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なぜ今、「最上義光」なのか

 先日(3月21日)、山形市にある山形大学で、シンポジウム「最上義光の世界」が開催されたので、行ってきました。
 
 吉川弘文館という出版社で、“人物叢書”という、日本史上の人物を扱った一連のシリーズがあるのですが、
 奥羽の戦国武将である「最上義光」がつい最近発売され、発売と同時にほぼ売り切れてしまい、たちまち重版決定いうことで、ちょっとした話題になっているとのことです。(くわしくは、ツイッターなどの口コミをご覧ください)

      


 著者の伊藤清郎・山形大学名誉教授の基調講演
 伊藤清郎氏

 ご著書を上梓されての感想、今後の研究課題について述べられておられましたが、最上義光は肖像画が現存しないため、信長、秀吉などと比べ、やはりイメージしにくかったとおっしゃっていました。
 
 午後は、4人の研究者の方が短い持ち時間で研究報告を行いましたが、個人的には関ケ原合戦の後、義光の所領となったという酒田市にある「亀ヶ崎城」の発掘についての話が面白かったです。城跡からは、遺物が豊富に出てきたんだとか。

 シンポジウム最上義光

 最後に、伊藤先生をはじめ登壇された5人の研究者がパネルディスカッションを行いましたが、司会の方が傍聴席にいる研究者数名の方のコメントを求めたものの、一般からは質問を受け付けないなど、どちらかというと、研究者向けの内容だったと思います。
 ある有名研究者の方が指摘していましたが、やはり最上家は早くに改易されているので、史料が散逸してしまったため、よくわからない点が多いとのことです。
 
 
 130人前後の参加者があり、遠方からは、九州の熊本から参加された方もいたようですが、高齢の方が目立ちました。
 なぜ今「最上義光」がアツイのか、私にもよくわかりませんでした。戦国ゲームの影響なんでしょうか?
 私的には、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」で、故・原田芳雄さんが演じた乱世の梟雄的な・・・「悪役」の義光の印象がものすごく強いです。
 伊藤先生の「最上義光」も入手したので、じっくり読んで、実際の義光の人となりを詳しく知りたいと思いました。ざっと見た感じでは、年譜が詳しく書かれており、活用できるかと思います。



 この日は北風が冷たくて、冬用のコートを着て行って正解でした。山形の春の到来は、まだ少し先のようです。

 シンポジウム概要
 基調講演
「最上義光の世界」 伊藤清郎氏(山形大学名誉教授)

 報 告 
「最上氏の研究史を振り返る―義光を中心に―」 竹井英文氏(東北学院大学)
「城郭出土の瓦からみた最上氏」 齋藤仁氏(山形市教育委員会)
「最上氏と上杉氏」 阿部哲人氏(上杉博物館)
「木簡からみる戦国期の出羽国」 高桑登氏((公財)山形県埋蔵文化財センター)


 
 過去記事 最上義光の墓 附・最上家親・義俊の墓




 関連図書 (未購入ですが、こちらも山形大学の松尾先生が執筆された本です)
 


 【おわび】昨年末より諸事情により多忙で、ブログ放置になるかもしれないので、ご了承ください。


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津久井城開城祭(墓参りイベント)

 先週の日曜日(6月22日)、早朝旦那に叩きおこされました。

 「今日神奈川の方で“墓参り”イベントやるみたいだよ」

 「・・・」
 この日は天気予報でも大雨だそうで、一日家で休養しようと思っていたんですが。
 あまり気のりしなかったのですが、慌てて身支度をして、出かけました。

 どしゃぶりの中、車を飛ばして現地へ到着。(言いそびれましたが、今年からやっと自家用車が来ました)

 神奈川県相模原市にある「神奈川県立津久井湖城山公園」
 その名が示す通り、ここには中世「津久井城」という城がありました。
 かなり広大な公園です。
 詳細については、以下のページにアクセスしてみてください↓
 参考サイト⇒津久井湖城山公園ホームページ
 津久井城9


  園内にある平屋建の研修棟でイベントが開催されました。
 「津久井城開城祭」今年で3回目を数えるそうです。
 聞いたところによると、昨年は園内の広場で大きなイベントをやったそうなのですが、今年は規模を縮小して開催とのこと。
 参加者は20人程度でした。
  津久井城1

