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風の中のあいつ (1973年TBS放映)

 昨年、うちの主人が「風の中のあいつ」という昔TBSで放映していた時代劇のDVD-BOXを購入したので、冷やかし半分で昨年の秋ぐらいに見てみました。
 主演は「ショーケン」こと萩原健一さん。年がばれてしまいますが、このドラマの本放映時私はまだ乳飲み子だったため、リアルタイムでも再放送でも見たことはありません。

風の中のあいつ DVD-BOX風の中のあいつ DVD-BOX
(2005/06/24)
萩原健一、米倉斉加年 他

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 それまで、大衆演劇や時代劇などで清水次郎長に敵対する悪役として描かれてきた「黒駒の勝蔵」を当時人気急上昇中だった萩原さんが演じたという、異色の時代劇です。
 見た感想は、一言でいうと任侠ものというよりも、むしろ「青春時代劇」といった印象です。オープニングロールで、新宿の街を歩くチンピラ(死語ですね)風の萩原さんが出てきて、「おや?」と思いました。
 黒駒の勝蔵は肖像画が伝えられており、大柄ないかついおっさんという印象なのですが、当然のことながら全然萩原さんと印象が違います・・・萩原さん演じる勝蔵はなんとなく憎めないんですよね。母性本能をくすぐられるといいましょうか(笑)
 私はそれまで、正直言って萩原さんはあまり好きではなかったのですが、この作品を見て、彼のピュアな部分が垣間見られたというか、人を惹きつける不思議な魅力があったんだな・・・と改めて彼を見直しました。数々の有名女優たちと浮名を流し、また根強い「ショーケン」ファンがいるのも納得です。ドラマを見ていると、知らず知らずのうちに視聴者は勝蔵に感情移入していってしまうように思いました。


 その他、勝蔵と苦楽を共にする子分の役は下條アトムさんと前田吟さん。ライバル・清水次郎長を米倉斉加年さん、竹居吃安を故・長門裕之さん。この話は男性が中心で、女優さんはあまり出ていませんでしたが、勝蔵が慕う姉・菊代を星由里子さん、勝蔵と不思議な縁で結ばれる謎の女おりはを安田(大楠)道代さんが演じ花を添えています。
 この当時は30分ドラマというのが多かったみたいで、このドラマもなぜか30分ものなので、一回分があっという間に終わってしまいます。
 脚本が時代劇では定評のあった故・杉山義法氏が田上雄氏という方と共同脚本だったので、時代劇の骨格みたいのはしっかりしていたと思いますし、殺陣も見せ場があったように思います。
 唯一残念だったのは、勝蔵が一家を解散し、草莽の志士になるべく赤報隊に入隊した晩年の様子が描かれておらず、最後は駆け足気味になってしまっていたことでしょうか。


 なお、沢田研二さんが主題歌を歌っていますが、哀切ただよう一曲になっています。(未CD化だそうです)
 こちらの歌もついつい覚えてしまいました。



 【追記】
 2013年12月下旬より、CS放送の時代劇専門チャンネルにて放映予定だそうです。
 加入されている方はこの機会にぜひご覧ください。





 過去記事 黒駒勝蔵対清水次郎長(山梨県立博物館)
 

 いつもご覧いただき、有難うございます。
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テーマ : 懐かしのドラマ
ジャンル : テレビ・ラジオ

黒駒勝蔵 対 清水次郎長~時代を動かしたアウトローたち~(山梨県立博物館)

 山梨県笛吹市にある山梨県立博物館では、現在企画展「黒駒勝蔵 対 清水次郎長~時代を動かしたアウトローたち~」を開催中です。
 黒駒勝蔵と清水次郎長

 【展示趣旨】
江戸時代の甲斐国は人やモノの動きが活発で、莫大な金銭がやりとりされていたことから、主として博奕を生業とする博徒達を多数輩出したいわば「博徒の王国」でした。例えば…

・清水次郎長(1820~1893)のライバルとして有名な黒駒勝蔵(1832~1871)、
・幕末期の甲州博徒のさきがげとして、短い人生を駆け抜けた西保周太郎(1797~1821)、
・甲州博徒の大親分として甲斐国一円ににらみをきかせた三井卯吉(?~1857)、
・三井卯吉の子分であり、黒駒勝蔵と激しく闘いを繰り広げた国分三蔵(生没年不詳)、
・同じく、国分三蔵と共に黒駒勝蔵と対立し、後に江戸幕府が組織した警備隊 新徴組に入隊する祐天仙之助(?~1863)、
・いったん新島に遠島刑となるも、島抜けを敢行し、黒駒勝蔵と兄弟分の関係を結んだ竹居吃安(1811~1862)、
・清水次郎長と同盟し、富士川沿い一帯で大きな勢力を誇った津向文吉(1810~1883)

