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また消える懐かしい風景・・・長野電鉄屋代線

 本日、2012年3月31日をもって、開業90年の歴史を誇る長野電鉄屋代線が廃止になります。
 実はこの路線が廃止になるという事を昨年聞いてにわかに信じられなかったのですが、とうとうこの日が来てしまいました。今日は「さようなら、ありがとう 長野電鉄屋代線」ということで地元では記念イベントが行われた模様です。

 長野県民でもなく、熱心な鉄道ファンでもない私がなぜ屋代線の廃止について思いを寄せるところがあるかと言いますと、実は使用車両が旧営団地下鉄日比谷線で使われていたものを転用していたからなんですね。
 私の実家は日比谷線の沿線にあるもので、幼い頃から生活の足として頻繁に利用してきました。
 長野へ旅行に来て、はじめて屋代線に乗車した時、どこかで見たことのある車両だなあと思ったら、子供の頃日比谷線を走っていた車両だと聞いて納得しました。この時、懐かしい電車に再会出来て、なんだか嬉しく感じたことを覚えています。
 
 屋代線(屋代~須坂)は大正11年(1922年)に開業した長野電鉄で最も歴史ある路線です。にもかかわらず、マイカーの普及や少子高齢化によって、年々利用者数が落ち込み収益が悪化。累積赤字は50億円を超えたそうです。また設備の老朽化が進み、この先維持費として30億円もの費用がかかることから、とうとう廃止という結論に達したということでした。

 「これは廃線になる前にぜひ乗っておかねば!」ということで、私共夫婦は昨年の12月、「記念乗車」してきました。
 実は私もここ4,5年はこの方面へやって来るとバス利用が多く、屋代線を利用していませんでした。(バス便の方が移動時間が短くて済むので便利という理由からだったのですが、今にしてみればもう少し電車に乗っておけばよかったと少々後悔しております)

 
 長野電鉄屋代駅からスタート。
 長野電鉄屋代線6(屋代駅b)


 時間があったので、駅のホームを少し撮影します。木造の古びた待合室。
 長野電鉄屋代線1(屋代駅a)

 上方に時刻表がありましたが、近年は一日14本の運行だったんですね。
 長野電鉄屋代線8(屋代駅d)


 ちょっと暗くなってしまいましたが誰もいない待合室の中。時代を感じます。
 長野電鉄屋代線7(屋代駅c)


 
 車両は日比谷線3000系を転用したものです。
 長野電鉄屋代線3(屋代駅e)

 
 車両へ乗り込みます。子供の頃乗った日比谷線の車両そのままです。(調べてみると、平成7年(1995年)くらいまで日比谷線で使用されていたそうです)
 この後電車が動きはじめましたが、お客さんの数はまばら。
 長野電鉄屋代線2


 乗車中、隣にいた主人が懐かしそうに言いました「子供の頃、ドアの窓から何か見えないかと思って、よくつまさき立ちして外を見ようとしてたんだよね~結局真っ暗だから何も見えないのにね(笑)」
 この頃のドアの小窓は上方にあって、小学校低学年くらいだと背が届かないのです。主人の言葉に、ああ、自分にもそんな事があったっけかなあ・・・。
 長野電鉄屋代線18


 車窓を眺めたり思い出話をしているうちに、下車予定の松代駅へ近づいてきました。
 直前、車窓からは松代城が見えました。(後述します)
 長野電鉄屋代線5


 松代駅へ到着。
 長野電鉄屋代線11(松代駅g)

 (※写真数が多いので、追記をクリックしてください↓)

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「さぬきうどん」参上!(高松空港)

 先日(11/2日)、所用があって香川県高松市に行ってきました。
 羽田から飛行機で行ったのですが、高松空港に到着し、飛行機を降りて空港の出口へ行く途中、こんなモノを発見!(写真はクリックで拡大します)
   高松空港 手荷物コンベア2

 な、なんと。。。手荷物受取所のコンベヤーに、うどん鉢のサンプルが二つ置かれていて、ぐるぐる廻っているんです。
 おおー、いつの間にこのようなモノが!たしか、今年の夏来たときは無かったもので。

 どこかのTV局のカメラまで入ってました(汗)
   高松空港 手荷物コンベア1

 
 帰京してから、ニュースでやっていたことを知りました。(撮影していたのは多分コレか?)