 最初に公園の職員の方のガイダンスを聞く。
 「津久井城」は小田原北条氏の家臣であった内藤氏の城で、豊臣秀吉による小田原攻めの際に、徳川軍の本多忠勝・平岩親吉らに攻められ、あえなく落城したといいます。
 話してくれたのは若い男性職員でしたが、発掘された馬について話をしていたので、たぶん大学時代に考古学を専攻していたと思われます。
 津久井城2


 次に、「津久井衆甲冑隊」の方々による寸劇が行われた。
 この家老役の方は一行の中でもご年配だったが、風格があった。
 P6220339.jpg


 お殿様登場。
 津久井城4

 残念ながら数分で劇は終了。
 昨年のイベントでは1時間くらい野外で戦国絵巻を演じたそうです。
 男性の方たちは堂々としていたが、女性の方たちは少々照れがあったみたいです。たぶん、お殿様や家老の役の方は演劇経験のある方だと思われます。

 その後、相模原市教育委員会の学芸員さんから、津久井城の発掘調査について40分くらい話を聞きました。


 講演会終了後、いよいよ墓参りイベントです。
 出陣の法螺貝が吹き鳴らされる。
 津久井城5

 甲冑隊の方たちを先頭に、雨の中参加者は粛々と城下にある津久井城主・内藤氏の菩提寺へ向かう。
 津久井城6

 歩くこと、10分弱で「功雲寺」(曹洞宗)に到着。
 一同、津久井城主「内藤景定」の墓前に集まります。
 津久井城7

 寺伝や地元の伝承では、この中央の墓が「内藤景定の墓」と伝えられてきましたが、近年の研究だと、確実な史料に内藤景定という人物の名前は出てこないそうで・・・。
 最近では、「内藤大和入道―朝行―康行―綱秀―直行」の5代があったというのが定説になっているそうです。
 内藤氏の出自についてははっきりしないが、もともとは扇谷上杉氏の家臣だったらしいです。
 内藤景定墓
 内藤景定墓2

 お殿様役の方を筆頭に、墓前でお線香を手向けました。
 津久井城8
 津久井城11



 こうして、「津久井城開城祭」は無事終了しました。
 日頃、単独で墓参りをしていますので、このような「墓参りイベント」はとても新鮮でした。昨年の大掛かりなイベントに比べると地味なのでしょうが、個人的には墓参が出来たので満足です。
 甲冑隊の方たちも小規模でしたが、「もののふ」の気概が感じられて良かったです。
 公園職員の方たちも、わざわざ仏花と線香を用意するなど、墓参への細やかな配慮が感じられました。皆様、お疲れさまでした。

 津久井城址は曲輪の跡がよく残っているそうなので、晴れていたら散策したのですが、この日は朝から雨がひどかったので今回は撤収することにしました。
 また後日、リベンジしたいと思います。
 津久井城10

 
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「信長の城」シンポジウム(日本城郭協会主催)

 ご無沙汰しております。

 先日(30日)、東京・江東区にある武蔵野大学有明キャンパスにて、日本城郭協会主催の“「信長の城」シンポジウム”に参加してきました。
 この催しは、「日本100名城スタンプラリー」を主宰している日本城郭協会が公益財団法人に認定されたのを記念して、開催されました。


 強い風雨に見舞われた悪天候の中、武蔵野大学の大教室には多くの参加者が集いました。ざっと数えて、180人前後くらい?ですかね。
 会費が一人3000円だったにもかかわらず、熱心な方々が集った模様です。
 (開演中の撮影厳禁だったため、開催前の会場の模様です)
  「信長の城シンポジウム」1


 <午前の部>トークショー「信長・秀吉の城を歩こう」
  パネラー
  千田嘉博(奈良大学教授)
  春風亭昇太(落語家)
  萩原さちこ(城郭ライター)

 無類の「城好き」のお三方が、織田信長、豊臣秀吉ゆかりの城について、スライド写真を見ながらのフリートークでした。
 実際、現地へ行かれての実体験に基づくお話だったので、とても面白く拝聴しました。
 とりわけ、春風亭昇太師匠の話は噺家ならではのユーモア満載で面白かったです。なんでも、師匠は「城好き」を増やそうと普段から努力されており、その甲斐あって『笑点』の共演者、林家たい平さん父子はそれに影響されて、お城に関心を寄せるようになったとか。とくに息子さんのほうからは尊敬されている、ということでした。
 お三方とも、多岐にわたりかなりディープな話もされて、多少オフレコ気味の話もありましたが、各城の特徴を的確に語っていたように思います。
 トーク中、紹介されたお城・・・安土城、小牧山城、岐阜城、小谷城、観音寺城、山中城、太閤ヶ平、天ヶ岳城、熊本城 など


