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びわ湖一周! 感動(!?)のフィナーレ (終)

菅浦から引き返す道々、帰りの道順をどうしようか迷った。
 カーナビ君に聞いてみると、どうも往路をそのまま引き返すと一般道利用のためかなり時間がかかるようで、東側の北陸自動車道を使って膳所まで戻ったほうが早いことがわかった。
 帰りの新幹線の時刻も心配だったので、北陸自動車道を選択!

 木ノ本ICより北陸道へ。
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 幸いなことに道は空いていた。そうこうしているうちに、左手に小谷城址が見えてきたー!
 今年の5月に行ってきました。つい5ヶ月前なのに何故かとてもなつかしい気分…。
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 米原で名神道へ入ると、彦根を通過!ひこにゃんにまた会いたい~♪
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 途中で休憩のため、多賀SA(犬上郡多賀町)に停車。
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 中の売店に入ってみた。おおっ!浅井3姉妹グッズ発見。品数も豊富。
 かわいいキャラだし、来年のドラマ放映に向け、ブレイク間違いなし!
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 それから「速弁」というものを見つけた。「駅弁」「空弁」にちなんだネーミングらしい(笑)
 美味しそうだったので、帰りの新幹線で頂こうと買ってみた。

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 再び車を走らせる。美しい夕焼け空!明日も晴れるな…せめてもう一日、こちらへいられればいいのに、とちょっとさみしい気持ちになる。
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 大津ICで高速を降りる。
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 結局、今日はびわ湖を1周してしまっわけです。意外な展開だったけど、終わりよければすべてよし、です(笑)。

 膳所で返車し、在来線で京都へ。新幹線で帰京へ。
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 車内で多賀SAで買い求めた「近江牛めし」を食べた。紐を引っ張ると蒸気が出て温まるというやつ。
 これがなかなか美味しかった。
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 【旅の感想】
 一泊二日の旅であったが、慌しい中にもなかなか密度の濃いものとなったと思う。
 事務局の方からは「旅行記は印象に残った場所を中心に書いていただければ…」と言われていたが、どこもかしこも自分にとっては印象深い所で、むしろ省略するほうが難しかった。冗長になりすぎた感もあるが、ご容赦願いたい。
 近江は昔から開けた土地であり、史跡旧跡も様々な時代のものがあったが、今回は戦国時代のみに特化したため、後ろ髪引かれる思いでスルーした箇所も多々あることを付け加えておく。

 それから、二日間同行してくれた夫に感謝。平日、無理を言って休みを取ってもらい、サポートしてもらった。
 紹介し忘れたが、彼自身ブログはやっていないが、「歴男」歴三十数年の筋金入りである。
 夫も過去、何度も滋賀県へは来ているが、実は母方のほうが彦根藩士の子孫なので、近江にはゆかりがあり、何時来ても故郷に帰ってきたような懐かしい感じがする場所だと言っている。
 また一つ、夫との楽しい旅の思い出が出来た。

 このような機会を与えていただいた滋賀県観光交流局の皆様、どうも有難うございました。それから旅中お会いした方々、お世話になった方々、そして、最後までお読みいただいた皆様にも心から感謝申し上げます。

                      (了)

 蛇足ながら、過去記事もどうぞご参考に・・・。
 小谷城(一)
 姉川の合戦(一)
 



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 ★ここまで読んでいただいたアナタ、一度近江の旅に出かけてみませんか?
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奥琵琶湖パークウェイ~かくれ里・菅浦

