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「龍馬伝」展 追記

 先日、江戸東京博物館にて開催中のNHK大河ドラマ「龍馬伝」展について書きました(※詳細はコチラをクリック)が、後で落ち着いて考えたところ、肝心のモノが出品されていませんでした。



 それは……。



 
 かの有名な薩長同盟の裏書です。(←クリックすると、高知の龍馬記念館のサイトの説明に飛びます)

 これは、原本は宮内庁書綾部で所蔵しているのですが、さすがに貸し出してもらえなかったのか?それとも、他所の展示会に出品中なのでしょうか?
 写真パネルは一応展示してあったのですが。

 今回、さまざまな貴重な展示物がありますが、いささか画竜点睛といった感も受けましたので追記しておきます。


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「龍馬伝」特別展(江戸東京博物館)

 今日の東京は雨の一日でした。
 あいにくの天気でしたが、私は東京両国にある「江戸東京博物館」へでかけました。(すぐ下の写真は以前撮影したものです)

江戸東京博物館

 昨日より、NHK大河ドラマ「龍馬伝」特別展を開催しているのです。
 関連サイトは←コチラをクリック

 午後、両国駅に到着すると、このような掲示が・・・。

両国駅

 なんと、入場するのに1時間待ち!だと。ちょっと、ユウウツになりかけましたが、気を取り直して博物館へ直行。

 龍馬伝特別展

 案の定、一階の展示室の前のロビーに行列が出来てました。
 昨日から明日まで3日間のみ限定で、かの有名な龍馬の肖像写真・・・ガラス湿板の原版が展示されており、見学客のお目当てはコレだったのです。
 しかし、ラッキーなことに、20分待ちくらいで入れました。
 ただ、後ろにも長蛇の列が出来ていたので、その写真を見られたのはものの5秒ていど。

 中もやっぱり混雑していました。列がなかなか先に進まないんです。
 列の中に、ずっと立ち止まって動かない人が必ずいるのですが、こういう時は空気読んで、ある程度のところで前に進んでいただかないと、後ろがつかえちゃいます。。。(><)
 入り口で、音声ガイド(500円)を借りたのですが、肝心の展示物のところで人々の背中を見ながら聞く始末です。せっかく借りたのになあ。
 そうそう、音声ガイドの案内役は、岩崎弥太郎役・香川照之さんです。
 
 このようにせわしなかったため、あまりじっくり見ることはできませんでした。
 この文章を書くため、今日の展示内容を思い出しているのですが、正直なところイマイチコレを見られて良かったな、という感慨もわかず。。。(まあ、あまり書きすぎても後から見る方にとっては不都合ですよね)

 しかしながら、龍馬関係の史料というのは彼の郷里・高知以外にも京都やその他各地に分散して所蔵されているんですね。
 ですから、こういった大河ドラマ関連のイベントでもない限り、なかなか一同に会すという機会はないのです。
 そういう意味で、貴重な展示会だといえます。

 龍馬の実像を知る上で、彼が書いた書簡というのが残っているんですが、その中でも実家の坂本家で保管していたものがけっこうあるんですね(後に京都国立博物館へ寄贈した)
 実家の坂本家の人々が、龍馬死後もその遺物を大切にしていた・・・というのは彼にとって幸せなことだったと思います。
 その坂本家も、明治維新後は理由あって高知を離れ、新天地を求めて北海道へわたります。
 今回展示されている物の中に、坂本家に遺された龍馬の刀というのがあったのですが、由緒書きを見ると、釧路の大火で焼けてしまい、打ち直した旨書いてありました。(蛇足ですが、この時、龍馬所持のピストルも焼けてしまった)
 龍馬が死んでおよそ150年の月日の間に、彼の遺物も平穏だったわけではなく、様々な経緯を辿っていたということがわかります。

 しかし、TVの力はすごいというか、普段歴史にあまり関心のなさそうな人たちまで訪れていましたね。
 また学校帰りの学生さんの姿も目立ちました。
 今回の大河ドラマは人気俳優の方が多数出演しているので、若い方たちにとって親しみやすいのかもしれないですね。

 GW中は混雑するかもしれませんので、行こうと思っている方は行列の覚悟が必要です(笑)
 なお、関西方面の方はこの展示を見るためにわざわざ上京しなくても大丈夫です。この後、京都国立博物館(京都府京都文化博物館の誤りでした。訂正してお詫びします)、高知県立歴史民俗資料館、長崎歴史文化博物館を巡回します。
 江戸博での展示は、6月6日までとなっております。

※追記あり ←コチラをクリック!
 
