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弘前城が動く!(天守曳屋)

  去る9月13日(日)に、青森県弘前市へ行ってきました。
 JR弘前駅

 実は、東北地方唯一の現存天守を持つ城であり、桜の名所としても有名な弘前のシンボルでもある「弘前城」の天守が、天守台石垣の修理のため、一時的に「お引越し」しているというのです。
 天守の建物を一時的に移動する、この作業は「曳屋(ひきや)」と呼ばれるもので、歴史的な建造物から、現在の家屋まで幅広く行われているようです。
 
 弘前城へ行くのは、実に8年ぶり。下の写真は2007年秋のものです。お約束のアングルですが、朱塗りの「下乗橋」から撮影しています。
 今回行く前に、過去写真を久しぶりに見直してみたんですが、撮影枚数も少なく、しかも下手くそ(汗)
 天守をバッグに私の姿を撮ったものもありましたが、まだ30代だったため若かった。月日の流れは残酷です(笑)
 弘前城A


 さて、8年ぶりの弘前城の天守はどうなっていたでしょうか。
 この日は残念ながら大雨で、あまり写真写りがよくないのが残念です。
 弘前城1
 ご覧のように、天守台には足場が組まれ、天守は内側に移動しています。
 お堀は埋め立てられ、工事用作業車や機材などが置かれていました。

 天守の建物を支えていた石垣が地震などの影響により、外側に膨らむ「はらみ」が目立っています。
 この石垣の崩落を防ぐため、本格的に修復する必要があるのです。
 弘前城3

 実は、この付近の石垣、明治30年(1897年)にも崩落の危機があったため天守を曳屋した修復工事がされていて、今から100年前の大正4年(1915年)に完成を見ました。それ以来の石垣修復工事となります。
 弘前城7


 

 この日は曳屋の作業が一般公開されていたため、工事中の天守の間近で作業の様子を見学することができました。
 曳屋工事では定評のある、山形県米沢市の業者さんが担当しています。
 当日は、天守閣を25度回転させるという作業が行われていました。前期工事のハイライトでもあり、多数の観光客の他、テレビカメラや新聞記者の姿も見受けられました。
 弘前城2


 
  降りしきる雨の中、数名の作業員の方たちが慎重に作業を行っていました。天守の建物をジャッキで持ち上げ、移動のためのレールみたいのが敷かれています。
  テレビのニュースの特集で見ましたが、天守は重要文化財でもあり、建物を傷つけることのないよう、細心の注意を払っての作業ということで、作業員の皆さんも相当気を遣われていることと思われます。
 弘前城5


 来年の春ごろまでに、仮の天守台まで移動し、建物内部の公開が再開されるということです。
 弘前城6

 石垣の修理を終え、天守が元の位置に戻るまでは、約10年ほどかかる予定とのことです。

  100年ぶりのお城のお引越し、この滅多にない機会に、弘前城を訪れてみては如何でしょうか。
  ※城内にいたザリガニ↓
 弘前城8



 

 参考サイト 弘前城石垣修理事業 弘前公園総合情報特設ページ
 


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姫路城へ行ってきました

   姫路城A



 「平成の大修理」後、はじめて姫路城へ行ってきました。全面化粧直しで、「真っ白」という印象です。あたかも、模型をでかくしたような。
 当日はご覧のように秋晴れで、絶好の行楽日和だっただけに、たくさんの観光客(外国人も多かったです)が押し寄せ、入場制限!をしていたため、残念ながら中に入れず、外観だけの撮影になりました。
 後で聞いたところ、最大で2時間待ちだったとか。

 久しぶりにブログを書こうとしたら、すっかりアップの仕方を忘れていました。。。(泣)
 この後、時間があればまた更新しなおします。

 【追記】
北側より
姫路城5




 この日はスーパームーンの前日。
姫路城2


 お城の広場では、「観月会」のイベントが行われていました。
 屋台が立ち並び、「月見団子」などの販売も。
姫路城3

 中秋の名月を城から眺めるという、風流な企画です。
 江戸時代、歴代のお殿様も、あの白鷺の天守から「お月見」を楽しんだ・・・と想像しがちですが、実際は幕府をはばかって、お殿様といえど、天守に上がることは滅多に無かったんだとか。