 賤ヶ岳を後にし、最後の目的地である菅浦の里へ向かう。
 菅浦へ行くには「奥琵琶湖パークウェイ」というドライブウェイをひたすらまっすぐ行く。

 短時間ではあったが、右手に琵琶湖を眺めながら楽しいドライブである。
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 やがて、彼方に「竹生島」が見えた。竹生島も一度行ってみたかったんですけどね。
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 30分ほどで菅浦の里(西浅井町)へ到着。
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 今回我々は車で来たが、JR永原駅からの菅浦へのバス便は日中1時間に一本しかないようだ。
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 湖岸沿いの駐車場に車を停め、すぐの所に茅葺の「四足門」(西)があった。昔は村の東西南北の四箇所に門が置かれ、人の出入りなどをチェックしていたという。言い伝えによれば、村の掟を破った住民はこの門から追放されたという。
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 近江は昔から惣村が発達していた地域であった。中世史を勉強した人なら、大抵は菅浦庄の事を知っている。
 この村では古くから住民による自治が行われており、鎌倉時代~江戸時代までの1261点の文書が伝わっている。「菅浦文書」と呼ばれ、国指定重要文化財に指定されている。現在は滋賀大学に所蔵されているという。
 近隣の村との土地を巡る紛争(150年も続いたらしい!)に関する文書など、村落史を考える上で重要な史料であると聞く。

 西の四足門のすぐ右手に須賀神社の鳥居があった。奈良時代、淳仁天皇が「藤原仲麻呂の乱」の際に当地へ逃れたという伝説があり、現在社のある場所を行在所(あんざいしょ)としていたと言われる。社の裏手には淳仁天皇の陸墓があるとのことだったが、恐れおおいので行かなかった。
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 神社の鳥居をくぐり、すぐ左手の方に「菅浦郷土史料館」があった。ここには「菅浦文書」の写しなどが所蔵されているそうだが、残念ながら平日は事前予約がないと入館出来ないそうだ。(管理人の連絡先に電話したが、お留守のようだった)
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 西の四足門から東へ4、500m湖岸の道を行ってみる。途中で道が細くなり、軽自動車が一台やっと通れるような感じだったので、不精せず車ではなく歩いてくればよかったと一瞬後悔したが、かろうじて通ることが出来た。たどり着いた先は行き止まりになっていた。
 そこに東の四足門があった。
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 東の門付近から遠望した菅浦集落。心洗われる風景である。散策中、人を見かけたのはわずか一度きりで、本当に静かな里なのである。
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 地元の方たちの日ごろの心がけによる賜物であろうか、菅浦の里の湖水はきれいに澄んでいて感動する。思わず、夫が湖水に手を差し入れると一言「冷てえ!」
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 この澄んだ湖水の輝きは、この地に暮らす里人たちひとりびとりが環境を守る努力をしていることの証である。

 このように菅浦は一般的な観光地ではなく、古くから代々住んでいる方たちが静かにそれぞれの暮らしを営み、都会の喧騒などとは無縁の、時がゆっくりと流れている土地柄なのである。だから、立ち寄る際には住民にご迷惑がかからぬようマナーを守って散策したいものだ。

 菅浦の里で見た湖水の輝きは私の心を捉えて離さなかった。
 16時を回り、そろそろ帰路につかねばならない時刻である。後ろ髪引かれる思いで、元来た道を引き返した。「奥琵琶湖パークウェイ」はこれから紅葉の時期を迎える。いつかまたその時期に来てみよう。
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 さあ、「近江路・歴女ブロガー旅紀行」もそろそろエンディングへと向かいます。


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賤ヶ岳古戦場

 一つ前のエントリーの答え。本日のメインスポットは「賤ヶ岳古戦場」でした。

 うちの主人がまだ学生ぐらいの時一度来て、頂上からの眺めにとても感動したと言い、
「今日は良い天気になりそうだし、思い切って行ってみないか」
と朝起きてから勧めてくれたのだった。本当に急な予定変更である。
 