 <午後の部>
   千田先生による45分間の基調講演の後、「信長・秀吉・家康の城」と題してパネルディスカッションが行われました。
  
 パネラー  小和田哲男(静岡大学名誉教授)
       千田嘉博
       小島道裕(国立歴史民俗博物館教授)
       萩原さちこ
       
 司会    横山太一(朝日放送アナウンサー)


   安土城址
  安土城
 
 午前中のフリートークとは打って変わり、学術的な見地からの話が多かったです。
 話をまとめると、織田信長は各大名の中でも本拠地を数回移動した点が稀有ではありますが、その思想的な基盤は室町幕府をモデルにしていた、ということでした。
 また、安土城に関しては、かなり発掘調査等で解明されてきてはいますが、まだわからない点も多いとのこと。だからこそ、「幻の城」であり、我々はそこに惹かれるのかもしれないと。。。
 それから、信長は天皇の行幸を仰ごうとしていて、安土城内にその施設を設けたということですが、それは本丸ではなくて二の丸にあったのではないかという見解ですが、しかし二の丸は現在「信長廟」があるため発掘できないということでした。
 大筋の話は、千田先生のご著書『信長の城』(岩波新書)がベースとなっていました。
   
  
信長の城 (岩波新書)信長の城 (岩波新書)
(2013/01/23)
千田 嘉博

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 近年、お城に関心を寄せる人たちが増えてきたのは歓迎すべきことだと話されていました。


 閉会後は、たちまち「サイン会」の様相を呈していました。とくに千田先生のもとには長蛇の列が。優しい千田先生、大人気でした。

   「信長の城シンポジウム」2

 蛇足ですが、千田先生は今年度から奈良大学の学長に就任されるので、しばらくご多忙になりそうなので、今回貴重なお話を伺えてよかったです。

 【追記】
 なお、最後に先生がおっしゃっていましたが、青森県にある「弘前城」の天守下の石垣が再来年くらいから修復工事に入るため、修復期間の数年間、天守の建物を本丸の中央に一時的に移築するということで、よく観光写真にあるようなアングルで見るには、今の内に見学しておくべき、とのことでした。
 千田嘉博

 
 午前中の部で、爆笑トークを繰り広げた春風亭昇太師匠。午後から別のお仕事があったようで帰られましたが、帰り間際にご著書にサインをお願いしたところ、快く応じてくださいました。有難うございました。
 とても丁寧な物腰の方だったです。
 春風亭昇太

 
 
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 個人的な感想ですが、今回のシンポジウムに参加して、城攻めへの意欲がふつふつとわいてきたのですが、なにせ昨年から突如始めた仕事が忙しくなってしまったので、しばらくお預けかなーというところです(泣)はあ・・・。
 暇だった30代後半のうちに、100名城巡りをやっておいて良かったなあと思いました。
 

参考サイト 日本城郭協会HP




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都会のど真ん中で「もののふ」の姿を見た・・・鉄炮組百人隊出陣の儀

 先日の日曜日(9月22日)、東京・新宿区で「江戸幕府 鉄炮組百人隊出陣の儀」というイベントがあったので、出かけてみました。

鉄砲組1

 
 徳川家康が江戸幕府を開いた折、甲州街道を抑え、江戸城を守備するために、内藤宿と大久保百人町に「鉄炮組」を駐屯させました。
 昭和36年、JR新大久保駅そばにある皆中稲荷神社(上の写真)の宮司さんが鉄炮組の史実を後世に伝え残そうと、氏子の人々に働きかけ、「出陣の儀」という形で再現されたのがこの行事のはじまりだそうです。
 隔年開催で、今年は27回目を数えます。

