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米沢城(山形緊急城攻め七)

 米沢城の歴史は古くは鎌倉時代にさかのぼるとの伝承がありますが、はっきりしません。
 天文年間(1532~1555年)、伊達稙宗・晴宗父子の間で一族・周辺氏族を巻き込んだ「天文の乱」が勃発しますが、後に和睦し、天文17年(1548年)晴宗は陸奥西山城より本拠を米沢城へ移し、城と城下町を整備しました。
 天正19年(1591年)、豊臣秀吉の命により蒲生氏郷が42万石で配されると、伊達政宗は岩出山へ転封し、伊達氏の米沢支配はここで終わります。
 慶長3年(1598年)、上杉景勝が会津120万石で入封すると、家臣の直江兼続が城の改修を行ったといいます。
 ところが、慶長5年(1600年)、関ヶ原合戦で西軍に属した景勝は戦後30万石に減封られ、米沢へ移されますが、この後二の丸を普請し、そこに居館を置きました。
 慶長13年より城の本格的な整備が行われ、三の丸及び外堀の造営、本丸・二の丸の改修が行われました。幕府への遠慮もあり、石垣は築かれず、天守も建設されませんでした。
 松川の西岸扇状地に立地する米沢城は本丸を二の丸が囲み、さらに三の丸が囲む輪郭式の平城となっています。本丸には明治以降、「上杉神社」が鎮座しています。
 観光的には、JR米沢駅よりやや遠い(歩いて30分、車で10分強)のが玉にキズです。

 米沢へは昨年もこの時期に2度来ていますが、桜の開花前と開花後でちょうど満開の時期を逃してしまいましたので、今年は桜開花が例年より遅れたこともあり、7分咲きくらいで見ごろだったのが嬉しかったです。
 やはり、一年を通して桜の時期が最も観光客で賑わいますし、撮影より一月経過してしまいましたが、春の名残を感じていただけますでしょうか。

米沢城e

米沢城f



 毎年恒例の「上杉まつり」を翌日に控えており、城址付近にはたくさんの出店が並んでいました。
米沢城b


  たなびく「龍」の旗印
  米沢城a


 参道にある米沢藩・中興の祖、上杉鷹山の像。ここで記念撮影する人も多いです。
 上杉鷹山


 その向かい側の広場にある上杉謙信の像。この写真を撮影していたら、近くにいたカップルに「すみませんが、カメラのシャッター押していただけますか」と言われました。やはり人気があります。
 上杉謙信像

 
 昨年設置されたばかりの、「天地人」直江兼続(右)、上杉景勝の像。
 造った方には申し訳ありませんが、見ていると観光客の反応はイマイチな印象(存在に気づかず、スルーしている人たちも多い)銅像設置にあたっては、それぞれ単独で造ればよかったのに・・・と個人的には思います。
直江兼続・上杉景勝像


 「伊達政宗生誕の地」の石碑 奥州の雄・伊達政宗はこの米沢城にて出生しました。
米沢城d


 参道の左手の土塁を上がると、かつて上杉謙信の遺骸が葬られていた祀堂跡があります。明治以降、謙信の遺骸は上杉家廟所へ改葬されました。周囲では大学生ぐらいの若い人たちがシートを敷いて、花見に興じていました。
米沢城g


 上杉謙信祀堂跡より眺めた伝国の杜・上杉博物館。
 かつてここには真言宗の20の寺院があったとされ、発掘調査の結果大乗寺など8寺院が確認されました。その跡地に博物館が建てられました。
 なお、明治以降大乗寺の僧侶が還俗して神官となり、その子孫が上杉神社の宮司をされています。
上杉博物館B



 明治9年、旧本丸奥御殿跡に設けられた上杉神社。日頃は閑散としていますが、この日は参詣者が行列していました。
上杉神社


 上杉神社の右手奥にある宝物館「稽照殿」。ここには有名な直江兼続の「愛」の前立付兜や、上杉氏ゆかりの品々が納められています。
稽照殿


 昨年3月の震災で建物が被害を受けたため数ヶ月にわたり休館していましたが、現在第一展示室のみ公開しています。(この日は時間がなかったので見学しなかった)
 稽照殿2