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「龍馬伝」にわく町

 ひとつ前の日記で、幕末の土佐藩主・山内容堂の墓を紹介しましたが、彼の墓の左となりに女性の墓がありました。

島津候姫の墓

 土佐藩13代藩主・山内豊熈の夫人で、名前を島津候姫(智鏡院)といいました。
 候姫は薩摩藩主・島津斉彬の実妹さんです。島津家と山内家は姻戚になっており、行き来があったんでしょうね。
 容堂からみると、系図上は義母にあたる人です。
 なお、明治になって戸籍ができるまで、武家の夫人の墓碑などは嫁ぎ先ではなく、実家の姓になっていますね。

 さて、容堂の墓は京浜急行の鮫洲駅からすぐの所にあるのですが、ひとつ先の駅「立会川」では、大河ドラマにかけつけて(?)、どうやら町おこしをやっているようです。下の写真は駅にあった横断幕です。

立会川駅

 改札を出て、商店街に出ますと、おもむろに坂本龍馬の銅像が。。。
龍馬銅像

 立会川は実は龍馬の足跡のある町だったんですね。土佐藩下屋敷がありましたしね。

 商店街のお店はどこも龍馬ののぼりや旗やポスターを掲げて、通常の商品に並べて龍馬グッズの販売をしたりしています。

 呼び込みの声に誘われて、商店街のとある小さなパン屋さんへ入ってみました。(「Cafe Lotty」さんというお店です)
 龍馬の足あとパンですって。右足がクリームパン、左足があんパンだったかな。微笑ましいので、どちらも買ってみました。

龍馬パン

 また、笑顔のクマちゃん(?)の形をしたパンのお腹には、「ニッポンをせんたくいたし申候」と有名な龍馬の言葉が書いてありました。たしか、姉の乙女に充てた手紙の中の一節でしたね。

龍馬パン2

 無添加にこだわったパンだそうで、甘みがあって美味しかったです。 
 立会川の町をもう少し歩いてみることにしましょうか。

 
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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り
ジャンル : 旅行

山内容堂の墓

 品川のほうに用事があり、ついでに余った時間で史跡探訪です。

 今、NHK大河ドラマ「龍馬伝」が放映中ですが、その中の主要人物のひとり、土佐藩主・山内容堂のお墓です。品川区東大井の立会川小学校の敷地内にあります。
 大河ドラマのお陰なのか、参詣した時中高年の方たちが5,6人ほど訪れていました。

山内容堂の墓

 
 ドラマの方の容堂公は俳優の近藤正臣さんが演じられています。ただ、近藤版容堂公は総白髪なのが少々気になります。実年齢から照らし合わせても、ちょっと年寄りすぎます。実際の容堂公はまったく枯れてなんぞおりません(笑)
 というのは、容堂には肖像写真(←文字をクリックすると、容堂の肖像写真のサイトへ飛びます)が残っていて、当時の彼の容貌はまだ男ざかりだったのが明らかだからです。

 どうして、このような演出になったのか???ちょっと不思議ではあります。

 さて、その容堂公ですが、土佐山内家の分家に生まれながら本家の当主が急死したため、後継者として彼に白羽の矢がたちます。24万石の大藩の藩主に就任した容堂は、激動の幕末政治に関っていくのですが、これがまたいろいろ苦労している。あまりに幕政に口を出しすぎて、安政の大獄では井伊直弼から隠居・謹慎を申し渡されていましたね。
 容堂は個性の強いなかなか豪放磊落な人柄だったようです。一言でいうなら、酒と詩と女を愛した(笑) 典型的な殿様気質だったのでしょうね。
 大政奉還という、歴史の転換点にまさに居合わせた人物だなと思います。結果的に、彼が望んだ展開にはなりませんでしたが。。。