 実は私はこのお祭りについて今まで全く知らなくて、たまたま最寄駅に告知ポスターが貼ってあり、今回初めて知りました。

 イベントは皆中稲荷神社の境内での「出陣式」から始まりました。開始40分前に行ったのですが、狭い神社の周囲はすでに多くの見物客で賑わっていました。
鉄砲組2

 
 その後、一行は隊列を組んで大久保通りへ。いざ、出発です!
鉄砲組3

  甲冑姿で馬に乗った方が2人いらっしゃいました。聞いたところによると、甲冑は自前で揃えられたのだとか。
  鉄砲組4
  鉄砲組5


 槍を手にした赤備え?の皆さん。女性の方たちです。
  鉄砲組6


 関東ITソフトウェア健保会館前にて試演(火薬不使用)「不惜身命」の旗がひるがえる。
鉄砲組7

 
 交通量が多い通りを隊列は進みます。「車両通行止め」をしていないので、誘導スタッフや警察の方がたも気を遣います。
鉄砲組8



 木村屋ビル前にて演武(火薬使用) 発砲音が凄くて、手ぶれしてしまいました(汗)
鉄砲組9


 
 鉄炮組の菩提寺「長光寺」にて記念撮影。3番隊の皆さんですが、5,6人の方が凛々しい女性たちでした。(それも美人な方ばかり)
鉄砲組10



   (※この後、私は昼食をとるため、離脱しました)

 
 その後、午後1時過ぎより、西富山公園野球場にて「合戦演武」が行われました。
 開始20分前には現地へ行ったのですが、すでに大勢の観衆が陣取っており、会場の隅っこのほうでの撮影になりました。
鉄砲組14


  勇壮な太鼓の音がとどろく中・・・
  鉄砲組17


 以下の通り、様々な「型」の発射を披露されました。たちまち、火薬のにおいが周囲に広がります。
 

鉄砲組13

腰放ち
鉄砲組11

膝台放ち
鉄砲組12
 


 約1時間の演武を終え、再び皆中稲荷神社へ。

  演武を終え、ほっとした表情の方々。緊張の糸もほぐれたのか、笑顔がこぼれます。
  この日のために、かなり鉄砲の練習をされてきたようです。
  鉄砲組15


 境内で勝鬨を挙げ、お開きとなりました。
鉄砲組16




 いやあ、都会のど真ん中で、「もののふ」の皆さんに出くわすとは思いもよりませんでした。「灯台下暗し」です。

 うちの主人が言うには、約20年前にたまたまこの「出陣の儀」の模様を見たことがあるそうで、その時は鉄砲隊もオーディエンスの人数も現在より少なかったそうです。
 その間に、関係者のご努力により、このように大盛況のイベントとなったのは素晴らしいですね。また、女性の方々の活躍ぶりも見ものでした。
 JR新大久保駅周辺は、近年ではコリアンタウン化してしまっており、外国人の姿も目立ちますが、その環境でこうしたイベントが行われることに意義があると思います。もののふの皆さんの姿には感動を覚え、胸アツになりました(笑)

 これからも、「もののふ」の心意気を後世に伝えてください。今後のご発展を心よりお祈りいたします。
 お疲れ様でした。



 参考サイト 江戸幕府 鉄砲組百人隊
 

  
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「もののふの心」を後世に伝えましょう!
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テーマ : 東京
ジャンル : 地域情報

生誕90年 池波正太郎展

 先日、東京・銀座の松屋銀座で開催中の「生誕90年 池波正太郎展」に行ってきました。

  池波1

 【展示趣旨】

 鬼平犯科帳、剣客商売、仕掛人・藤枝梅安を創った男

   池波正太郎展


時代小説の傑作を数多く世に送り出した作家・池波正太郎は大正12年(1923年)東京・浅草に生まれました。
「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」をはじめとする作品の数々は、舞台、テレビ、映画でも上映され、多くの人々から愛されてきました。魅力あふれる登場人物の描写からは、池波正太郎の[人]に対する深い洞察と愛情とが感じられます。
会場では膨大な著作の展示、書斎の再現や貴重な資料などを通して作家池波正太郎の姿を振り返ります。また、テレビ、舞台、映画などで紹介された作品を立体的に展示し、「真田太平記」や「雲霧仁左衛門」など幅広い世界まで展観します。更に、エッセイの中でも語られている[映画]を愛し、[食べること]や[旅]を楽しんだ、池波の日常生活にも目を向けます。生誕90年を記念し、時代小説を舞台に[人情の機微]を描き続けた、池波正太郎の生き方と作品世界の全貌をご紹介いたします。



 「鬼平犯科帳」「剣客商売」等で人気の作家、故・池波正太郎(1923~1990年)ですが生きていれば今年90歳だったんですね。
 池波は大の美食家で有名でしたが、生前銀座の名店にはちょくちょく足を運んでおり、そのゆかりの地での展示会開催ということになります。