 本丸南西隅に鎮座する春日神社。上杉鷹山が学問・武芸に励むことや、行動や賞罰に不正の無いこと等を誓った誓詞を奉納しました。
春日神社


 本丸南にある菱門橋。この景色も桜の時期ならでは。この橋の右手にかつては馬出が設けられていました。(現存せず)
米沢城c



 前日行った鶴ヶ岡城と比較するとやはりこちらの方が一回り小規模な感じがしました。

                   つづく


過去記事   ご当地キャラ♪「かねたん」
         【駅弁】牛肉どまん中 「花の慶次」ヴァージョン(JR米沢駅) ※昨年4月来訪時の記事



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山形緊急城攻め(三) 鶴ヶ岡城その2

 鶴ヶ岡城その1 のつづき


 本丸を囲む堀。二の丸の堀端が桜並木となっています。
鶴岡公園18


 二の丸。左手が出店に隠れていますが土塁が続いています。かつてはこの辺りに「廏(うまや)」がありました。
鶴岡公園20


 二の丸のこの正面付近に「馬場」がありました。
鶴岡公園19

 

 二の丸の堀。
鶴岡公園21



 二の丸北御門付近の土塁がよく残っています。
鶴岡公園23


 二の丸の南東、藩校致道館の道を挟んだ目の前に「二の丸角櫓」の跡がありました。
鶴岡公園24


 裏側に小規模ながら櫓台とおぼしき石垣があったのですが、調べてみたら最近になって復元したものだそうです。
鶴岡公園25



【感想】
 残念ながら城の遺構はあまり残っておらず、途中で激しい雨にも見舞われ、撮影するのに手間取りました。しかし、城の規模としてはかなり広かったと思われます。同じ山形県内の米沢城よりも規模は大きいように思われました。東北関東に見られる典型的な土塁の城でした。
 城址は現在では桜の名所になっていますが、おそらくこの桜は明治以降に植えられたものだと思われます。桜が見事なだけに、お城は少々残念というか当時をイメージするのが難しかったです。庄内藩は戊辰戦争で官軍方に降伏したものの、たまたま西郷隆盛によって比較的寛大な処分が下されたため、明治以降は新政府を憚って城の遺構を残したくなかったようです。


                   つづく


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山形緊急城攻め(二) 鶴ヶ岡城その1

 現在鶴岡公園になっている鶴ヶ岡城の歴史は古くは室町時代まで遡ります。もともと鎌倉時代の御家人であった武藤氏が大泉荘地頭職として「大泉氏」を称し、室町時代にこの地へ下向して築いた「大宝寺城」が前身と伝えられています。
 その後、戦国時代に最上氏と上杉氏が争奪を繰り返しましたが、関ヶ原合戦後は最上義光が隠居所として整備し、鶴ヶ岡城と改めました。
 最上義光が死去すると最上家では跡目争いがおこり、それが原因で改易されてしまいます。その後信州松代から酒井忠勝が入封し、城を整備します。以後明治維新まで酒井氏十二代の居城となりました。

 残念ながら明治8年に城内の建物はほぼ破却されてしまい、堀の一部や土塁は確認できましたが、当時をイメージしにくくて困りました。お城を象徴する目立った箇所がないのです。
 この日、桜が満開だったこともあり、お城を撮影しにきたはずが、途中から城を撮っているのか桜を撮っているのか正直わからなくなってきました(汗)
 昔の古地図をもとに、無理やり城の痕跡を辿ってみました。なお、鶴ヶ岡城は本丸を二の丸、三の丸が「回」の字に囲む典型的な輪郭式縄張で築かれています。

 
 二の丸西門跡。古地図を参照するとこの左岸の方(致道博物館がある)が三の丸となり、この付近に丸馬出と三日月堀がありました。(現存せず)
 ということは、甲州流の縄張術が一部採用されています。
   鶴岡公園9
 
 
 幅が11~16間ほどある本丸水堀。
鶴岡公園7


 二の丸南西部から本丸「中の御門」方面を見る。この桜が植わっている辺りに昔は渡櫓がありました。
鶴岡公園8


 本丸「中の御門」付近にある大宝館。大正天皇即位を記念して、大正4年(1915年)建築された擬洋風建築の建物。
 中は郷土の偉人を紹介する展示室および鶴岡出身の文学者・高山樗牛(小説『滝口入道』)の生家の一部が復元されています。
鶴岡公園14