 仮設ステージ上では、姫路城のゆるキャラが女の子たちと踊っていました。
姫路城4

 残念ながら、イベントのさわりだけ見て、帰京の途に着きました。


  

 


 また、過去記事にコメントを寄せてくださった方、長らく放置していましたため、お返事できず、申し訳ございませんでした。



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秋の松代城(日本100名城)

 このところ、墓写真ばかりでしたので、少々気分を変えて秋のお城巡りを。

 
 先月、長野市松代町にある「松代城」へやってきました。
 ここ数年、松代には一年に4、5回は来ているのですが、このブログではついつい書き逃してしまい、初めての紹介になります。

 武田信玄が上杉謙信との合戦に備えて、家臣の山本勘助(大河ドラマ「風林火山」の主人公でしたね)に命じて築城させたのがこの城です。当時は「海津城」と呼ばれていました。
 その後、上田から真田家が転封されて江戸時代中は真田家10万石の城下町が発展しました。
 
 明治維新後廃城となり、建物が取り壊されて、城跡は石垣を残すのみでしたが、1981年(昭和56))国史跡となります。
 その後、長野市により環境整備工事が行われ、2004(平成16)年に櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元されました。
 2006年(平成18)には「日本100名城」に認定され、翌年からスタンプラリーがスタートしています。
 

 ところで、この秋に公開された映画「清州会議」では、松代城跡でロケが行われ、この太鼓門の場所が映画で使われたそうです。(もちろん、CG加工されているようですが)
 (過去記事⇒映画『清州会議』
 松代城1
 
 
  城内の銀杏の木も見事に色づいています。
 松代城2


 戌亥の櫓台。こちらは展望台になっていますので、登ってみましょう。
 松代城4


 櫓台から見た本丸跡。今は枯れ木ばかりですが、実は春になると桜の名所となります。
 城の規模としても案外狭いのが実感できます。
 松代城6


 西方向には川中島合戦で上杉謙信が陣を張った妻女山が眺められます。
 松代城7


 東側の山並み。今年はあまり紅葉していなかったような。
 松代城8


 搦手に位置する「北不明門」(復元)
 松代城5


 枯葉をお掃除中の整備スタッフの方々。「縁の下の力持ち」の皆さんのおかげで、城跡はきれいに保たれています。
 松代城3


 いつもはあまり行かないのですが、今回は城の裏手のほうを歩いてみました。
 江戸時代は搦手側は千曲川に面していて、千曲川の氾濫により、何度か城の改修が行われています。
 こちらは搦手側のお堀。
 松代城11

 
 東側のお堀。
 松代城9



 二の丸石垣門(復元)
 松代城10


 上の門跡から外へ出たのですが、昨年で廃線となった長野電鉄屋代線の「松代駅」の裏手に出ました。
 ご覧のように、もうすっかり線路が取り払われて更地となっており、なんともさびしいかぎり。
  (過去記事⇒また消える懐かしい風景・・・長野電鉄屋代線
 松代駅


 なお、100名城スタンプラリーで行かれる方は城内の西側、管理棟に置かれています。
 私が行った4,5年前はスタンプからインクが液漏れしていて、ひどい状態でしたが、最近では改善されたのでしょうか?