小御所


 上の写真は、以前京都で撮った小御所の写真です。
 有名な「小御所会議」の開かれた場所ですが、ここで容堂公は岩倉ら倒幕派に対して文句を言ってましたね(笑)
 

  明治維新後は一度政府の役職に就くもののすぐに引退し、お妾さんが十数人もいる中で暮らしていたんだとか。かなりの艶福家だったみたいですね。これはと思った女性には手が早かったようです。

 しかし、長年の深酒が祟ったのか、明治5年(1872年)に脳溢血で倒れ、46歳をもって他界しました。
 遺言によって、亡骸はここ大井村の下総山にに葬られました。
 当時、この辺りは紅葉の名所で、高台に位置しているので品川の海もよく見えて、生前の容堂がお気に入りのロケーションだったそうです。(すぐ近所に土佐藩の下屋敷がありますので見慣れた風景だったのでしょう)

 容堂の人生については、司馬遼太郎が「酔って候」で書いていますし、人物叢書(吉川弘文館)から出ている「山内容堂」(平尾道雄著)なども参考になろうかと思います。

テーマ : 国内、史跡・名勝巡り
ジャンル : 旅行

tag : 有名人の墓(や行)

水了軒破産

 先日、新大阪駅のトイレの話題を書きましたが、また新大阪駅の話しです。
 
 ここで駅弁を販売していた「水了軒」さんが、先日破産していたというニュースを見ました。
 報道によれば、負債総額は3億円以上とのこと!明治時代に創業という老舗だけに、関西にお住まいの方たちにとってはさぞや驚かれたことでしょう。現在の社長さんで五代目だそうです。

 かくいう私も、ここの駅弁は食べたことがあります。つい、この間大阪へ行った時も買い求めた「八角弁当」です。たまたま、写真を撮ってました。

八角弁当

 感想は・・・私の味覚的には、可もなく不可もなく・・・という感じでした。全体的に味が薄かったような気がします。水了軒さんでは、八角弁当以外のものも食べたことがありますが、やっぱり印象が薄いです。
 (私が関東風の濃い味付けに舌が慣れているからかも)
 ただ、関西の方にとってはあの薄めの味付けが受けていたのでしょうし、なんとも懐かしい味、という事なのだと思います。

 駅弁には詳しくないので、このお店の業績悪化の詳細はわからないのですが、やはり時代の趨勢ということでしょうか。
 駅弁以外にも、列車に持ち込める食べ物は他にも色々ありますしね。
 
 また、駅弁事業もかつては地元の業者のみが担っていたものを、近年ではJRの子会社が参入したりしてきていて、競争が激化しているようです。それは大阪だけに限らず、他の地域でもそうでしょう。


 そういえば、前にも少し触れましたが、私は「コロニーな生活プラス」(略称コロプラ)という携帯ゲームをやっているのですが、新大阪駅での位置登録で入手できるゲーム上のお土産に、この八角弁当があったんですよね。今後、どうなるんでしょう。
 
 老舗の味がこうしてまた一つ消えていく。。。寂しいことではあります。

 ※蛇足になりますが、和歌山水了軒さんとは営業及び資本関係はないそうです。


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テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

細川家の至宝-珠玉の永青文庫コレクション(東京国立博物館)

 先日、東京上野にある「東京国立博物館」へ行ってきました。
 現在、平成館にて特別展「細川家の至宝-珠玉の永青文庫コレクション」展を開催しています。
 公式サイト (←クリックすると、リンク先へ飛びます)

細川家の至宝展

 
  この特別展は、肥後熊本藩・細川家初代藤孝(幽斎)の没後400年と永青文庫設立60年などを記念して企画されたということです。
 激動の戦国時代を生き抜き、古今伝授や能・茶の湯など中世文化を継承してきた細川家に伝わる国宝8点、国重要文化財27点を含む美術品や歴史資料など約280点が展示されております。

 細川家に伝えられたお宝を保管・管理している東京目白にある永青文庫自体は3,4回ほど行った事があるのですが、そちらは小さい建物ですので、展示可能な品数は自ずと限られています。
 
 永青文庫
永青文庫


 今回の特別展には個人的にちょっとした感慨がありました。

 昨年初秋に、私はアメリカのサンフランシスコへ行ったのですが、その折、ちょうどアジア美術館「Lords of the SAMURAI」という特別展をやっていたんですね。