 有名な「賤ヶ岳の戦い」は、織田信長亡き後、その跡目を巡って重臣の柴田勝家と羽柴秀吉(豊臣秀吉)が対立し、両者はこの地で雌雄を決する戦いを繰り広げた。
 天正11年(1583年)3月、越前北ノ庄から南下する柴田勝家軍と北上する羽柴秀吉軍は、各々がこの賤ヶ岳の近隣に砦を築いて対峙したものの、一月ほど膠着状態となった。
 ところが、一時は秀吉に降伏した信長の三男・信孝が岐阜で再び挙兵したため、秀吉がやむなく岐阜城へ向かった隙を狙って、勝家の甥・佐久間盛政が秀吉側の中川清秀が守る大岩山を攻め、清秀軍を全滅させた。ここから戦いの火蓋が切られたのである。
 その頃、大垣にいた秀吉は柴田軍攻撃の報を受け、近江木ノ本までの13里(約52km)をわずか5時間で引き返し(美濃大返し)、反撃に出た。
 後に「七本槍」と謳われた秀吉子飼いの福島正則、加藤清正ら若い武将たちの活躍と、柴田軍にいた前田利家が突如戦線を離脱したため、柴田軍は総崩れとなった。
 こうして羽柴軍に追い詰められた柴田勝家は北ノ庄に敗走し、もはやこれまでと妻のお市ノ方と共に自害した。
 なお、「江~姫たちの戦国」では柴田勝家役を俳優の大地康雄さん、お市ノ方を久しぶりに芸能界へ復帰したばかりの女優・鈴木保奈美さんが演じられる。

  駐車場に車を停め、リフト乗り場へ。山頂へはリフトで上がるか、登山道が整備されている。
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 リフト乗り場には売店が…。「賤ヶ岳の七本槍」関連グッズを販売中。
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 リフト券を買って、いざ頂上へ。秋のさわやかな風が心地よかった。スピーカーからフォルクローレのような音楽が流れていた。リフトだが、3月下旬~11月下旬までの運行なので、冬場は乗れないから要注意。
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 リフトを降り、しばらく登り坂を行くと、賤ヶ岳で戦死した人を供養する祠があった。その前で手を合わせる。
 中川清秀のような有名な武将も命を落としたが、戦死者の大半は名もなき兵士たちであっただろう。
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 さらにしばらく歩くと、頂上へ着いた!
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 昔からある「賤ヶ岳古戦場」の石碑。
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 賤ヶ岳合戦図
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 見晴らし台に立つと、眼前に広がるのは400年以上前、この地で血みどろの戦闘が繰り広げられたなんて信じられないほどの心奪われる絶景だった。

 びわ湖は陽に照らされて、キラキラと輝いていた。
 やっぱりここまで来てみて、良かった!夫よ、ありがとう。
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 余呉湖の眺めもまたびわ湖に負けず劣らず素晴らしい。なお、余呉湖には「羽衣伝説」があり、湖の周囲の散策も楽しめるという。
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 頂上では、3組の熟年のご夫婦とすれ違ったが、この景色には皆、一様に感嘆していた。
 たとえば、一緒に来た家族や友人が歴史に興味が薄い人でも、この風景を楽しんでもらえることは間違いナシ。

 時間があれば、戦跡が点在するハイキングコースを歩いて下りたかったが、今回は時間がなかったのでまたリフト利用で降りることにした。
 頂上で登山中の二人の男性(地元ボランティアの方らしい)に出会ったが、彼らの服装や持ち物を見ると、しっかりと登山の用意をしてここまで来たようなので、次回来る際はちゃんと登山の準備をしてこよう。

 
 最後に賤ヶ岳の戦い400年を記念して造られたという槍を持った武者の像と一緒にパチリ。
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 槍の武者は激しい戦いに疲労困憊といった有様である。

 私「現代の私らは絶景の眺めを楽しんでるけど、400年前の武将たちは重い鎧来て、刀や槍を手にして山を登って、正直景色を楽しむどころじゃなかっただろうねえ」
 夫「うーん そう言われてみりゃそうかもな…」


関連記事 北ノ庄城址(柴田神社


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道の駅 マキノ追坂峠

 先日はランチの場所を探すのに苦労したが、この日はガイドブックに出ていた道の駅を発見。無事にたどり着くことができた。
 最近の道の駅は施設が本当に充実してきているので、地方の旅などで食事場所を探すときは道の駅の利用もアリだと思う。
 