 会期中、2度ほどギャラリートークが開かれるというので、後半の回で事前に申し込みをして聞いてきました。開店前の9時から開かれたのですが、池波ファンと思しき二十数名の方々が集まりました。
 講師は晩年池波の秘書のような仕事をされていた鶴松房治さんです。鶴松さんはもともと「新国劇」のスタッフをされておられ、そこで脚本を書いていた池波と知遇を得ます。現在は台東区にある「池波正太郎記念文庫」で職員をされておられます。
 鶴松さんは会場内で、約1時間にわたり池波の人となりと主要作品について語られました。
 知ったかぶりではありませんが、池波の生涯というのはだいたい知っていたのですが、鶴松さんのお話で印象的だったのは、池波は生涯に一度も原稿を遅らせたことがないとか、直筆絵入り年賀状は前の年の1月には印刷して、数か月がかりで宛名を書いていたとか、几帳面な人がらだったということです。
 また、池波は作家の司馬遼太郎と親しかったのですが、両者の違いは司馬さんは終始「歴史」を書くことに生涯を捧げたのに対し、池波は時代を超えて、人々の「生業」を描いたという事を指摘されていました。両者の特徴を的確にとらえておられ、「なるほど・・・」と思わされました。

 トーク終了後、会場内を見学したのですが、期待していたのより少々展示点数が少なかったように思いました。(百貨店の限られたスペースなので仕方ありませんが)
 鬼平や剣客商売などの挿絵や、絵が得意だった池波自身の作品なども展示されていて、良かったと思います。
 そうこうしているうちに、見学者が次から次へと来て、展示ケースの前が行列になってしまったのには驚きました。その多くがご年配の方でしたが、改めて池波の人気ぶりを再確認しました。

 なお、鶴松さんに2,3質問してみたのですが、「剣客商売」の主人公「秋山小兵衛」ですが、映像化の話が出たとき、この役を池波は俳優の故・田村高廣さんにオファーしたという話を以前聞いたのですが本当の話ですか?とお尋ねしたところ、やはりそうだったそうです。田村さん自身もこの役を切望していたそうなのですが、中村吉右衛門さんの「鬼平」がロングランになってしまい、「剣客」のドラマ化の方が進まなかったうちに、田村さんが体調を崩されたため、代わりに故・藤田まことさんがキャスティングされたんだそうです。
 田村高廣さんは好きな俳優さんでしたし、立ち回りもうまい方だったので、一度田村版小兵衛を見てみたかったな・・・と残念に思いました。

 おまけ 松屋銀座の地下の一角に、池波が愛した甘味たちが展示されていました。(会期中、食品売り場で限定販売されるという)
 以前当ブログで紹介した浅草の「アンヂェラス」のケーキや、浅草梅園のあんみつ、神田竹むらの揚げまんじゅう、向島の言問団子などが見えますね。
 買ってくればよかったのですが、この後急ぎの用事があったため、写真だけでガマンです。

  池波2

 会期は残念ながら今日までです。




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菅原文太さんトークショー

 山梨県立博物館で開催している「黒駒勝蔵対清水次郎長」の関連企画として、元俳優の菅原文太さんのトークショーがあるというので、去る3月2日に行ってきました。

 私自身は正直、あまり菅原さんには関心がなかったのですが、うちの主人が大の映画ファンなもので、「菅原さんてどんな人か見てきてほしい」と頼まれたので、参加してみました。
 (開演中の撮影は禁止だったため、開演前の写真です)
 この日、実に250人ほどの人々が菅原さんの話を聞きに集いました。
 菅原文太トークショー

 開演は14時からだったのですが、定刻を過ぎてもなかなか登場しません。
 約20分遅れで菅原さんと、聞き手の高橋敏先生(国立歴史民俗博物館名誉教授)がやっと現れました。
 なんでも、展示を見ていて遅くなったとのこと。さすがに菅原さん、大物ぶりを発揮です。
 菅原さんは現在、山梨県北杜市にお住まいだそうで、そこで趣味として農業をやっているということでした。