等がいます。
彼等は小説や芝居、映画の世界では有名ですが、その実像はなお謎に包まれていました。
それが近年の相次ぐ新資料の発見、研究の進展により、その活動の実態が次々と明らかとなってきました。彼等は単なる博奕を生業とする武装集団であったのではなく、江戸から明治へという激動の時代を駆け抜け、歴史を大きく動かす重要な役割を担っていました。
本展示会では歴史資料類を丹念に読み解きながら、彼等 甲州博徒の実際の活動を皆様に紹介いたします。



 江戸時代後期、幕府直轄地(天領)であった甲斐国にはとりわけ博徒の親分が各々勢力を張っていました。
 中でも黒駒勝蔵(1832~1871年)という男は名主の倅として生まれますが、身を持ち崩し、25歳で渡世人の仲間入り。やがて、隣村の竹居安五郎(吃安)のもとで子分となります。
 安五郎の死後、勝蔵はその勢力を引き継ぎ勢力を拡大しますが、富士川の舟運をめぐって清水次郎長と対立。抗争を繰り広げます。
 時代の風雲急を告げる時、石和代官所が大掛かりな山狩りを行うと勝蔵は甲州を逃れ、次郎長と対立する親分の元を転々とし、やがて縁あって相楽総三の「赤報隊」に参加します。
 しかし、「赤報隊」が偽官軍の汚名を着せられると、勝蔵も言いがかりともいえる昔の殺人事件の容疑をかけられ捕縛。処刑されました。

 この展示では勝蔵の波乱に富んだ人生を中心に、清水次郎長をはじめ同時代を生きた個性的な博徒たちの生き様が紹介されています。
 侠客も親分くらいになると勝蔵もそうですが、もともとの出自は良い家柄の人が多くて、読み書きOK、中には漢詩を作れる才覚のある人もいたようです。
 なお、上の写真の大きなポスターを見ていただくと、勝蔵と次郎長の背後に大きな富士山が見えますが、これは勝蔵の本拠・甲斐国から見た富士山と、次郎長の本拠・駿河国から見た富士山が描かれています。(作家・子母澤寛が勝蔵を描いた小説「富岳二景」が元ネタになっている) 

 幕末維新史というと、どうしても西郷隆盛や木戸孝允といった大物ばかり注目されがちですが、庶民しかもいわゆる幕府の「士農工商」というシステムから疎外されたいわゆる「アウトロー」たちが時代の転換期にどう生きたか、というところに焦点をあてた好展示で、限られた郷土史料をよく発掘されていました。
 面白かったのは、鰍沢で発掘調査をした際、いかさまサイコロ(半の目しか出てこない)が出土したというので展示されているのには笑えました。
 聞いたところ、地元の方たちの反応の上々ということでした。
 余談ですが、展示を見ていたらある年配の方から声をかけられ、勝蔵の墓のありかを教えていただきました。今度機会があれば探してみようかと思います。

 
 展示は3月18日(月)まで。来月頭には俳優・菅原文太さんによるトークショーなどのイベントも行われるそうです。

 関連記事 幕末甲府博徒バラバラ殺人事件   




 ※黒駒勝蔵については以前も当ブログで少し紹介しています。
【過去記事】
 黒駒勝蔵の碑
 アウトローたちの江戸時代

 
博徒の幕末維新 (ちくま新書)博徒の幕末維新 (ちくま新書)
(2004/02/06)
高橋 敏

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  山梨県立博物館
 山梨県立博物館



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時代の美 桃山・江戸編(五島美術館)

時代の美


 東京・上野毛の閑静な住宅街の中にある五島美術館。
 現在、「時代の美 第3部 桃山・江戸編」が開催中です。(2月17日まで)

 五島美術館は、東急電鉄の実質的な創業者である実業家・五島慶太(1882~1859年)により設立されました。
 2010年秋から改装工事をしていたというのですが(全然知らなかった)、2012年の秋に終了し、リニューアルオープンを記念しての展示だそうです。私は改装前に2,3度来館したことがあります。
 リニューアルといっても、トイレが新しくなったり、ミュージアムショップのコーナーが設けられているのが目新しいようです。

 第一部 奈良・平安 第二部 鎌倉・室町をやっていたそうなのですが、全然気づかなくて、第三部の今回は加藤清正の肖像画が出るというので行ってきました。(実は昨年も熊本で同じものを見ているのですが・・・笑)