アジア美術館

 これをたまたま観にいったのですが、展示物が日本の永青文庫からわざわざ空輸してきた美術品、歴史資料だったんですね。まさか、アメリカでこのような展示を見られるとは思いもよりませんでした。

 細川家当主の甲冑であるとか、刀、絵画等いろいろあったのですが、サンフランシスコの人々が多数見学に訪れていて、さほど広いとは言えない展示室には熱気が感じられました。
 私的には、宮本武蔵の「五輪書」であるとか、細川ガラシャゆかりの南蛮寺の九曜紋入り鐘などが印象に残りました。

 そして、今回の東博での特別展。
 アメリカで見た武蔵の「五輪書」と九曜紋入りの鐘に再び巡り会ったのです!(他にも甲冑などがありましたが)まさに奇遇だと思います。
 でも、アメリカの方は五輪書の五巻ともすべて巻物が広げられて、内容が見えるようになっていましたが、今回の展示では、広げられていたのは一巻のみでしたが。。。

 第一部(細川家の歴史)で私的に注目したのは、織田信長直筆の文書や、本能寺の変の際の明智光秀が細川幽斎・忠興親子に宛てた書状などでした。
 また、細川ガラシャのコーナーでは、ご年配の、特に女性の見学客の人だかりが出来ていました。彼女の悲劇的な生涯は、400年後の現代に至ってもなお人々の心をゆさぶる何かがあるのかもしれません。

 私などはどうしても、古文書や甲冑などに目が行ってしまいます。
 茶器などの展示もたまに美術館で見ますが、どうも茶の湯のたしなみがないせいか、見方がよくわからないのですね(笑)かの千利休ゆかりの品なども展示してありましたが。

 第二部の方では細川元首相の祖父で、永青文庫を設立した故・細川護立氏のコレクションが展示がされています。近代絵画や仏像などに関心のある方にはおススメです。
 細川護立氏という方は、若い頃から骨董・美術品に関してかなりの目利きだったようで、色々な美術品を買い集めていたようです。
 また、この護立氏の努力のおかげで、細川家の貴重な由来品は散逸することなく維持・管理が進められたそうです。
 やはり財団を設立し、伝来した貴重な品々の散逸を防いだ尾張徳川家などもそうですが、そういうヤル気のある当主の方が輩出しないと、旧大名家のお宝の維持・管理はとてもなしえないのでしょうね。

 同展は6月6日まで。なお、この後、来年は京都国立博物館、再来年には九州国立博物館を巡回する予定だそうです。


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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

雑兵物語の世界

 先週、埼玉県大宮市にある「埼玉県歴史と民俗の博物館」へ行ってきました。(←文字をクリックすると、博物館のサイトへリンクします)
 埼玉県歴史と民俗の博物館

 現在、特別展「雑兵物語の世界」という催しをやっています。
 タイトルの通り、戦国時代の足軽たちの実像に迫る内容となっております。

雑兵物語


 戦国時代といえば、とかく我々の目は華やかなりし戦国武将たちへ目がいきがちですが、いざ戦場でで八面六臂の活躍を見せていたのは、こうした名もなき雑兵たちではなかったでしょうか。
 
 この展示で注目されますのは、甲冑研究家の伊澤昭二さんという方が50年にわたって収集された足軽胴のコレクションです。
 場内にプラミッドステージで展示されていたのですが、これが圧巻でした。
 この日、伊澤氏が展示解説をされたのですが、お小遣いを貯めて初めて足軽胴を購入したのが二十歳の頃だったといいます。
 それから、コツコツと足軽胴を中心にコレクションされてこられたのだそうです。まさに「継続は力なり」。伊澤氏の足軽胴に寄せる情熱が感じられました。
 
 足軽胴は、胴の部分にその主家の家紋が入るのですが、
 めずらしいところでは、加藤清正のところの足軽胴にはやはり「南無妙法蓮華経」のお題目が入っていましたし、かの石田三成が用いていた「大一大万大吉」の家紋入りの具足もありました。