   建物を撮影していたら、どこからともなく白鳥が3羽来たのでパチリ(おまけ)
    鶴岡公園22

     大宝館脇の桜(おまけ)
    鶴岡公園6


 大宝館の西側に本丸玄関跡がありました。
鶴岡公園11


 本丸の南西側の隅には渡櫓(御金蔵)がありました。現在は護国神社があります。ちらっと見える石垣は当時のものかどうかは不明。
鶴岡公園15

 
 本丸は総面積2789坪。かつてはここに923坪に及ぶ広大な御殿がありました。
 現在御殿跡には荘内神社があります。酒井氏初代忠次、二代家次、三代忠勝、藩政改革を行った九代忠徳が祀られています。宝物館(有料)が併設されていますが、中はたいした物はありませんでした。
鶴岡公園13(荘内神社)



      荘内神社の斜め向かい側に「藤沢周平記念館」があります。(後述)
      藤沢周平記念館

 
 本丸の北西隅にあった「御角櫓」跡。 櫓台の石組が築かれ、その上に二階建の櫓があったといいます。 
鶴岡公園17


 本丸の西側にあった土塁がよく残っています。
鶴岡公園16


    桜と桃?のコラボ(おまけ)
  鶴岡公園12


       椿も満開でした。(おまけ)
      鶴岡公園10


 写真が多いので、その2に続きます。



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山形緊急城攻め(一) 鶴岡へ

 GWもあっという間に終わってしまいましたが、今年は後半がお天気良くなかったですね。遠出された方にはガッカリな天気でした。おまけに茨城や栃木の一部地域では突如竜巻に見舞われ、被害に遭われた方々は本当にお気の毒です。心よりお見舞い申し上げます。

 さて、GW直前に行った山形の旅です。今週少々多忙なので、小刻みなアップになりますのでご了承ください。

 JR東京駅より朝一の山形新幹線「つばさ」に乗ります。
山形新幹線つばさ


 乗車時間2時間50分くらいでJR山形駅へ到着。
   JR山形駅


 駅前でレンタカーを借り、一路鶴岡を目指します。
 山形道を通っていったのですが、途中月山付近ではご覧の通りまだ残雪が・・・。気温も6℃~9℃くらいで外気は寒かったです。
山形自動車道

 
 約2時間ほどで鶴岡に到着。鶴岡へはこれが初めてです。
 とりあえず、鶴ヶ岡城を目指します。鶴ヶ岡城址は現在では「鶴岡公園」と呼ばれ、市民の憩いの場となっています。
 なお、鶴岡公園は“日本さくらの名所100選”に選定されており、ソメイヨシノなど730本もの桜が植えられているということです。
  鶴岡公園4

 
 鶴岡公園の外郭ですが、ご覧の通り桜並木。「ぼんぼり」には「がんばろう東北」の文字が書かれていました。
鶴岡公園3

 お堀端の桜も満開です。せっかく満開なのに、鈍色の空だったのが少々残念でした。
鶴岡公園5


 お堀端には白鳥の姿も。のどかな感じです。
  鶴岡公園1


 園内に入ってみると、屋台がたくさん出ていましたが、降ったりやんだりの天気でお店の方も少々手持ち無沙汰気味の様子。
鶴岡公園2


 この後、お城の遺構を辿って園内をちょっと探索してみます。    つづく


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白石城(宮城県)

 米沢へ行った日の翌日、宮城県白石市の白石城を見てきました。

白石城三階櫓

 2、3度東北新幹線に乗車の折、天守閣の頭の部分が車窓から見えていたのですが、今回やっと来ることができました。

 白石城はもともと中世土豪の白石氏の居城だったそうですが、現在のような本格的なお城の形になったのは、戦国時代、会津の領主だった蒲生氏郷の家臣、蒲生郷成が築城したのが初めです。
 後に会津領に移封してきた上杉景勝の物となり、景勝の家臣よって城は修築されました。

白石城

 慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いの折に、奥州の雄・伊達政宗が上杉氏を攻め、この白石城を奪います。

 その二年後、政宗の重臣であった片倉小十郎景綱が入城し、以後明治維新にいたるまで260年片倉氏の居城となりました。


 お城は明治維新の際に解体されており、三階櫓(天守閣)および大手門は、平成7年に綿密な考証により復元されました。
 天守台の石垣も「野面積み」で新しく積み直されたものですし、木造建築での往時をしのばせる復元の城となっております。
 三階櫓にいらっしゃるボランティアガイドさんも大変親切で、気さくに声をかけていただけました。

白石城大手門

★参考サイト 白石城ホームページ http://www.shiro-f.jp/shiroishijo/index.htm


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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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