 第一部のコーナーでは、織田信長の書状や、豊臣秀吉が正室・北政所(ねね)や淀殿(茶々)へ宛てた書状、明智光秀、千利休、古田織部の書状などが並べられ、興味深かったです。五島慶太翁もきっと戦国時代がお好きで、コレクションされたのでしょう。
 そのほか、狩野探幽や尾形光琳の絵などがありました。

 また、第二部では志野、織部といった焼物のコレクションがずらりと並んでおり、焼物についてはあまり詳しくないのですが、古田織部がかつて豊臣家の家臣であった大野治房へ贈ったという古伊賀の水指「銘 破袋」がありました。(これは数年前見たことがあった)
 藤堂家に伝わった件の水指ですが、大きなひび割れがあって、素人目には失敗作っぽく見えるのですが、織部によればこの自然にできたひび割れにこそ趣を感じるとのこと~うーん、深い。。。
 
 

 今回は図録もちゃんと出ていて、第一部、第二部も見ておけば良かったと少し後悔です。。。

 帰り道、美術館の周囲を久しぶりに歩いてみたが、あのあたりはお屋敷みたいな洒落たお宅があったりして、雰囲気良いですね~。



  五島美術館
 五島美術館


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尾張徳川家の至宝(江戸東京博物館)

 ※最近少々疲れ気味で、なかなか更新ができずすみません。

 東京・両国にある江戸東京博物館では、開館20周年記念特別展「尾張徳川家の至宝」を開催中です。(2月24日まで)
 尾張徳川家の至宝

 【展示趣旨】
 尾張徳川家は、徳川家康の九男・義直(1600~1650)を初代とする御三家筆頭の名門大名で、名古屋城を居城とし、江戸時代を通じて徳川将軍家に次ぐ家格を誇っていました。
 大名家は家の歴史・格式を示すために数々の道具を備え、それらは大きく表道具と奥道具に分けられていました。表道具とは、大名の禄高や家格に応じて備蓄しておくべき武具刀剣類と、公的な場で用いられる道具類、奥道具は、藩主やその家族たちがプライベートな場で使った道具類です。
  本展では、徳川美術館(愛知県名古屋市)が所蔵する尾張徳川家ゆかりの道具類のうち、太刀や鉄砲などの武具類、茶の湯・香・能などの道具類、和歌や絵画・楽器など教養に関わる品々など大名家の歴史と格式を示す約230件の名品をご紹介します。国宝「源氏物語絵巻」、国宝「初音の調度」も期間限定で特別公開いたします。


 先月内覧会で見てきました。
 上記の展示趣旨にもある通り、尾張徳川家は徳川家康の九男・義直に始まる御三家筆頭の家柄であり、将軍家に次ぐ家格の高い大名であったため、同家には歴史的価値のある非常に貴重な品々が伝来しています。

 家康の死後、家康の遺産を尾張徳川家、紀州徳川家、水戸徳川家の3家で5対5対3の割合で相続(「駿府御分物と言われる)しましたが、尾張徳川家は家康から引き継いだ財産を逐一記録をつけて、大切に保管してきました。
 明治維新以降、各大名家では代々家に伝わる美術骨董品などを保持しきれず、やむをえず手放すケースが多かったのですが、尾張徳川家ではいち早く財団法人化(徳川黎明会)することで家に伝わった品々(これを同家では「什宝」と呼んできた)を手放すことなく、現在に至るまで守ってきました。
 昭和10年には名古屋市に「徳川美術館」が創設され、尾張徳川家に伝わる什宝が一般公開されるようになりました。
 徳川美術館


 徳川美術館所蔵品は実に1万数千点!もあるそうですが、そのほとんどが由来がはっきりしている点が特徴として挙げられます。なお、今回の展示ではその中でも代表的なものが出展されています。
 展示内容は以下の通り。

第一章 尚武 太刀や鉄砲などの武具
第二章 清雅 茶の湯・能・香
第三章 教養  琴棋書画

 これらのほか、最も注目すべきなのはこちら。必見です!
★特別出品 [国宝] 源氏物語絵巻
 当時の宮廷で絵画化した、日本美術を代表する現存最古の物語絵巻。研ぎ澄まされた絵画表現、美麗な料紙、優美な書。平安王朝の雅な暮らしぶりを伝える格調の高い逸品です。尾張徳川家に伝わる15 面の内、「柏木三」と「東屋二」を期間限定で公開します。 ※国宝を展示していない期間は、模写本を展示。

★■特別出品 [国宝] 初音の調度(はつねのちょうど)
 徳川三代将軍家光の長女千代姫が、寛永16 年(1639)9 月に、尾張徳川家二代光友に嫁いだ際に持参した豪華な調度。「源氏物語」の「初音」の帖の「年月を 松にひかれて ふる人に 今日鶯の 初音きかせよ」の歌意を全体の意匠とし、和歌の文字を絵柄の中に埋め込んでいます。日本蒔絵史上最高傑作といわれています。


