古文書やくずし字について知識のない来場者にも、古文書を「見る楽しさ」を味わっていただける展示となっています。



 
 この展示、「空前の総合的中世文書展。読めなくても大丈夫!」と銘打ってはいますが、やはりある程度知識のある方向け。
 鎌倉時代~安土桃山時代までの、公家文書、武家文書、その他の文書の変遷を紹介した展示になっています。
 主催者の意図としては、文書の内容よりも、むしろその形式の方に主眼が置かれているようなのですが・・・。
 
 たとえば、今回後醍醐天皇(1288~1339年)の直筆文書というのが出展されていますが、その内容よりも、むしろ使っている紙が当時最高品質の和紙だったということを知ってほしい、というのです。

 お恥ずかしい話ですが、一度見に行ってみて、よく理解できずに帰ってきたので、後日もう一度見に行く羽目になりました。
 たまたま、展示を企画した小島教授の話を伺いましたが、印象に残った話としては・・・。

 今回、室町幕府を開いた足利尊氏(1305~1358年)とその弟、直義(?~1352年)の文書が出ています。
 尊氏と直義は当初、尊氏は軍事・恩賞関係を扱い、直義は裁判権を担うという「二頭政治」を行っていたことはよく知られていますが、直義の出した文書は将軍のそれと同じ様式のものを出していたそうなんですね。
 両者の権力が拮抗していたことを示しているそうですが、やがてそれは深刻な対立へと発展(いわゆる「観応の擾乱」)し、やがて尊氏が直義を毒殺する、ということで悲劇的な結末を迎えました。文書の様式からもその背景が窺えるという御話しでした。同じことが、豊臣秀吉と甥の秀次の関係にも見られるといいます。

 それから、物品の展示として京都御所の「清涼殿・殿上の間」に置かれている「文杖」というモノが展示されていました。
 これは、長さ1.5mくらいの黒漆塗の角棒で、その先に「鳥口」という文書を挟むための金具が取り付けられているものです。

  参考サイト 「京都御所と離宮の栞 其の六」(宮内庁HP内)

 当時は天皇に文書を差し出すとき、直接渡すのをはばかり、「文杖」の先に文書を挟んで、天皇に差し上げたということです。
 先般、園遊会で山本太郎議員が天皇陛下に直接手紙を手渡しするという事件がおこり、各方面から非難されていましたが、やはりこの行為は大変非礼であり、決してやってはいけないことなんですね。


 その他、訴訟の文書であるとか、制札であるとか、貴重な史料が多数ありましたが、いかんせん見ていてとても疲れる展示でした。私のような素人では展示解説を聞かないとダメでしたね。
 また後で、じっくりと図録を見て勉強したいところです。
 私のようなド素人には難しかったですが、大学の歴史学科に在学中の学生さんには見ておくと古文書の勉強になるように思いました。
 あ、あと書き忘れましたが、今回主催者イチオシの源義経の文書はこの世に二点しかない内の一点(もう一点は高野山に所蔵)だそうで、こちらもお忘れなく。やはり義経も“敗者”ということで、関連文書が後世に残らなかったのでしょうね。


 参考サイト 国立歴史民俗博物館HP
 

 
  
古文書学入門古文書学入門
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  歴博の敷地内にいた、愛嬌のない猫
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映画『清州会議』

 清州城


 三谷幸喜作、映画『清州会議』がいよいよ明日9日、公開だそうです↓
  
           映画『清州会議』公式サイト

 役所広司さんが柴田勝家役を、大泉洋さんが豊臣秀吉役を、その他豪華&個性派キャスティングが勢ぞろいしたのだとか。たとえば、「でんでん」さんが前田玄以役だとか、なんかイイですよね(笑)

 原作本もかなり売れているらしいですね。
 時代劇ですので、結末はわかってしまってますが、三谷ワールドにかかるとどういう展開になるんでしょうか?気になります。(^^;)