 高松空港 コンベヤーにうどん〈NHKニュースサイト) ※リンク切れご容赦

 香川の名物「さぬきうどん」をPRしようと、高松空港の手荷物の受取所で、器に入ったうどんのサンプルがベルトコンベヤーで流れてくるユニークな取り組みが始まり、到着客を楽しませています。

 この取り組みは、高松空港ビルの管理会社が国内線の手荷物の受取所で今月から始めました。荷物と一緒に流れてくるのは、生卵を混ぜて食べる「釜玉うどん」と、天ぷらをのせた「天ざるうどん」の2種類のサンプルです。うどんの器はそれぞれ直径およそ30センチで、特産の庵治石が使われています。受取所では、うどん店の雰囲気を出すために「さぬきうどん」と書かれたのれんを取り付け、メニューも置いています。高松空港に到着した観光客やビジネス客などは、手荷物と一緒に流れてくるうどんのサンプルを物珍しそうに眺めたり、写真に収めたりしていました。東京から観光で訪れた25歳の女性は「うどん目当てで香川県に来ましたが、まさか空港で目にするとは思っていなかったので驚きました。これからすぐに食べにいきたいです」と話していました。高松空港ビルの山下幸男社長は「少しでも多くの人にこのうどんを見てもらい、『香川に来たのだな』と喜んでいただければ」と話していました。



 ふーん (´・ω・`) なるほど。。。さすがは香川名物「さぬきうどん」といったところですね。
 この手のニュース性のあるものは後で書くと色あせてしまうので、とりあえずのっけておきますね。
 いわずもがな、自分も高松でうどん食べてきましたけど。。。(美味しいお店でした)

 
 しかし、このような食品のサンプルが空港手荷物受取所のコンベヤー上で廻っているのは高松が最初ではないと思う。
 以前、大分空港で見たことがありましたから。(2007年秋撮影) 大分のほうは「寿司」でしたけどね。

大分空港 手荷物受取所1 大分空港 手荷物受取所2


 次回はまた松江行きの続きを。



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戦国武将 誰に仕官したいか?

 小谷城、姉川の合戦などをまとめるにあたり、実家から「信長公記」や信長関係書2,3冊を持ってきてざっと読み返してみました。「信長公記」などはかれこれ、5年ぶりくらいに目を通したことになります。

 よく、自分は織田信長が好きだ、尊敬する武将は信長だ、と自己紹介している方を多々見かけますが、それは後世に生きているからこそ言えることであって、同時代に生きていたら、とてもとても好きにはなれない人だと思います。
 その生涯において、実にたくさんの人たちの命を奪ってきましたし、血のつながった肉親ですら例外ではありませんでした。
 また、好悪の感情が激しく、いったん彼の気に触ることでもあれば、すぐに苛烈な処断が待っていたのですから、いくら譜代の家臣であっても常に薄氷を踏むがごとき心境だったでしょう。
 ですから、信長は浅井長政を始めとして、荒木村重やら松永久秀やら次々と謀反をおこされるはめになります。信長に反旗をひるがえした人たちは常に疑心暗鬼に陥り、信長の事は油断ならない人物と思っていたのでしょう。その最たるものが、本能寺の変の明智光秀でしょう。

 信長に認められ、出世を果たした豊臣秀吉のような微に入り、細に入りといった細やかな気働きがなければ、信長の家来としてはやっていけなかっただろうと思います。

 私は小学3年くらいから日本史に興味を持って、今に至っているのですが、戦国時代に関心を寄せたのは中学に入ってからだったでしょうか。(それまでは鎌倉時代や室町時代に関心があった)

 それから、足りない頭で自分なりにいろいろな歴史書を読んだりし、自分の理想の武将像を考えてきました。(当時はまだ今のように戦国シュミレーションゲームなども無い時代です)

 「もし、自分が仕官したいとするなら、誰がよいか?」
という事をメインに考えてきました。

 信長、秀吉、家康はどうもイマイチ好きになれなかったので、対象外となりました。

 で、二十代に入ってから一応考えがまとまってきて、自分が家臣として奉公するなら、一番の理想の武将は小早川隆景(1533~1597)(毛利元就の三男)ではないかな、と思っています。
 