 今回立ち寄ったのは、「道の駅 マキノ追坂峠」(高島市マキノ町海津897-27)
 ちなみに、「追坂峠」は「おっさかとうげ」と読むのだそう。ひとつ勉強になった。

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 中のレストランで食事することに。(食券制)私はエビフライ定食(850円)をいただく。
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 連れはにしん蕎麦をいただいたのだが、蕎麦は地元産の物を使い、石臼で蕎麦粉を挽くのも自分のところでやっているという。

 こちらのレストランの窓からの眺めはすばらしい。天気が良すぎて写真だとわかりづらいが、びわ湖が遠望できるのである。
 ラッキーなことに窓側の座席だったので、眺めを楽しみながら食事することできた。
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 売店も充実。地元産の新鮮な野菜やパンなど豊富に置いてある。野菜なども買いたかったが旅行中でかさばるので諦めた。
 自宅用のお土産に草餅やおせんべいなどを買い求めた。(夫が好物のため)
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 買い物が終わると、再び車に乗り込み、次の目的地を目指す。待ちに待った本日のメインスポットである。さて何処でしょう?

 
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武田元明の墓/浅井家ゆかりの寺

 西教寺での取材は午前中一杯かかった。残された時間はあと約6時間。
 再び車へ乗り込み、湖西地域を北上する。

 悪天候の昨日と違って、本当にいい天気!車窓からの眺めもすばらしい。 
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 道路の先にびわ湖が見えた。
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  そうこうしているうちに、目的地のお寺についた。寺名を宝幢院(ほうどういん 高島市マキノ町海津1381)という。宗派は真言宗。
 ここには、京極高次の姉で、後に豊臣秀吉の側室になった京極龍子(京極局・松ノ丸殿)の元夫である若狭の元守護・武田元明の墓がある。
 境内の右手、一般墓地を抜けると野原の中に元明の墓はあった。
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 元明は「本能寺の変」に際して、明智光秀に加担したとの嫌疑をかけられ、この寺で丹羽長秀によって殺害された。
 元明の妻であった龍子は捕らえられ、後に秀吉の側室として寵愛を受けた。龍子の美貌に目をつけていた秀吉が、彼女を奪うため夫・元明を殺したという俗説まである。
 さらに、龍子には元明との間に子供がいたという話もあり、名家の出の女性を好んで愛したという秀吉も節操がないなあと思う。一方で、夫を殺めた男の思い人になった龍子の心境はいかなるものだったのだろうか。
 なお、「江~姫たちの戦国」では豊臣秀吉役を俳優・岸谷五朗さんが、京極龍子役を女優の鈴木砂羽さんが演じられるそうだ。
 
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 墓石をよく見ると、武田の「幸菱」が刻まれている。
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 墓石には「天正十年」や「前若狭太守源朝臣元明之墳」などの文字が読みとれた。
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 作家の故・水上勉が『湖笛』という小説を書くためこの地を訪れたとき、元明の墓を見て小説の構想のインスピレーションを得たという。
 気の毒な死に方をした武田元明の冥福を祈って、合掌。(-人-)
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 宝幢院の西側、100Mくらいのところに宗正寺(高島市マキノ町海津1326)という真言宗の寺がある。
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 こちらの寺は昔は尼寺で、浅井亮政(長政の祖父)の娘で、海津政元の室が入寺しており、海津夫妻の位牌が安置されているという。
 また、淀殿の乳母で長く近侍した饗庭局(あえばのつぼね)の位牌も伝えられている。
 饗庭局は浅井長政のいとこにあたる女性で、淀殿(茶々)が幼い頃から常に彼女の側にいたといわれる。大坂夏の陣では、淀殿と運命を共にしている。
 浅井家ゆかりの場所ともいえる寺である。
 
 境内の片隅に小さな墓石をいくつか見つけた。資料によると、寺伝では海津夫妻の墓とも伝えられているらしい。詳細を寺の方に伺おうとしたが、ひっそりとして誰もいないようだ。(無人の寺らしい)
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 資料によると、この寺には木造十一面観音坐像が安置され、重要文化財の指定を受けているという。
 また現地案内板には、豊臣秀吉がこの寺の尼・孝蔵主に宛てた書簡が残っているというが、この孝蔵主は秀吉の妻・北政所に仕えた同名の女性と同一人物とみなしていいのだろうか。