    
清須会議 (幻冬舎文庫)清須会議 (幻冬舎文庫)
(2013/07/26)
三谷 幸喜

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 清州城ですが、いつも東海道新幹線に乗っていると名古屋駅に着くちょっと前にいつも車窓で目にしていたので、今年の6月に初めて行ってみましたが・・・最寄駅からけっこう遠く、またこの日はものすごく暑かったです。。。
 それに、このお城も残念ながらなんちゃって天守ですよね。。。(><)

 (この記事、後日追記します)



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戦国武将の誇りと祈り~九州の覇権のゆくえ~(九州歴史資料館)

 先日、遠征して久しぶりに福岡県へ行ってきました。(このところ、少々疲労していて、更新する元気がでませんでした。。。)
 
 小郡市にある旧州歴史資料館では、現在「戦国武将の誇りと祈り~九州の覇権のゆくえ~」が開催中です。
 戦国武将の誇りと祈り


 上に写真を出しておきましたが、このポスターというのがけっこうインパクトありまして、5人の武将の肖像画が載せられています。すなわち、、、
 大内義隆、大友宗麟、竜造寺隆信、島津義弘そして豊臣秀吉です。(※もちろん、展示では彼ら以外の武将も取り上げられています)
 展示内容は、秀吉が九州を平定するまでの群雄割拠する戦国武将たちの動向や、戦いにあけくれる日々の中での彼らの信仰に焦点をあてています。
 3分の1くらいは以前一度見たことのあるものでしたが、竜造寺隆信関係の史料などは珍しく、勉強になりました。
 文献資料と考古資料がバランスよく配分された展示だったと思いました。福岡は古代から開けた土地でしたから、発掘すると色々出てくるみたいですね。
 
 私、どうも関東の戦国時代にあまり興味がわかなくて、むしろ西日本の戦国時代に興味を惹かれるんですよね。。。
 東京でもこういった武将展をやってくれるといいんですが、なかなかお目にかかれないですね。
 来年のNHK大河ドラマが戦国時代なので、幕末モードから戦国モードにスイッチが入りかけのワタクシなのでありました。
 連休とあって、家族連れで来られている方もいました。幼稚園児くらいのお子さんが大友宗麟の鎧を珍しそうに眺めていたり、ほほえましかったです。

 詳細は下方↓の方に博物館へのリンクを貼っておきましたので、そちらでご覧ください。展示は今週末の10日(日)までですので、お急ぎください!   ※図録あり


  参考サイト 九州歴史資料館 (福岡県小郡市三沢5208-3)
          


 
 九州歴史資料館は3年前に、大宰府から現地へ移転したそうで、県立の博物館だそうです。もともとは考古系の博物館だったらしいですが、移転してからは考古以外の分野も扱うようになったとか。。
 なかなかきれいな博物館でした。
 九州歴史資料館


 今回、せっかく福岡まで行ったのに初日に大雨に降られ、ほとんど墓参をはじめとする史跡巡りができませんでした(泣)
 なお、同展示に関連するイベントに参加してきたので、それについてはまた後日。

 【追記】関連イベントの模様 ⇒ 嗚呼壮烈!岩屋城(1)



  



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コナミ日本シリーズ2013

 第三戦から見はじめた、コナミ日本シリーズ2013
 連日、好試合で楽しませてもらいました。数年ぶりにちゃんと日本シリーズの中継を見た、という感じです。

 第六戦を迎えた今日。。。いやあ、マー君残念でした(泣)
 事前予想ではマー君で決まりそうな感じでしたが。。。巨人もそう簡単に勝たせてくれませんね。

 これで第七戦までもつれこんだわけで、野球ファンには楽しみが増えました。(ちなみに、私はカープファンでした)

 その他、感想など書こうかと思いましたが、明日~明後日と遠征するので、すみませんが更新を3日くらい休ませていただきます。

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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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