 また、番外編として「上杉景勝所用」と伝えられる甲冑が展示されていました。これは個人の収集家が所有されているもので、今回初公開なのだそうです。
 米沢に行った折に、景勝の甲冑を見学したことがありますが、それと同仕様になってました。これが見られたのはラッキーでした。

 そのほか、変わり兜の展示などもあり、甲冑ファンには飽きさせない内容となってました。

 同展示は5月9日まで開催されているそうです。ゴールデンウィークのお休み中にでも、ちょっと寄ってみては如何でしょうか。(休館日等は上記博物館サイトでお確かめください)

 最後に、博物館がある大宮公園の写真です。帰りがけに通り抜けてきたのですが、ちょうど桜吹雪が舞っておりました。地元の方たちが最後のお花見を楽しんでいました。
大宮公園


 私自身あまり大宮のほうには来ないのですが、花見の名所になっているようですね。残念ながら、もう今頃は葉桜になってしまっていることでしょう。名残惜しい春の風景です。


アナゴ君
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

讃岐うどん/骨付鶏

 丸亀でのお昼ごはんは何処で食べようかと、お城の近くをうろうろしてみましたが、なかなかお店が見つかりません。
 丸亀の街って、とても地味なんですよね。。。
 ようやっと、お城と駅の中間地点ぐらいで、うどん屋さんを見つけて入ってみました。
 期待せずに入店しましたが、これがけっこう良かったです。

丸亀うどん


 器をご覧ください。一度に二種類の味を楽しめるようになってます。これはグッドアイデアですね(笑)
 そのほか、おでんなども自分でチョイスできました。

 手打ちうどん・つづみ 丸亀市通町52-2 電0877-25-0308

丸亀うどんつづみ





  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 夕ご飯は観光案内所で勧められた、丸亀名物「骨付鶏」のお店で。「一鶴」というお店ですが、観光案内所の方によると、ここのお店が骨付鶏の元祖なのだそうです。
 JR丸亀駅の北口(小さいほうの出口です)を出て、線路沿いに右手(高松方面)に行くとすぐのところにあります。

一鶴  http://www.ikkaku.co.jp/index.html
 
丸亀一鶴


 話しは飛びますが、私、携帯位置登録ゲームで「コロニーな生活プラス」(通称コロプラ)というのをやっているんですね。
 そこで、丸亀での位置登録でゲットできるゲーム上の「お土産」アイテムに、骨付鶏というのがちゃんとあるんです。
 いったい、どんな食べ物なのか???

丸亀骨付鶏



 いざ食べてみますと、かなりスパイシーなお味です。なんとなく、タンドリーチキンに似ている感じがします。
 間違いなく、お酒が進む味付けとなってますね。(今回はビールを注文しました)
 メニューは二種類あって、親鶏とひな鶏と両方いただきましたが、前者は歯ごたえがあり、後者はやわらかいのが特長です。
 私的に好みなのは、ひな鶏の方ですね。後でもう一本追加で注文してしまいました(笑)もうお腹いっぱいです。

 午後六時前に入店したのですが、すでに地元のお客さんが数人飲んでました。


 こうして鶏をたらふく食べ、ビールを飲んで、タクシーで宿へ直行し、爆睡しました。。。


※お店の情報は変更になる場合があります。必ず、各自でお確かめください。




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テーマ : 四国遍路
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丸亀城(四)

天守を極めた後、石垣を見るため下ってみることにしました。

 下の写真は北面から見た天守です。下の虎口の防御のため、「石落とし」のでっぱりがあるのがわかりますでしょうか。

丸亀城石落とし



 さらに下っていき、北西の側から見た高石垣です。この反り具合に注目です。下から見上げると迫力あります!