 今ご紹介した二つの寺とも、緑豊かなとてものどかな場所にあった。

  
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tag : 有名人の墓(た行) 有名人の墓(あ行)

大津城跡⇒美人記者の取材に同行!【歴女ブロガー旅紀行第2日目】

 「近江路・歴女ブロガー旅紀行」第二日目。

 前日の行程ではあいにく雨に降られてしまったのだが、夕方車中で耳にしたカーラジオの天気予報によると翌日は晴れるということであった。
 旅行前の予定では二日目は車なしで、大津市内などをゆっくり散策する予定だったのだが、「晴れ」と聞いて、同行した夫の提案もあり、プチ遠出に急遽企画変更することに…。
 前日の夕方、今回の企画の協力施設である「トヨタレンタリース滋賀」に電話して配車をお願いしてみたところ、急な申し込みにも関わらず快くご対応の上、車を用意してくれることになった。有難うございます。

 今回お世話になった「トヨタレンタリース滋賀 膳所店」(大津市中庄2-1-90 電話077-511-3661)
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 車を借り、まず本日最初のスポットである大津城跡へ。石碑が京阪・浜大津駅前の歩道橋を渡って降りた所の左手にある。
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 大津城は明智光秀の築いた坂本城が廃城となった後、天正14年(1586年)頃に浅野長政によって築かれた。
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 現在は波止場になっているが、この辺りに4層5階の天守が聳える本丸があり、二の丸・三の丸は三重の堀に囲
まれていたという。すなわち水城だった。
 その後、城主は入れ替わり、文禄4年(1595年)に京極高次の居城となった。
 慶長5年(1600年)、関が原の戦いの前哨戦となった「大津籠城戦」で高次は徳川家康の東軍に味方し、城に立て篭もって防戦した。籠城11日目の9月15日、結局高次は開城したが、その日はちょうど関が原で開戦された日でもあった。
 東軍の勝利に終わった5日後の9月20日、家康は本丸だけ残った大津城に入り、戦後処理を行った。

 籠城戦によく持ちこたえた目出度い天守ということで、家康の命により、大津城は解体され、その資材は彦根城の築城に転用された。(昭和32年の彦根城解体修理の折、部材に書かれた墨書からも証明された)
彦根城
 この後、高次は家康の覚え目出度く、恩賞として若狭一国を与えられた。
 
 ところで、この日、事前に依頼があって某報道機関の取材協力をさせていただくことになっていた。
 此度の「近江路・歴女ブロガー旅紀行」はマスコミからも広く注目されている。
 浜大津駅で記者の方と待ち合わせた。お見えになったのは、なんと妙齢のスリムな美人記者Tさん(仮名)であった!

 ご挨拶した後、今日どこを取材するのかご相談。先日行ったばかりの西教寺が心に残ったので、そちらを推薦させていただいた。
 再び、西教寺へ。(今日は晴れています) 一足先に到着したTさんがテキパキとお寺さん側に取材交渉されていた。
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 お寺の方の案内で、再度拝観。右の女性は私ではなく、美人記者のTさん。
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 お寺さんの許可を得て撮影などもあったが、まだ報道前なので詳細は控えさせていただく。
 Tさんは物腰の柔らかな女性で、少々緊張気味の私もお話しやすかった。どうも有難うございました。
 ささやかながら、このような形で今回の企画にお力添え出来て、幸いでした。
 
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琵琶湖グランドホテル(二)