 いつも、松代城は閑散としているのですが、この日はなぜかツアー客が多くて、観光バスが数台停まっていました。
 聞けば、季節外れの花火??を見に来た観光客だったようです。



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会津若松城(鶴ヶ城)

会津若松城1

 
 本当に久しぶりの会津若松城(鶴ヶ城)です。
 全面「赤瓦」に葺き替えてから、一度は行こうと思っていたのですが、2年前の大震災等もあり、やっと再訪です。


会津若松城2

 大震災以来、風評被害で客足が遠のいていた会津若松ですが、NHK大河ドラマ「八重の桜」のおかげで、また観光客が戻ってきたそうです。
 ドラマの方は「京都編」に入ってしまいましたが、今年中は集客が見込めそうですね。


 この日、到着してから時々雨が降る曇りがちの天気で、写真写りが白っぽくなってしまったのが残念ですが、この赤瓦、積雪に耐えるための特殊な上薬が塗ってあり、強度を高めています。箱館の五稜郭などはわざわざ越前から取り寄せた赤瓦を使用していましたが、会津若松城の場合、江戸時代中は喜多方の窯元で焼いていたそうです。
 しかし、今回の復元にあたっては新潟県の瓦屋さんが担当したそうです。
  会津若松城3


 今回は時間もなかったし、以前も複数回来ていますので、さらっと見学しただけですが、目新しいところでは城内の「御三階櫓」の跡が発掘調査されていました。
  会津若松城4

  御三階櫓はわずかに残された若松城の遺構ですが、維新後、市内にある「阿弥陀寺」に移築されていまして、この建物を再度元の位置に戻そうという計画が進行中です。復元にはもうしばらく時間がかかりそうです。
  御三階櫓

 
  今回はさらっとのご紹介まで。

                   つづく



   
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甲府城(日本100名城)

 甲府にやってきたので、久しぶりに甲府城に寄りました。
 甲府城は本能寺の変後、徳川家康の支配となり、城代として平岩親吉が置かれますが、その後豊臣秀吉が家康を関東に移封させ、羽柴秀勝を配置。その後、加藤光泰を城主としますが光泰は文禄の役で陣没したため、浅野長政・幸長父子が後任として入り、城を整備しました。
 関ケ原合戦後、浅野氏は紀伊和歌山に領地替えとなったため、再び徳川家康の支配下となり、その後徳川義直(家康9男)→徳川忠長(家光弟)→徳川綱重(家光2男)→柳沢吉保→柳沢吉里と城主が代わり、享保9年(1724年)に吉里が大和郡山へ転封されたため、以後甲府は幕府の直轄地となり、甲府勤番が置かれるようになりました。

 初めて甲府城に来たとき、個人的にはあまりパッとしない印象の城でした。夕暮れ時、城址にある「謝恩塔」の下で高校生ぐらいのカップルが肩を寄せ合い、語らっている姿がなぜか今でも思い出されます(笑)
 ところが、その後山梨県によって復元工事が行われ、往時の姿を取り戻しつつあります。


 城の南側、「遊亀橋」から眺めた城址。現在は「舞鶴城公園」となっており、市民の憩いの場所でもあります。
 甲府城遊亀橋


 鍛冶曲輪門 1997年(平成9年)復元 ※2009年撮影
 甲府城鍛冶曲輪門


 稲荷櫓 2004年(平成16年)復元 
 甲府城稲荷櫓


 稲荷櫓の2階に甲府城の模型があります。これを見ると、甲府城の全貌がよくわかります。
 甲府城模型


 現在、100名城のスタンプは稲荷櫓に置いてあります。(職員の人に申し出る)
 今にしてみると、100名城のスタンプ集めもけっこう昔のことのように感じられます・・・。※2009年撮影
  甲府城スタンプ


 本丸天守台
 甲府城天守台


 久しぶりに天守台に登ってみましたが、冠雪した富士山がよく眺められました。以前来た時は気づかなかったです。冬だからきれいに見えたのかも。
 富士山(甲府城)



 今回、本丸の「鉄門(くろがねもん)」が復元されたことを知りました。今年の1月から公開されているそうです。
 甲府城鉄門2

 「鉄門」の内部の様子。まだ新鮮な木の香りが漂ってました。
 甲府城鉄門1


 甲府城址は中央本線で分断されています。(北側から2009年撮影)
 甲府城遠望


 線路を挟んで北側の城址も2007年(平成19年)に復元され、「歴史公園」として公開されています。
 詳細な発掘調査により復元された山手渡櫓門 ※2009年撮影
 甲府城山手門