 約1時間ほどのトークショーだったのですが、そのうち3分の1くらいはご自身が始めた農業のことでした。
 「昔はよく見た雁の群れなんてさ、最近ほとんど見かけなくなっちゃったよね」と環境破壊に懸念を示し、「いのち」を育むことの重要性を語りました。
 そして、現在居を構える北杜市で無農薬による農業を始めたといい、「全然儲からないよ」とお笑いになっていました。
 また、菅原さんは被災地の宮城県のご出身だということで、「被災地の復興は掛け声ばかりで、一向に進んでないよ」と嘆いておられました。

 また、本題のアウトローについては、「一昔前までは同じ町や村の中に、ふつうの人もアウトローの人も住んでいた」といい、昨今の「アウトローの排除」の傾向に疑問を呈し、「いろんな人びとがいていいんじゃないか」と大らかさを失った社会の現状を指摘されていました。
 最後に、山梨は昔から他所とは異なる「特区」だとして、「甲州革命」という言葉を使って、山梨から日本を盛り上げていこうと呼びかけ、トークショーは終了しました。

  菅原文太さん

 上の写真は終了後、ファンの方々に囲まれているところの菅原さんの姿です。(一部トリミングしています)今年で御年80ということで、さすがに寄る年波には勝てないというか、ちょっと声がかすれてましたね。
 先ごろ俳優を引退され、悠々自適の生活を送っているとのことですが、ご高齢ではあってもかつてのオーラは健在でした。
 聞いた話ですが、菅原さんは大の読書家であり、その役柄とは違って、実際はかなりインテリな方でいらっしゃるということでした。





 ☆菅原さんの代表作↓↓↓☆ 

  
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幕末甲州博徒バラバラ殺人事件

 山梨県笛吹市にある山梨県立博物館で開催中の「黒駒勝蔵 対 清水次郎長~時代を動かしたアウトローたち~」の関連イベント(主催「特定非営利法人つなぐ」)に行ってみました。

 参考サイト 山梨県立博物館

 幕末の甲府に「三井卯吉」という博徒の大親分がいました。
 この卯吉という男ですが、「祐天仙之助」や「国分三蔵」といった甲州の有名博徒を従えており、一時は相当羽振りが良かったようです。
 卯吉はある時、博奕で捕縛され江戸に護送されますが、その時牢役人と関係が出来、赦されて甲府に立ち戻った後は「目明し」として活動するようになっていたようです。
 卯吉は今でいう「おとり捜査」のようなものに協力しており、例えば役人に敵対する博徒について密告し捕縛させたり、賭博場を開放し、ころあいを見計らって役人を招きいれ、その場にいた連中を捕縛させるなどしていたため、やがて彼に陥れられた甲州中の博徒から恨みを買うようになります。
 安政4年(1857年)正月、甲府城下の山田町というところで、卯吉は妻と共に家にいたところ、「小天狗の亀吉」という博徒らに踏み込まれ、殺害されました。どうやら、「小天狗の亀吉」はかつて兄を卯吉に殺されたため、兄の敵として卯吉を狙っていた模様です。
 この事件は江戸中でも評判になったそうで、『藤岡屋日記』には「宇吉夫婦を首ハ首、手ハ手、足ハ足とづだくニ切殺し候」つまりバラバラにして殺された、と記されています。


 甲府城の南東隅で集合し、スタートです。総勢80人前後だったと思います。私はよそ者ですが、参加者のほとんどは地元の方だと思います。
 右手の男性は展示を企画した高橋修・学芸員さんです。高橋さんはこの日のために、長らく実像が不明だった卯吉の生涯について調べ、卯吉を紹介するミニ冊子まで用意されていました。
 三井卯吉ツアー1


 卯吉が殺害された家のあった旧山田町(ようだまち)・・・現在の「甲斐奈通り」付近。
 三井卯吉ツアー7


 「甲斐奈通り」で、郷土史家の林陽一郎さんの解説を聞く。林さんは「山梨県史」の編纂に携わったという方で、甲府の歴史については「生き字引」みたいな方でした。
 当時この辺りは大店が立ち並ぶ場所だったそうです。現在はほとんどが民家になってしまい、当時の面影は何もなかったです。
 三井卯吉ツアー2


 卯吉は柳町幸十郎なる商人宅の裏土蔵を間借りして、賭博場を開いていました。その土蔵があった場所。
 (現在はある料理屋のお店になっていますが、当時とは無関係)
 三井卯吉ツアー3

 


 卯吉が隠れ住んでいたという柳町庄次郎の借家があった現在の柳町3丁目付近。この道がかつての武家地と町人地の境界線になっており、いざ役人に踏み込まれても、逃げやすい場所を隠れ家に選んでいたといいます。
 三井卯吉ツアー4