 お夕食が豪華ですっかりいい気分になっていたのだが、お宿でのもう一つのメインはやはり温泉

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 琵琶湖グランドホテル内には男女別4箇所の大浴場がある。男性用も女性用も琵琶湖の見えるお風呂と庭園が見えるお風呂があり、今回は琵琶湖の見えるお風呂をチョイス。
 夜は真っ暗だったので、翌朝5時前に起きてもう一度入りに行った。中にカメラを持ち込めないので景色をお見せ出来ないのが残念だが、曇りがちで朝日は見えなかったものの、朝もやの中で半露天風呂を楽しめた。
 泉質はなめらかで、自分に合っていたので良かった。

  お部屋からの眺め。びわ湖の内潟が見える客室で、残念ながらびわ湖はダイレクトに見えなかったものの、宿側の配慮で、隣近所他の宿泊客がいないお部屋を提供してくださったので、静かに休むことが出来た。(疲れていたので爆睡だったのだが 笑)
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 朝の朝食はバイキング。この日はツアー客がいたので、大盛況だった。
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 焼き魚などその場で焼いていただける。
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 昨夜の食事が豪華だったので、摂取カロリーの事も考え、朝は少なめにしておいた。お料理は美味しかったです。
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 1階フロント脇にある土産物屋。品数が充実しているので、家族や友人へのお土産はココで。
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 朝8時過ぎにチェックアウト。13時間の滞在だったが、ゆっくり過ごすことができた。また機会があれば、ぜひ泊まりに来たいと思います(次回は自腹で…)。
琵琶湖グランドホテル外観



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本日のお宿  琵琶湖グランドホテル(一)

 一日乗っていたレンタカーを返却してしまったので、電車で本日のお宿がある「おごと温泉駅」へ向かった。駅到着時はすでに辺りは真っ暗。宿に電話をして、送迎の車に乗ることが出来た。
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 本日のお宿は「琵琶湖グランドホテル」です。玄関を入るとすぐロビーがあり、受付の方に自分の名前を告げると、奥のほうからベテランそうなスタッフの女性が出てきて、挨拶された。こちらこそお世話になります。
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 早速、若い女性スタッフの方が客室のほうへ案内してくださった。お部屋は12畳の和室。バス・トイレ付。
 広々としてゆっくり休めそう。
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 「夕食の準備が出来ました」というので階下の食事処へ。
 個室がちゃんと用意されてあった。その名も「小谷」。気が利いてます(笑)
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 個室の内部。置物などもちょっと洒落ているお部屋で、落ち着いて食事できるのはうれしい。
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 すでに食事の準備は整えられていた。どどーん!超豪華です。
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 まず目がいったのが近江牛のしゃぶしゃぶ。ボリュームありあり!(お肉の向こう側にある葉っぱが巻いてあるのは鯛のお寿司)
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 焼き物や煮物、和え物など彩よく並べられている。さてさて、どれから頂こうか。
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 お刺身は大好物です(笑)
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 マツタケのお吸い物。秋らしい香りのするメニュー。
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 食事の進行を見ながら、チャキチャキした仲居さんがタイミング良く次の料理を運んできてくださった。まだまだ続く!

 茶碗蒸し。
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 海老と野菜の天ぷら。
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 最後はご飯とお味噌汁、香の物のセット。それからデザートの果物。
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 いやー、お宿のほうも大変頑張ってくださったお料理です。一品一品しっかりしていて、味わいながら頂いた。
 1時間半以上かけてゆっくり食事することが出来た。このボリュームですから、お腹がはちきれんばかり。大満足のひとときでした。
 ご馳走様でした!!!  ヽ(^ω^)ノ

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A☆六文銭

Author:A☆六文銭
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日本100名城完全制覇と有名人の墓めぐり(掃苔)
日本100名城スタンプラリー終了・・・2011年7月、根室半島チャシ跡群にて、無事100名城完全制覇しました。
2010年5月、47都道府県踏破済み。(離島を除く)
歴史の現場を、実際歩いて確かめることをモットーに、全国を行脚中。いつかあなたの住む町へ行くかもしれません。
東京生まれ東京育ち。
大卒後、音楽関係の仕事、専業主婦、現在は零細企業で総務関係の仕事をしています。

★当ブログ内の文章、写真等はすべて無断転載禁止です。宜しくお願いします。
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