 
 以上見てきたように、城の整備が進み、往時の姿がよみがえりつつありますので、今後の展開もとても楽しみです。JR甲府駅からも歩いて数分ですので、アクセスも楽ちんです。
 


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二本松城(日本100名城)

 白河小峰城の後、電車に乗って北上し、二本松城を目指します。

 JR二本松駅で下車すると、駅前に「二本松少年隊隊士」の銅像があり、「霞城の太刀風」とタイトルがついていました。
 この銅像は二本松市名誉市民で彫刻家の橋本堅太郎氏(日本芸術院会員)が制作し、二本松市に寄贈したものだそうで、戊辰戦争の悲劇として今に語り継がれている二本松少年隊の隊士・成田才次郎(数え年14才)が、小野派一刀流の〝胸突き〟で官軍側の白井小四郎(長州藩)を倒したという逸話に基づいているとのことです。
 4年前に来た時はなかったので、その後設置されたものと思われます。
 二本松城4

 
 二本松城へは駅から歩いて15分くらい。この日は急いでいたので、タクシーへ乗り、二本松城の入り口へ到着。
 4年ぶり2度目の来訪です。
 下の写真は昭和57年(1982年)に御殿跡に復元された二階櫓、箕輪門、多門櫓です。(※なお、二階櫓は現存する城絵図のなかに描かれていません)
 
 二本松城3

 二本松城は奥州探題・畠山満泰が応永11年(1404年)に白旗ヶ峯(標高345m)の山頂に「霧ヶ城」を築いたのが始まりです。
 下の写真は2008年に撮影した城の遠望写真ですが、山城ということがわかると思います。
 二本松城7
 
 その後、伊達政宗によって畠山氏は滅亡。伊達氏の支配ののち、会津領主となった蒲生氏の城代が置かれ石垣を用いた城郭として改修され、その後加藤氏の城代によって本丸が拡張、整備されました。
 寛永20年(1643年)に白河から丹羽光重(長重の子)が入封し、三の丸御殿、箕輪門を築き、城下町が整備され、以後幕末まで丹羽氏の居城となりました。

 城の歴史はこの辺までにして、城の様子を見てみてみましょう。

 城の入り口に「二本松少年隊群像」の銅像があります。最初に紹介した彫刻家・橋本賢太郎氏の手によるもので、戊辰戦争の折、官軍を相手に果敢に戦い、死んでいった当時13歳~17歳の少年隊士の姿が再現されています。駅前にあった銅像とほぼ同じものが右側にありますね。
 明治維新以降二本松藩の関係者が彼らの存在ついてほとんど語らなかったため、会津の「白虎隊」に比べて世間的にはあまり知られていなかったそうですが、大正時代に生き残った少年隊士の一人が回想録を出版し、ようやく世に知られるようになったといいます。
 その後、現在に至るまで地元の方たちによって顕彰されています。
二本松城1


 残念ながら二本松城の建物は戊辰戦争時にすべて焼失しました。復元された箕輪門をくぐり、城内へ。。。
 二本松城2


 すると、なぜか今年のNHK大河ドラマの主人公「平清盛」がお出迎え(笑)
 二本松菊人形1

 この日はちょうど、毎年恒例の「二本松菊人形まつり」の初日だったのです。
 今年は58回目を数えるそうですが、昨年の震災の影響もあり、規模を縮小しての開催だとか。
 震災前は多くの観光客が訪れていたそうですが、やはり福島原発の風評被害で観光客が激減したそうで、ようやく少しずつ客足が戻ってきたと聞きました。
 二本松菊人形10