 父、毛利元就の智謀をもっともよく受け継いだのが、三男の隆景だったと言われています。
 長男の隆元は「総領の甚六」で、やや凡庸な面がありましたし、次男の吉川元春は武勇には優れていましたが、性格的に短気なところで損をしていました。
 隆景は武略、智略のどちらもバランスよく才能に恵まれていたので、この人が総領で生まれていたなら、また毛利家の運命も違ったものになったかもしれません。
 隆元の子、輝元もまたどうしようもない凡将でしたが、隆景は叔父として影になり日向になり支え続けました。決して出すぎず、奥ゆかしいところがあるのも隆景の性格ならではです。

 彼は外交面でも力を発揮して、後には豊臣秀吉からも厚い信頼を寄せられるようになります。こういう所も彼の魅力的な一面だと思います。
 戦国最強のナンバー2は、この小早川隆景だと思っています。
 隆景がモットーとしていた言葉「一生は夢の間なれば」という言葉も洒落ています。
 
 他にもいろいろ好きな武将はいるのですが、もし戦国時代に生まれていたら、小早川隆景の下でお仕事したいな、と思うんですね。
 皆さんがもし戦国時代の人だったら、どの人にお仕えしたいですか?

 
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東北新幹線 新型車両の愛称は・・・

 東北新幹線の「八戸~新青森」間の開業が今年の12月4日と決まり、次世代新幹線として投入される「E5系」の愛称が「はやぶさ」に決定したというニュースを見ました。

 私は鉄道マニアではないのですが、家に自家用車がないので、やはり長距離の移動は列車か飛行機になることがほとんどです。
 以下は毎日新聞の記事からの引用です。


 
 JR東日本は11日、東北新幹線八戸-新青森間(81.8キロ)を12月4日に開業し、11年3月に導入する次世代新幹線「E5系」の列車名を「はやぶさ」に決定したと発表した。 
  (中略) 
 
 公募した列車名の応募総数は15万372件。社内選考の結果、3129票で7位だった「はやぶさ」が「スピード感にピッタリで親しみやすい」と採用された。応募1位は「はつかり」(8948票)▽2位「はつね」(7184票)▽3位「みちのく」(5904票)だった。

 「はやぶさ」は東京-熊本間を運行し09年3月に廃止されたブルートレインの愛称だった。国内最速の列車名として復活する。

 (後略)



 
 東京~新青森間がおよそ3時間に短縮されて便利になること自体、大歓迎です。
 しかし、新型車両の愛称の選考過程について少々疑問を持ちます。

 上の記事によると、今回決定した「はやぶさ」は一般からの公募で第7位にすぎなかった、というのです。
 このように多くの人々の支持を得られなかった愛称が、どうして最終決定したのでしょうか?

 これでは、わざわざ名称を公募選考する意味がないのでは?と思います。
 うがった見方をすれば、公募選考などはあくまでもプロモーションの一貫として「話題作り」のため建前上実施するにすぎず、結局はJR東日本の上層部の方が予め愛称を決定してしまっているのでは?などと考えてしまいます。

 私個人は、今度廃止されてしまうという「はやて」をそのまま継続使用すればよかったのではないか?と思うのですが・・・。たとえば、新青森駅まで行く便は「スーパーはやて」というように。

 「はやて」という名前ですが、私的にはけっこうお気に入りですし、颯爽としたイメージで良いと思うのですが。
 廃止になると知っていれば、もっとちゃんと写真を撮っておくべきでした…。
 下の写真は2年前に八戸駅で撮影したものです。

東北新幹線はやて

 新幹線のどの愛称にもいえることですが、結局は満鉄や国鉄時代、列車に使用されていた愛称をそのまま使いまわしているだけにすぎないようにも見えます。
 わざわざ銘打ってまで公募するのであれば、旧来使用されていたものではなく、もっと他に斬新な愛称を募集すればいいのに、とさえ思います。

 大騒ぎして一般の人々を公募に参加させておいて、あげくの果て、その人々の意見など全くスルーの姿勢には開いた口がふさがりません。
 このような「公募選考」にもそれなりの費用がかかっているでしょうに、最初から結論ありきなのであれば、いっそのこと公募選考など行わず、その分にかかる費用を少しでも利用者に還元しようとは考えないものでしょうか?