丸亀城高石垣


 その後、搦手の方に出てみました。そこから見た讃岐富士です。
 もちろん他の場所からもよく見えたのですが、ここからみた讃岐富士が一番印象に残ったので。美しい風景です。

讃岐富士



 丸亀城は、初期の頃は大手門がこの搦手の方(南側)にあったみたいですね。
 寛文10年(1670年)に大手門をここから北の方角に移し、御殿を建設したそうです。

丸亀城御殿表門

 最後に御殿表門の写真です。御殿自体は明治2年(1869年)に火災で焼失したそうです。この通り、表門と番所、長屋だけが残ったそうです。

 

 丸亀城の印象ですが、やはり輪郭式にめぐらされた三重の高石垣が実に見事でした。遠くから見ると、ひとつの要塞のようにも見えます。
 これだけの城を築くのに、32年間を要したのですから、その大掛かりな城普請ぶりがしのばれます。
 その間に、城主も 生駒氏→山崎氏→京極氏 と変遷しました。

 天守閣にいた受付の人が言ってましたが、丸亀市でもかつてあった櫓や多聞などの復元を目指しているそうです。
 そのため、史料となる古写真などを募集中だそうです。
 おとなりの高松城の写真は、イギリスで見つかったものもありましたし、けっこうどこかで眠っている可能性もあるかもしれませんね。
 天守閣からの眺めもすばらしかったですし、ぜひまた機会があれば再訪したいお城です。

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丸亀城(三)

 さっそく、丸亀城の天守内に入ってみました。ラッキーな事に、中に観光客は誰もいませんでした!

 現存天守ですから、急なこう配の階段を注意ぶかく上がり、三階へ。

丸亀城天守内

 さすがに、狭いです。
 しかし、他に誰もいませんし、お城を独り占めです(笑) 
 
 姫路城とか彦根城とかもいいのですが、あの辺はたくさんの見学客が多くて、落ち着きませんよね。
 たしか、現存天守がある弘前城や宇和島城、備中松山城のときも、見学客がほとんどいなくて、ここと同様な感じでした。

 窓の外を見ますと。。。瀬戸大橋が見えます!

瀬戸大橋


 今まで様々なお城へ行きましたが、丸亀城天守からの眺望はすごく良いと思いました。

 実は、この瀬戸大橋の写真は、午後もう一度お城へ行って取り直ししたものです。
 上の天守三階部の写真は午前中に撮ったのですが、曇りがちで瀬戸大橋がよく見えなかったんですよね。
 他所のお城でもそうですが、写真ひとつ撮るのでも、けっこう苦労してます(苦笑)。

               つづく


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丸亀城(二)

 大手門をくぐり、いざ登城!と思ったのですが、門の近くのお土産屋さんへ寄ると、たまたまご店主様がおられて、門の内部を見せていただけることになりました。
 通常は公開している曜日が限られているようですので、ご注意ください。

丸亀城太鼓門内部

※クリックで拡大します↑

 けっこう広いですね。
 この門は寛文10年(1670)に築造され、係の人が太鼓を打ち鳴らして、刻を知らせていたのだそうです。

 この後、天守へむけて急な傾斜の坂を登っていきました。

 すると、さっそく高石垣が右手に見えてきました。

丸亀城高石垣

※クリックで拡大します↑

 優美な曲線ですね。これもやっぱり、穴太衆によるものなのでしょうかね。

 さらに上に登っていきますと、二の丸へ着きました。

丸亀城梅林

 ちょうど、梅の花が咲き初めておりました。梅の良い香りが漂っています。
 梅林の向こう側に天守が見えます。

 付近に井戸がありました。

丸亀城二の丸井戸

 案内板を読むと、時の城主が、この石垣を作った棟梁・重三郎という人をこの井戸に閉じ込め、生き埋めにしてしまったのだとか。
 なんでも、石垣の技術にたけたノウハウを持った重三郎を生かしておけば、万が一彼が敵に通じた際に守りが脅かされると考えて、口封じのために殺してしまったようです。
 伝説とは言え、酷い話ですね!

 とりあえず、気を取り直して先に進みます。

 すると!

丸亀城天守

 天守に着きました!!
 三層三階の漆喰白壁塗の現存天守です! 国の重要文化財に指定されております。


                   つづく

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丸亀城(一) (88/100)

 先月、香川県の丸亀城へ行ってきました。日本100名城スタンプラリーのお城です。
 
 丸亀城は、丸亀平野の北端に位置する海抜66メートルの亀山に天守を、その山裾の平地に外堀と内堀を巡らせて築かれた平山城です。
 慶長2年(1597年)、讃岐高松城主だった生駒親正の隠居城として築城が開始されました。

 そういえば、この城を築いた生駒親正とその子・一正ですが、関ヶ原で親子が西軍と東軍とに別れてしまいましたよね。そして、西軍に与して破れた父親の親正のほうは高野山へ蟄居させられるんですね。後に讃岐へ帰してもらえたようですが。

 さて、JR丸亀駅で降り、歩くこと10分あまり。。。

 お城が見えてきました!