 初日ということで、会場内に飾られた菊はまだ咲いていないものもありましたが、早咲きのものは見事に咲き誇っていました。
 二本松菊人形3
 二本松菊人形9

 
 二本松の菊人形のハイライトはやはり大河ドラマを題材にしたものといえるでしょう。

    馬上の平清盛。
   二本松菊人形8

  ライバル・源義朝(左)との一騎打ち(汗)
 二本松菊人形2


 来年の大河ドラマ「八重の桜」をテーマに・・・。
 二本松菊人形4

    ヒロインの「八重」さん。なかなかの美形です(笑) 
   二本松菊人形5


 もちろん、ご当地・二本松少年隊の勇姿も!
 二本松菊人形7


 「観音滝」 小滝と小菊を背景に、黄金色に輝く観音様。清らかさが感じられて、足をとめている観光客も多かったです。
 二本松菊人形6


 
 「菊人形まつり」は明日18日で閉幕です。こちらがバタバタしている間に、あっという間にひと月経ってしまいました。もう少し早く記事にできればよかったんですが・・・。


 なお、お城の方ですが、山上にある本丸石垣は震災の影響で立入禁止だそうです。平成3年(1991年)に発掘調査した後、平成5~7年(1993~95年)に修築復元された石垣でしたが、残念ながら地震の被害を受けてしまいました。(近くまでは行かれるようです)
 一応、4年前に撮影した本丸石垣の写真を掲載しておきます。4年前に来た時は桜が満開だったのですが、大雨に見舞われ、ずぶ濡れになりながらの撮影でした。
 北東隅に天守台を備え、東と西に櫓台が配され、多聞で連結していました。
 二本松城6
 
 内部から見た天守台。発掘調査の結果、天守の建物は築かれなかったことが判明。
 二本松城5


 二本松城へは城内に植えられた1800本の桜が見事な4月か、秋の菊人形まつりに合わせて行くのが良いと思います。
 やはり元々は山城なので、じっくり見ていると2時間以上はかかるように思います。
 なお、100名城のスタンプは二本松駅の観光案内所か、先日紹介した歴史資料館受付に設置されています。
 今回はお城そのものより、菊人形まつりの方がメインになってしまいましたが、それもご愛嬌ということで。。。


   
より大きな地図で 二本松城(霞ヶ城公園) を表示

 

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白河小峰城(日本100名城)

 福島県白河市にある「白河小峰城」。「日本100名城」のひとつに選定されています。

 小峰城は南北朝時代に結城白河(小峰)氏によって築かれましたが、江戸時代寛永年間に丹羽長重(丹羽長秀の子)が棚倉より10万石をもって入封し、幕命によって5年の歳月をかけて城を大改修しました。一説には奥羽の雄である伊達氏の押えを目的としていたともいわれています。
 幕末の戊辰戦争による戦火によって城は落城し、焼失してしまいます。昭和62年(1987年)、白河市制40周年を記念して三重櫓の復元計画が持ち上がり、平成3年(1991年)に三重櫓が、平成6年(1994年)に前御門が木造により復元されました。
 この復元が「平成の城復元」ブームの呼び水となって、各地で木造による城の復元がなされるようになった契機となりました。

 前回、私がこちらへ来たのは2008年の4月。今から4年前になります。
 この記事を書くにあたって過去の写真を見直してみましたが、スタンプラリーと花見を兼ねて行ったのが懐かしく思い出されます。以下2枚の写真は当時撮影したものです。
 
 
 白河小峰城2008a
 白河小峰城2008b



    *****************************

 昨年3月の東日本大震災により、白河小峰城も石垣を中心に大きな被害を蒙りました。
 以下の写真は先月撮影してきたものですが、石垣の崩壊で危険なため、現在城内は立入禁止となっています。
 地元の教育委員会に問い合わせたところ、完全復旧まで5~7年程度かかるとの見込みで、石垣の工事が進み、安全面が確保され次第、部分公開できれば・・・という話でした。
 なお、復元した三重櫓の被害はほとんどみられず、地震当日現場に居合わせた人々に怪我などの被害がなかったそうで、不幸中の幸いでした。
 なお、100名城スタンプラリーのスタンプは、先日紹介した城址公園内の「白河集古苑」の中に置いてあります。