 民家の家と家の間にある用水路?と思ったら、甲府城の外堀の名残だそうです。指摘されなければつい見過ごしてしまいます。
  三井卯吉ツアー5

 
 最後は、卯吉の隠れ家があった場所の裏手にある明治時代から商売しているという豆屋さんの前で、豆菓子の試食をし、解散となりました。(おいしかったのでお土産に数袋買って帰った)約2時間ほどの行程でした。
 三井卯吉ツアー6



 【感想】甲府城下は博徒の巣窟だったことがよくわかりました(笑)年がら年中、各所で賭場が開かれていたみたいです。
 ただ、甲府は戦災で丸焼けになっているので、戦前の建物が見当たらないなど、古きよき城下町の風情が現在ではほとんど失われてしまっているのが残念です。今回歩いていても、イメージしにくかったですね。
 それと、せっかくですので最後は卯吉の冥福を祈るため、墓参りで〆てほしかったですね・・・。(墓について教示はなかった)
 また、昨今の不景気のせいなのか、以前からですが商店街に人通りも少なく、活気がないのが気になりました。「町おこし」の一環で今回のツアーも企画されたようです。
 今回は「バラバラ殺人」というショッキングな最期を遂げた人物の足跡?を辿りましたが、それとは対照的にのどかな昼下がりの町歩きとなりました。
 なお、展示は18日(月)までですのでご興味のある方はぜひご覧になってみてください。


 関連記事 黒駒勝蔵対清水次郎長~時代を動かしたアウトローたち(山梨県立博物館)



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熊本夏の風物詩「清正公まつり」(加藤神社)

 御殿で味わう伝統料理「本丸御膳」 のつづき


 熊本城宇土櫓の空堀を挟んだお隣に、「加藤神社」があります。
 御祭神は言うまでもなく、加藤清正。清正といえば、熱心な日蓮宗信者として有名ですが、なんと神様にもなっていたんですね。
普段は木々に囲まれ、静かな佇まいの中にあります。
加藤神社

 加藤神社は、もともと清正の廟所、菩提寺であった浄智廟・本妙寺から明治元年「神仏分離令」を受けて神社を分け、城内に社殿を造営して「錦山神社」としたことに始まります。
 明治42年に「錦山神社」より「加藤神社」と改称し、現在に至ります。戦後、お社が現在地に移転したそうです。

 今回(7月21日)、たまたま神社へお参りに行ったら、毎年恒例の「清正公まつり」の前夜祭をやってました。
 「清正公まつり」は清正の遺徳を偲び、毎年7月の第四日曜日に開催されているそうです。
  清正公まつり1


 神社の敷地はそれほど広いわけではないのですが、夜店が立ち並び、特設ステージでは演芸、パフォーマンスが行われており、夏休みに入ったばかりとあって家族連れでにぎわっていました。
 なお、敷地からは熊本城の大天守、小天守が眺められます。
  清正公まつり2


 ********************************

 翌日、再び神社の近くを通りかかりますと、二の丸広場のところで、蛇の目紋の入った烏帽子兜に陣羽織を着、槍を手にした子供たちを見かけました。
 「千人清正」といって、清正に扮した子供たちが市中を練り歩くのだそうです。
 「エイエイオー」元気に勝どきの声を上げる子供たち。「もののふの心」を受け継ぎます。
 周囲にはお子さんたちの姿を写そうと、デジカメやビデオカメラを持った親御さんたちが多数見受けられました。
  千人清正


 神社の入り口付近は法被を着た方たちでごった返していました。これからお神輿が出るらしいのですが、しばらくその場で待ってみたのですが、なかなか行列が出発しません。私はこの後、帰り支度をしなければならなかったので、残念ながら行列を見ずに引き揚げました。。。
  清正公まつり3
 
 ※実はこの後、急な夕立が来てしまって、「千人清正」のお子さんたちもずぶ濡れになってしまったとか。私も熊本空港へ向かう途中、強い雨に降られました。みなさん、お疲れ様でした。


 ところで、神社の敷地内で何やら「署名活動」みたいなのをやっており、このような記帳台を発見しました。
    加藤神社b


          大河ドラマで「加藤清正」を  へつづく


参考サイト 加藤神社



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A☆六文銭

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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

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