 旧国鉄が分割民営化となり、新しい道を辿ってきたJRですけれども、民営化されてもなお「上から目線」の姿勢から抜けきれないでいるように思われてなりません。

 些細な事かもしれませんが、皆様はいかが思われますでしょうか?以上、利用者の一人としての素朴な疑問でした。

 
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「紙がない!」・・・orz

 FC2ブログを初めて日が浅いのですが、つい先ほどまでサーバーが障害をおこしていたようですね。
 せっかくコチラのページを開いていただいたのに、つながらなかった方、申し訳ございません!

 さて、数年前より各地を旅しておりますが、時として東西の違いを感じることが多々あります。

 その一例がトイレ・・・。

 東京のトイレ事情は最近ものすごくよくなっていて、かつては汚くては入りづらかった駅のトイレなども最近ではとてもキレイになっております。
 一昔前なら持参しなければならなかったトイレットペーパー等完備されているところがほぼ100パーセントになっていると思われます。

 しかし・・・。

 いまだにトイレットペーパーがない駅があったのです。

 それは、JR京都駅と新大阪駅です。

 これには正直、驚きました。

 写真は新大阪駅の女子トイレ付近です↓

新大阪

 幸い、私はポケットティッシュを持参していたので事なきをえましたが、案の定、トイレの中では他所からの旅行者と思われるおばさん達が、
「げっ! ここ、紙がないわー!!!」 とか驚愕の声をあげていて、上方から連れの人に投げ入れてもらってました。

 こんなにトイレ事情がよくなったわが国で、しかも新幹線の発着駅でもある大ターミナル駅なのに何故トイレットペーパーが備え付けられていないのでしょうか?

 一説には、関西の人はケチだから、とか、トイレットペーパーを盗んでいくような不埒者がいるから、などと言われておりますが、真相は果たして???

 子供のときに歌った、あの歌を思い出しながら・・・。

 みっちゃんみちみち ○○○垂れて、
 紙がないから 手で拭いて
 もったいないから、食べちゃった♪



新大阪といれ1

 ↑新大阪駅トイレでティッシュは有料です。。。街頭などで配っているティッシュは是非もらっておきましょう。。。


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ご当地キャラ♪「かねたん」

 東京ではすでに桜も満開を迎え、散り始めているというのに、寒いときの話しですみません。
 今年2月に、山形県の米沢へ行ってきました。

 JR米沢駅で新幹線を降りると、あの人がお出迎え。。。

直江兼続

 昨年の大河ドラマ「天地人」の主人公・直江兼続です。
 昨年中はドラマの舞台として、ここ米沢も大変な人の数で賑わったそうですが、去年の暮れにはすでに観光客の数もさーっと潮を引いていくように激減したのだとか。ま、仕方ないですよね。寒いですし。

 実は米沢に来るのは2度目なのですが、以前来た時はあたたかい時期で、しかも大河ドラマ放映前でしたので混雑もしていなくて、ゆっくりと市内の観光を楽しめました。

 この日はあいにく、雪まじりの冷たい雨が降ってました。
 さて、まずお城のほうへ行ってみたのですが・・・。
米沢城

 ご覧のような銀世界でした。
 2,3日前にかなり雪が降ったようです。
 それなりに、趣がありましたが・・・。当方、雪に慣れていないので、歩くのが大変でした。
 駅から歩いたのですが、歩道が全然雪かきしてないんですよね。。。地元の方は皆さん、車利用ですから当然といえば当然ですが。

 上杉神社に参拝した後、あまりの寒さに凍えてきたので、近くにある上杉博物館へ駆け込みました。(あたたかい・・・)

 ややあって。

 一階の玄関付近がざわざわしてきたので、何事か!?と思って目をやってみると・・・。

DSCF9711.jpg

 かわいい~(*^^*) 館内にいた子供さんや女性たちから一斉に歓声が上がり、みな一様に携帯カメラやデジカメでぱちぱちやっています。

 左から「おせんちゃん」「かねたん」「かげっちさま」の三人です。
 大河ドラマ放映がきっかけで生まれた、米沢市のマスコットキャラなんだそうです。ご当地キャラといえば、彦根の「ひこにゃん」が有名ですね。
 後で聞いたのですが、この子たちは「犬」なんだそうですね。「ひこにゃん」にもけっして引けをとらないほど、いい感じだと思いました。
 
 
 愛嬌たっぷりの三人、いや三匹ですが、今後も米沢を盛り上げるために一役買ってくれそうですね。


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日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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