 一番上の写真とほぼ同じ場所から撮影してみました。
 白河小峰城3


 この日、城址公園は人影もまばらで、時折観光客と見られる人がひとりふたり、この場所で足止めをくらい、名残惜しそうに去って行くのを見ました。
 4年前に来た時は団体のお客さんもいて観光スポットとしてにぎわっていたのに、残念なことです。
 白河小峰城4


 望遠で撮影しましたが、復元された三重櫓の下付近の石垣が崩落していました。
 白河小峰城2

 以前も書きましたが、国指定史跡の場合、勝手に工事はできず、復元・修復には綿密な調査を実施の上、「文化庁」の認可がいるとのことでした。
 白河小峰城1

 
  石垣の被害状況と、修復に関する説明板です。(クリックで拡大)これによると、城内10か所で石垣が崩落がみられるとのことです。
  白河小峰城7

  白河小峰城8


 今回地元の方に教えていただきましたが、城址歩いて5,6分くらいの場所に、小峰城の太鼓櫓が移築されているのを知りました。現在は民家の建物として転用されています。
 白河小峰城5


 秋になり陽が落ちるのが早くなりました。帰りがけに撮影したライトアップされた三重櫓。
 公開までにはまだしばらく時間がかかりそうですが、工事が終了したらまた再訪したいと思います。
 「新島八重」の展示を見に、城址公園内の集古苑に寄った際、修復のための募金箱があったので、少額ではありますが寄付してきました。
 白河小峰城6


  関連記事
   丹羽長重の墓
   震災から7ヶ月 仙台城は今・・・(前)
   震災から7ヶ月 仙台城は今・・・(後
   地震による土浦城の被害状況

  
   
より大きな地図で 白河小峰城 を表示


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姫路城2012

 主人の両親が次々に入院してから数日たちますが、まだ退院のめどがたっておりません(泣)
 今日もこれから、病院へ顔を出してまいります。


 ところで、入院でバタバタする直前に、姫路(兵庫県)へ日帰りで行ってきました。

 姫路といえば、やはり世界遺産「姫路城」。2009年より5年計画で、現在大天守の保存修理を実施中です。
 下の写真のように、大天守が城が描かれている囲いでスッポリと覆われてしまっております。
 
 「姫路城」の石碑の横に、黒猫がちょこんと佇んでいました。さっそく撮影と思ったら、いきなり後ろからガキが来てちょっかいだしたら、猫はすぐに逃げてしまった。城内は野良猫がいっぱい。猫の目が光っていて、ちょっと異様に見えます。
 いつもは観光客でいっぱいなのに、この日は閑散としていてさびしかったです。
 姫路城3

 東側より。工事用の足場が組まれています。鹿島建設ほか2社が工事を請け負ったようです。
 姫路城1

 

 やむを得ないことながら、なんだか味気ない感じ・・・。
 姫路城2

 
 別名「白鷺城」の名の通り、再び優美な姿を見せてくれることを願って待ちましょう。この写真はお気に入りです。(2006年秋撮影)
 姫路城4



 ところで、先日NHKより2014年の大河ドラマが「軍師官兵衛」(主演・岡田准一)に決まったと発表がありました。

  駅前のビルでは、すでに歓迎ムードの垂れ幕が。
  軍師官兵衛1
  軍師官兵衛2

 駅構内の観光案内所には、主人公・黒田官兵衛の兜のレプリカが展示されていました。
  軍師官兵衛3


 私もしばらく姫路へ来ていなかったので存じあげませんでしたが、以前より大河ドラマ誘致活動をやっていたみたいですね。それが今回実ったという形でしょうか。
 それにしても、たしかに官兵衛は当初姫路にいて、秀吉に姫路城を譲るのですが、現在の姫路城は後年池田輝政が築いたものですからねえ・・・。




 関連記事 【速報】2016年NHK大河ドラマの主人公は黒田官兵衛(主演 岡田准一さん) 再掲・黒田官兵衛の墓

 
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2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
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