丸亀城外観

 お城の本などですでに写真は見ていましたが、やはり間近に接すると迫力ありますね!天守をとりかこむ石垣群がすごい。。。

丸亀城正面入り口


 大手枡形です。土橋を渡り、高麗門をくぐると右手に渡櫓門があります。
 高麗門、渡櫓門とも江戸時代のもので、重要文化財だそうです。貴重ですね。

 丸亀城渡櫓門

 さあ、渡櫓門を通ります。なんだか、ワクワクしてきました。
 とりあえず、天守を目指すことにします。

                        つづく



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「紙がない!」・・・orz

 FC2ブログを初めて日が浅いのですが、つい先ほどまでサーバーが障害をおこしていたようですね。
 せっかくコチラのページを開いていただいたのに、つながらなかった方、申し訳ございません!

 さて、数年前より各地を旅しておりますが、時として東西の違いを感じることが多々あります。

 その一例がトイレ・・・。

 東京のトイレ事情は最近ものすごくよくなっていて、かつては汚くては入りづらかった駅のトイレなども最近ではとてもキレイになっております。
 一昔前なら持参しなければならなかったトイレットペーパー等完備されているところがほぼ100パーセントになっていると思われます。

 しかし・・・。

 いまだにトイレットペーパーがない駅があったのです。

 それは、JR京都駅と新大阪駅です。

 これには正直、驚きました。

 写真は新大阪駅の女子トイレ付近です↓

新大阪

 幸い、私はポケットティッシュを持参していたので事なきをえましたが、案の定、トイレの中では他所からの旅行者と思われるおばさん達が、
「げっ! ここ、紙がないわー!!!」 とか驚愕の声をあげていて、上方から連れの人に投げ入れてもらってました。

 こんなにトイレ事情がよくなったわが国で、しかも新幹線の発着駅でもある大ターミナル駅なのに何故トイレットペーパーが備え付けられていないのでしょうか?

 一説には、関西の人はケチだから、とか、トイレットペーパーを盗んでいくような不埒者がいるから、などと言われておりますが、真相は果たして???

 子供のときに歌った、あの歌を思い出しながら・・・。

 みっちゃんみちみち ○○○垂れて、
 紙がないから 手で拭いて
 もったいないから、食べちゃった♪



新大阪といれ1

 ↑新大阪駅トイレでティッシュは有料です。。。街頭などで配っているティッシュは是非もらっておきましょう。。。


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日本100名城途中経過

 3年ほど前から続けています日本100名城スタンプラリーですが、現在までに88城を制覇しています。

 ということは・・・。


 残りあと12城ということですね(笑)

 12城の内訳を見てみますと。。。

 根室チャシ群 松前城
 五稜郭 松本城
 高遠城 長篠城
 丸岡城 一乗谷朝倉館
 小谷城 岩国城
 高松城 高知城


 九州・沖縄地方はすべて終了しております。
 なお、五稜郭、松本城 、高遠城、一乗谷は過去に訪城したことがあります。改めてスタンプをもらいに出かけなければなりません。
 今年、まず高知城などは行ってみたいとは考えていますが・・・大河ドラマ「龍馬伝」のせいで、現地はかなり観光客が多いみたいですね。

 このスタンプラリーですが、もう完全制覇した方が100名近くいらっしゃるのですよね。
 皆さん、早すぎます!
 中には、スタンプだけゲットして終わりという方もいるようですが。。。

 私の場合、じっくり城中を歩いて回っていますし、そのほかの史跡めぐりも同時に行っておりますので、どうしても時間がかかってしまうのですよね。

 今年中の達成は無理かもしれませんが、一城一城、コツコツと制覇していきたいと考えております。
 この先、どんな旅路が待っているか、とても楽しみです♪

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A☆六文銭

Author:A☆六文銭
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

★当ブログ内の文章、写真等はすべて無断転載禁止です。宜しくお願いします。
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