 私は以前に徳川美術館には3~4度足を運んでいますが、いずれの時もこの二つの国宝を見ることは出来ませんでしたので、今回は東京にいて見られるのですから助かりました(笑)
 しかし、前期後期で展示替えがあるので、24日までにもう一度行ってこねば・・・。


 その他、個人的に目にとまったもの。

★古銅砧形花生(こどうきぬたがたはないけ) 銘「杵のをれ」
 豊臣秀吉の御前で、家康との囲碁の勝負に勝った石川貞清が秀吉より拝領して所持したが、関ケ原合戦時に西軍に味方したため、死罪になるところ、この花生と黄金千枚を家康に贈って一命をとりとめた、という。

★源氏物語画帖 詞書 徳川秀忠筆
 「源氏物語」54帖の名場面を現した詞書と絵からなる色紙画帖。
 絵の筆者は不明だが、詞書の流麗な筆跡は二代将軍・秀忠の筆になる。家康の養女となった松平康元の娘が田中忠政に嫁ぐ際、家康か秀忠より拝領したという。
 この品から、秀忠が「武」より「文」の人だった、ということがよくわかります。


 

 なお、今年の秋には九州国立博物館、来年には北海道立近代美術館へ巡回する予定だそうです。
 きらびやかな大名道具が勢ぞろいし、新春にふさわしい展示だったと思います。


     ※図録あり(非常に立派な出来ですが、分厚くて重たい・・・)



  江戸東京博物館
 江戸東京博物館

 
 関連記事 尾張名古屋は・・・(「大名古屋城展」)





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稲佐の浜

 奉納山公園の中腹、出雲阿国を顕彰した「阿国塔」よりさらに上方へ登っていくと、展望台がありました。

 奉納山公園1

 
 展望台に上がってみますと・・・西の方角に渚が見えました。
 「稲佐の浜」
 太古の昔、天照大神(アマテラスオオミカミ)が建御雷神(タケミカヅチ)を遣わし、大国主神(オオクニヌシノカミ)に天孫への「国譲り」を要求したといういわれのある場所です。
 その際、建御雷神が浪間に剣を逆さに突き立て、大国主神を威圧して「否(いな)、然(さ)」(つまりNOかYESか)と迫ったことから、この名前がついたといわれています。
 大国主神がその交換条件として、自分が隠棲するための壮大な建物を用意してくれるよう申し出たので、天照大神が浜辺のすぐ近くに造らせたのが天日隅宮(あまのひすみのみや)、すなわちこれこそが出雲大社の起源だといいます。

 稲佐の浜は「なぎさ百選」にも選定されているそうで、たしかに遠目に見ても美しい風景でした。
 稲佐の浜1

 
 一方、北側の小高い山の方は紅葉していました。
 奉納山公園2


 たしかに眺めは良い場所でしたが、いかんせん海風が強くて、凍えてきてしまったので早々に降りてきました。
 ついでなので、稲佐の浜まで行ってみることに。
 毎年旧暦10月10日には浜辺で御神火を焚き、八百万の神を迎い入れるという「神迎神事」が行われています。(昨年はちょうど私が行った日の前日に行われていたようです)
 稲佐の浜4


 浜辺に小さな島?のようなものがあり、小さな社が見えていますが、人々が恭しく祈りを捧げているのが見えました。
 稲佐の浜3



 「弁天島」
 古くは「沖御前」といい、遥か沖にあったらしいです。昭和60年前後までは、島の前まで波が打ち寄せていましたが、近年急に砂浜が広がり、現在では島の前まで歩いていけるようになったそうです。
 江戸時代までは「弁財天」が祀られていましたが、現在は豊玉毘古命(とよたまひこのみこと)が祀られています。
 なんでもこちらもまた「パワースポット」だそうで、他の人々と同様、私も祈りを捧げておきました。
  稲佐の浜2


 聞いたところでは、夕景もひときわ美しいそうです。
 ここから北へ海岸沿いの道を行くと日御碕灯台へ至りますが、そこまで数キロの距離があり、車がないと行けなさそうだったので、こちらで撤収しました。
 今回は遠路はるばるやってきた割には、出雲大社と博物館だけで終わってしまったというか、またいずれゆっくり来てみたい場所ですね・・・。

 
 
より大きな地図で 稲佐の浜 を表示

 


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テーマ : 歴史・文化にふれる旅
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Author:A☆六文銭
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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